31 ある始まりの日のこと 《後日談》
「ヴォラートさんに、おねがいがあります」
ゼルルド・マキア国際体育祭が、最終的に少しの競技を削って再開という形で終了し、五月が終わって六月に入ったある日。エルとアストそしてユノは、マーキュリアル家の邸宅におじゃましていた。
「私たちは、あなたに……マーキュリアル家に払って頂いた300万もの大金を、返したいと思っています」
チェリスカ魔法学園の校舎を破壊してしまった俺達三人は、いや俺はマーキュリアル家にそのことを話してしまっていたらしい。
理由は分からない。もしかしたらご飯中に口を滑らしたのかもしれない。俺は良いようにマーキュリアル家を使おうとしてしまっていたってことなのかもしれない。お金はもう払って貰った。
「俺たちは考えました。……俺たちはアルバイトをして、お金を稼いでいます。俺たちは、300万を返そうと思っています」
その様子を、ヴォラートさんは優しい顔で見ていた。こんなことを言うのは最低だと思うがまるで、子供の遊びを見る大人のような目で。
「なっ……、何年かけても! 絶対に返すつもりです!」
三人一斉にお辞儀をする。俺達の手で、返さないと意味が無い。だから……
「お願いします」
「そうだね。君たちの言うことは正しいことだよ。でもね、私は自分の意志で、君たちのことを助けたいと思っているんだよ。みんなは、エルヒスタくんはシェルトを救ってくれた。ユノくんとアストくんは国際体育祭の再開のために奮戦してくれた。それのお返しでもあるんだ。……なに、マーキュリアル家はA級貴族だし、それにこの家には使わないお金がたくさんある。だから、べつに……」
「お父さん」
優しい声で心の内を話すヴォラートさんに、シェルトが諭すように喋る。
「良いんじゃないのかな、返してもらって。みんな、心からそうしたいみたいだし……それに、大切なことだと思うよ」
娘の言葉を聞いた父は、頭をかいてから無言で頷いてこちらを向いた。
「なら、お金を返すために、一つだけ条件をつける。これが守れなかったら、お金は貰わないよ」
ヴォラート・マーキュリアルは笑った。優しく、まるで十年来の友人に冗談を言うような軽さで、笑って話した。
「条件はね……君たちがシェルトと、ずっと友達でいてくれること。お願いだ」
三人は顔を上げて楽しそうに笑ってお互いの顔を見あわせて、そしてシェルトの顔を見て、大きく返事をした。
「「「はいっ! ありがとうございます!」」」
「必ず、友達でいます。死ぬまで、ずっと──!」
☆
私は、声を聞いた。誰かに、いつか聞いた、不思議な声で。それを聞いた日、私は『一緒にいたい人』、『いると笑顔になれる人』を初めて、今の私で知った。
私の人生は、これからも楽しいと知った。生きていていいと知った。未来は美しいと知った。過去のことを忘れてはいけないと、けれど過去に掴まれてはいけないと知った、その日の朝のこと。
☆
ベッドの上、お風呂で意識を失ってから、次の朝。戦いの最中。レプラコーンは怪盗を倒しに行ったのだろうか? 声をかけてくれる気配は無い。きっと、優しい彼なら、そう思っていた。
嘘だって知らずに、彼は私を守るために戦っている。
霧。その中に数人の人が見えた。家の前、もしかして。
「……あれは、ヴェスタと、ロンダー。それと……」
二人は戦っていた。もしかして、私を守ってくれているのだろうか? 考えすぎだろうか。でも、家に入ろうとしている雰囲気を醸し出している男は腹が立っている感じだしその可能性も……いや、そう思おう。
私は、もしかして戦えないのかな。今レプラコーンの所へ行っても、足手まといになるのかな。そう、意識的に感じた。怖い。
要らない子になるのが、怖い。足手纏いになることが、怖い。
思い出して、本当の過去を思い出して知った気持ち。ここに居てはいけないのかもしれないと、そう思う気持ち。暗い気持ち。
「私は……戦えないのかな」
ボソッと呟く。
『そんなことは無いのよ』
不意に声が響いた。辺りを見回すが誰一人いない、殺風景な部屋。『あの頃』を思い出すようなそんな部屋で。
声が聞こえたのは、私の心の暗がりから。
「だれ?」
『私の名前はアスチルベ。うーん……『魔女』でいいのかしら』
魔女。……私は魔女なのか。魔女の力は、『私の中の別人』ということなのか? 少なくとも、二重人格というわけでは無さそうだ。今ここにいるのは私とアスチルベの2人。
『あなた、助けたい人がいるんでしょ? だったら戦わなきゃ』
その言葉を聞いて少し苛つく。戦わなきゃいけないなんてこと、飽きるくらい考えた。分かっている。負けてしまうって。
『負けてしまうと分かっていても、戦わなくちゃいけないの。辛いときでも、顔は笑っていなきゃいけないの。そういうものよ』
「でも……でもっ! 私は、レプラコーンの足を引っ張った! 私のせいで彼は仕留め損ねたっ! 私のせいなんだ! 私はっ、要らない子なんだよ……」
『戦えない子はいらないよ』
自分の醜態を磔にされているみたいな気持ちになった。そうか、私は……
「戦わないなら私じゃ無い。助けに行かなきゃ助けて貰った意味が無い!」
行こう、彼の所へ。
『シェルト、あなたは過去に囚われてはいけない』
走る、彼の所へ向かうために。私は窓を開けて勢いよくジャンプをし、隣接した民家の屋根の上へ飛び乗った。探そう、彼を。
『あなたに必要なのは明日。さあ、飛びなさい……他の誰でも無い自分自身のために──』
交戦する人影を見つけた。やっと、辿り着いた……!
「はぁ……んっ!」
さあ、大声で。
誰かのために自分を成長させる。難しすぎることだ、私には。停滞を選び、そして過去を封じた私には。でも!
だからなんだ。それがどうした。過去がどうした。私にはもう明日がある、未来が見える、世界が変わった気がする。酷な過去も、楽しかった日々も、振り返る必要なんて無い。私はもう自由だ。背中の模様も、もう私を縛ることは出来ない。
私の魔法は……自由の宣告。今から、そうだって知らしめてやる。
だから叫ぶ。
明日のために。初めて友になりたいと思った人のために。そして、私のために。
「【ダインハギル】ッ!!!!!」
「シェルトさん!? どうしてここが……!?」
困惑するエルヒスタを前にして、少し嬉しくなって笑む。
「それは今必要なことかしら? 再会を祝うより、目の前と下の敵を倒してからでしょ?」
きつい言葉かもしれないけど、私にはこうしかできない。無愛想だって分かっているけど……仕方ない。
私の魔法で、彼と友に。私の力で、彼と共に。
☆
フェーセントの街、薄暗い路地の奥の奥。ゼルルド・マキア国際体育祭が再開する前々日。エルヒスタやユノ達がが怪盗を撃退した次の日。
「超こっぴどくやられたね」
傷の手当てをするトゥルオーラ・リンドルート。痛みに悶えているのはギルカ・ヴェスタだ。
「ちっ……」
眉間にしわを寄せて悪態をつく。もの凄い不機嫌な態度で消毒液を傷口に浸す。
「はぁ、弱い……弱いなぁボク。羽織も血で汚しちゃったし……」
ソウイチロウ・ロンダーは、いつも制服の上から来ている黄色とピンクが混じった灰色の羽織を気にしながら、ガーゼを貼った自分の肥大した額を宥めるようになでる。
「『サモネ』にやられたの?」
冷静な顔でトゥルオーラは言葉をかけるが、少し震える声を隠しきれていないことを、倒れている二人も感じ取った。
「ちっ……俺様が……っ、くだらねぇ」
ギルカは頭を抱え痛みに耐えているように見える。又は言っても良いのかと苦悩する気持ちを持っているとも感じた。
「そうだよ……ボクたちはそいつにやられた、怪盗に。クソ忌々しい怪盗にっ!」
逆にソウイチは怒りを露わにして、もたれかかっている民家の壁を殴って気晴らしにしている。
「サモネはどんな奴だった?」
体の傷が1番浅い、唯一サモネを見ていない男の問いに、ギルカはそっぽを向いて自分の傷の手当てをした。それを見てから、ソウイチがトゥルオーラに話す。
「サモネ、あいつからは殺意は感じられなかった。……まるで、殺すことが娯楽だと言わんばかりの笑いっぷりだったよ。召喚獣の力で自我を失った人達をけしかけ、そして……殺した。あいつは──」
「……あいつは人間にの端くれにもおけるわけが無い最低野郎だ」
頭から手を離したギルカが、出し渋っていた情報を開示するように苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「ギルカは……サモネを、知っているの?」
ああ、と吐き捨ててからギルカは言葉を続ける。
「あいつは……サモネの名前は、オスカー、……オスカー・ヴェスタ」
沈黙と驚愕。ファミリーネーム……『ヴェスタ』という名前で、二人は悟っていた。ソウイチは目をそらして傷口に消毒液を浸し続け、トゥルオーラは俯いて、サモネのことを聞いた自分に少し怒る。
「オスカー・ヴェスタ……俺様が墜ち、ヴェスタ家が没落した原因。頭のいかれた人間以下の最低の屑」
復讐。ギルカ・ヴェスタはそれを誓った。祖父を殺され。尊属殺人の罪の責任を孫に変わって問われた父は自分の首を売り、貴族等級2級減級で実質国の腫れ物にされて。母は気を病み、実質ヴェスタ家は消えてしまった。誰よりも誇りと権威を守りたいと、いや……たとえ誇りと権威を持っていなくても、父や祖父を、母を……兄を。守りたいと思っていた。
『最大の裏切り者に、ことごとく最悪の死を』。その思いは、祖父を殺したオスカーに向けられた。
「俺様の元クソ兄だよ……あの野郎は」
☆
一度、時は飛んで七月。本格的に夏の陽射しが照りつけて、冬の寒さが恋しくなる季節。
「やっとだ……やっと。やっと手に入った」
内装の整えられた古い建物の、一段高くなった場所に死んだ人間が吊されていた。
「やっと団長を殺すことが出来た……よかった」
美青年が上下逆さに吊されている男の首を撫でる。
恍惚の声。顔が歪んでいなければ想像もつかない、彼は無表情。
「君たちはこれから駒として扱わせて貰う」
悲しそうな声で言い、隣の女性へと合図をする。その女性は、魔法の詠唱を始めた。
「団長が……新入りに殺された? なにが、いったい何が起こっているんだ!?」
響めく怪盗の団員。
その女性は美しい声で魔法を放つ。
その声を聞いて、殆どの団員が倒れ込む。
バタリと床に倒れ込む。
「デルシャはいるかな?」
団長を殺した男は“デルシャ”へ声かけする。だが、返事がない。
「ミゼリコルへ、一時左遷したのはネイト様では?」
魔法をかけた女性は猫なで声で、媚びるように囁いた。
「そうだったね……ごめん、ロロナ」
ネイトと呼ばれた男は、ロロナと呼ばれた女の頭を撫で回した、無表情で。たちまち上機嫌になったロロナは、顔を赤らめて走って去った。
少しの沈黙の後、魔法で洗脳され、倒れ込んだ人が起き上がるのを見てから、ネイトはこの乗っ取りに賛同してくれた三人の男に感謝の意を述べた。
「嬉しいよ、ラックス、サモネ、そしてベリエヌスク。賛同してくれて」
ラックスはブツブツと独り言をはいて、聞こえないふりをしている。サモネはニヤニヤと不気味に笑って上機嫌。とても楽しそうだ。
そして、ベリエヌスクは何冊かの魔法書をネイトへ献上した。
「54人……いや、52人の被検体からデータを集めて作られた、最高級の召喚魔法書です。……人間の潜在的な欲に、こちら側から問いかけ、任意の相手から召喚獣を作り出す私の最高傑作です。オリジナルの魔導書などと遜色はほとんどありません」
ネイトは一切笑わなかった。一瞬のうちも、一時の須臾も。笑うことをやめたように、頑なに。
「すぐに、『魔女の力』を、全て手に入れる。待っていてくれ、俺の最愛の人……」
ネイトの影が揺らめく。それは光源が揺れたからか、それとも……魔女の力か。
「俺は必ず手に入れる。明日も未来も、魔女の力も……!」
2章完結しました! 読んで下さっている方超失速でごめんなさい(>_<)ここまで読んで下さりありがとうございました。
3章は日常回です。難しいと思いますが、文章力向上のために頑張りたいと思います。
常に向上することをかんがえる




