37 私にとって
「ごめんなさい、お母様……家族水入らずの空間に、私みたいな赤の他人の旅人が割って入り込んできてしまって……」
ミゼリコルの中心部、ミゼリコルの街。その街の舗装された石畳の道の上を、俺とデルシャとお母さんが歩いていた。
理由は、今日のお母さんの誕生日にするサプライズパーティーの会場に入らせないため。今は多分、兄・弟・妹が飾り付けと食事の準備をしてくれていると思う。お父さんがまだ帰ってきてないのは流石にヤバいとは思うが……まあ、パーティーまでには帰ってくるでしょ。
そんなこんなでお話をしながら歩く。
「変わらないわね……この街も。25年間もずっと、初めて訪れたときから……」
そう言って思い出に耽る母。少し悲しい横顔を見せた。
「お母様は、ここに来る前は何をなさっていたのですか?」
デルシャがそう母に聞いてくる。でも、お母さんがこの話題で反応することは無いだろう。
そう思った理由は、お母さんが過去のことを頑なに口に出さない性格だからだ。お母さんがレプラコーン家に嫁ぐ前はどこにいたのかも知らないし、お母さん方の祖父母を俺は知らないし見たこと無い。だから、過去に何か辛いことでもあっただろうと俺も口には出さない。
それを、今は旅人という設定のデルシャがズケズケと踏み込んでくるのを、俺は少し耐えがたい感情で受け止めた。
「デルシャ、人には聞いていいことと聞いちゃいけないことが……」
「エル……この際だから、話すわ。二人だけに……」
俺の言葉を遮ったのは、何と母親だった。
「私はね……旅人だった。シェルトちゃんと同じで」
「え?」
唐突なるカミングアウトに、二人の声が重なった。
「私にはね、家族がいなかったの……生みの親は二人とも、もう顔しか覚えてないくらいに、忘れちゃった」
優しくて慈愛のある声で、俺達だけに呟いた。
「だから……分かるよ、シェルトちゃんの心の穴。何か、ずっと欲しがってたよね、一昨日からずっと。私と話してたときも、ご飯を食べていたときも、寝ていたときも」
その目はとっても温かくて、満ちた愛に包まれていた。
「家族……いないんだよね、シェルトちゃんは……違ったらごめんね」
いや、シェルトには父親がいるはずだ。いつもパパと呼んで愛する人が……いや、待てよ。パパと呼んで愛する人が、血縁関係のある父親とは限らないんじゃ無いか?
「はい……そうなんでス」
少し素になって俯くデルシャ。とっても悲しそうな横顔をしていた。
そのデルシャを見たお母さんは、彼女に近づいた。
「どう、暖かい?」
八月の陽気で暖かいのは決まっていて、むしろ暑苦しいほどのはずで、そんな中抱きつかれたデルシャは暑くて離れたいはずなのに、離れない。離れることを考えることも出来ないような、そんな泣きそうな顔をしていた。
「はい……暖かくて、暑いでス……」
「……辛かったね、苦しかったね、痛かったね……でも頑張らないといけないんだね。分かる、私もそうだったから。辛くても、苦しくても、痛くても、弱音を吐いたら死んでしまう。だから悲しくても、泣きたくなっても、もうどうしようもなくなっても、ずっとガマンするんだよね。もう、良いよ……。私の胸で泣いて良いよ。私たちの前では、弱音吐いても良いんだよ、デルシャ……」
母親特有の、泣き無くなるような、寝たくなるような、そんな繊細で美しい声。お母さんはデルシャを優しさで包んだ。
「……っ」
シェルトの顔が歪む。優しさに触れて、『愛』に触れて、彼女の心は……
……決壊した。大声で、人目も気にせず、母親の愛に顔を埋めて。
俺はもう彼女のことを、デルシャのことを、非道な怪盗とは思えなくなってしまっていた。もらい泣きをしそうになった。こんな年端もいかない、俺くらいの年齢の子供が、人殺しや、盗みなどをしているのだから。そうだよな、泣きたくもなるし、辛くもなる。それは誰が頑張っても変えられない。どんな無愛想でも、傲慢でも、世の中全てを背負ってと戦っている人がいたとしても泣くときは泣く。
「デルシャ、大丈夫だから。俺が、俺達が守るから、今は泣いてくれ、苦しいって言ってくれ。必ず守るから……」
俺も泣いてしまった、デルシャを抱きながら。
ポンと背中に手が触れた。お母さんだ、暖かいな。
「私にとって、愛は認める気持ちのこと。自分を認めて、相手を認める。どっちかが欠けたら、それは愛とは言わないの……愛することは、愛すこと。なのよ……」
☆
泣いた目をこすりながら街を歩く。デルシャはまだ瞳が潤んでおり、俺にもたれかかりながら歩いている状況だ。
『これじゃ親同伴デートだね、エル君……』
さっきまで俺の頭の中で泣いていたセタが俺の感傷を起こした心を貫く弾丸を放った。
(そうかもね)
乾いた声でそう言葉を思いかえした。
「これなら家も安泰そうねぇ……。全く、バルトに女っ気がないと思ってたら、ちょうど良くエルが女の子連れて帰ってくるんだから~」
おいおいちょとまて、俺別にデルシャ連れて帰ってきたわけじゃ無いけど!? それに先に家にいたのデルシャだし……いや、まてよ。確かに、俺がいたからデルシャが来たって考えるならば、別に的を外してはいないのか。
「いや、俺デルシャとは──」
「ねえデルシャちゃん、私の子供になってくれないかしら!」
おいおいなんだこの母親は。俺の声聞かずに結婚きめんのか。おいデルシャもお母さんの手握るな、勝手に許嫁になるな。ってか、デルシャとは殺し合った中だぞ。それに、多分これからもデルシャや怪盗の仲間たちと死闘すると思うぞ、シェルト守るために。
「お母さんに、なって欲しい」
ああ大丈夫だった、多分。デルシャはなんなんだろうか、幼稚だと思ったら大人っぽく振る舞ったりも出来るし、今泣いた見たいに幼稚以前の奴だろ、赤ちゃんの奴だろこの泣き具合は。
「ねえ、エルも良いでしょ? こんなに可愛い子と夫婦の契りを交わせるんだから~」
いや、デルシャは可愛いけど怖いよ。正直友達というか、いやすぐキレて【八岐ノ大蛇】ぶっ放してきそう……だから友達というか知り合いくらいがちょうど良いんじゃないかな?
「いや、まだ早いよお母さん。俺思春期だからさ、好きって思える人がこれから現れたりとか、あるかもじゃん? だからさーん? 何、デルシャ。なんかあったか?」
デルシャは俺の服の裾を引っ張ってきた。おい! その仕草可愛い仕草だなお前! 危うくときめくところだったっ!
「エル、分かるか? 『召喚獣』みたいな気配を感じル☆ お母さん連れて早く行くヨ!」
「デルシャ? って、おい引っ張るな! お母さんお姫様抱っこしてるからって片手で俺の服の裾引っ張るな! 今の可愛くない! 破れる! 走るからやめてーっ!」
デルシャについていきながら路地を走り抜けて、『召喚獣』らしき気配の中心に急ぐ。デルシャにお姫様抱っこされているお母さんは、走っている途中にこんなことを言った。
「やっと、本当のデルシャちゃんとお話しすることが出来た。強い子ね、デルシャちゃん!」
☆
「巨大ナ……」
「イノシシだと……っ!?」
デルシャの超感覚とも言える魔力感知で『召喚獣』の気配を探したのだが……
「本当にこいつが気配の中心か? あの霧の召喚獣みたいな変な魔力じゃ無いけど……!」
お母さんに下がっていてとお願いしてから、俺はデルシャに問いを投げた。
「ああ、こいつダ☆ ふぅ……っ!! 速いっ!」
イノシシは俺達めがけて突進してきた。俺とデルシャは避けることが出来たが……
「きゃあーッ!!」
お母さんはそれどころじゃない。自慢ではないがこの母親、元旅人だったくせに運動能力が皆無と言って良いほどないのだ。力仕事は父に任せっきりだから……
『エル君! 今こそあの技を!』
分かってるッ! ……無理だ。この獣は息を整える時間も与えてはくれない。チッ……!
「『穿て、【閃光】』!」
確かに、俺の魔法は当たった。だが……効いていなかった。猛進を続けるイノシシ。母はうずくまってしまって動けない。
その時、デルシャが跳んだ。お母さんを抱えてジャンプして攻撃を躱そうとする。だが足を少しだけ掠めて血が飛ぶ。そして、イノシシの側面側へと着地した。
そしてデルシャはどこからともなく、いや懐らしきところから小刀──召喚獣を生み出したときに使っていた奴とは違った──を取り出して、お母さんを背にし、召喚獣に向けてガンを飛ばした。
「私のお母さんに触れるな、ごみガ……!」




