32 今日もパン屋は繁盛中!/人魂問答
七月になり、チェリスカも夏色に染まってきていた。街は『灯籠祭』、通称『チェリスカ夏祭り』の準備に勤しむ人達でごった返す。彼らの日常を綴った間章その1。
アストは過去を思い鬱ろぎ、シェルトとユノは『灯籠祭』に思いを馳せる。
彼らの過去は、彼らの思いは。そして、彼らの行末は。
「フルールラバップを二つと、ロッキーメロンパン三つ下さい! あっ! あと、三日月クリームパンを二つ!」
「えー、フルールラバップ二つとロッキーメロンパン三つ、三日月クリームパンを二つでよろしいですね。かしこまりました!」
ここは『パン屋 ハルマル亭』。ハルマル夫妻が切り盛りしている、魔法学園のあるチェリスカの中で一二を争うほど美味しいパン屋。
なのだが……路地の奥地という販売業には全くもって向いていない場所にある。そのためか、この店に来るのはほぼ常連客ばかり。それでも、もう十四年も店が続いているのは熱狂的なファンがいるからなのか。
今日も夫妻は生地をこねる。パンを待っていてくれている人と、明日の生活のために。
☆
エルヒスタ・レプラコーンは、六月上旬から正式に、アルバイトとして『パン屋 ハルマル亭』に雇ってもらっている。
人当たりも良く接客業に向いていた彼は、雇われて早々にカウンターに立つことになる。しかし、この店に来るのは一癖も二癖もある珍妙・奇妙な人達だけ。
そしてこのお話は、エルヒスタと、常連客の誰かの、奇妙な対決の一幕である。
☆
「お前が新人さんなの? なんか分からないけど、すっごい馬鹿みたいな顔をしてるね」
今日は俺の初出勤の日。学校がない土曜日である今日は、朝から売り切れまでずっとカウンターに立ちっぱなし。正直疲れる。で、朝のラッシュも終わって、パンが残り少なくなった時に、クソ生意気な金髪少年が俺の前に現れた。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
俺はいらだつ顔を無表情に抑えながら、目の前の少年をあしらおうとする。
「……あのさ、僕と勝負しない?」
「ご注文はいかがなさいますか?」
なんだこの少年は? 多分だがここの常連客だとは思う。だってここ、路地の奥地にあって知っている人以外ここに来ることすら出来ないんだから。
おっと、少年が何かカバンから取り出したぞぉ? そろそろやめさせないといけない。
そう思ってハルマルさん(夫)に聞いてみるが……
「ああ、付き合ってあげなよ。どうせこの時間は暇だ。だから彼も喧嘩を仕掛けてきたんだと思うよ?」
そう言ってカウンターに、少年の元に返された。少年のほうも分かっていてやっているのかと一安心したのだが、だからといって喧嘩なんて今の俺には到底出来ない(霧の召喚獣……というか“デルシャ”との戦いで絶賛骨折中)。
気晴らしに、小僧の喧嘩でも買ってみるか。そう耽りながら彼の元へ向かう。
彼は木の板をカウンターに、取り出して置いていた。
「『ガイスター』って知ってる? まあ、働けるくらいなら……ルールくらいは知ってるかな」
ガイスター。その名の通り『お化け』の駒を使って戦う1対1の心理戦ボードゲーム。
お化けには2種類いて、背中に赤と青の印が付いている。青は良いお化けで赤は悪いお化けだ。
6×6のマスが描かれているボードの上にお化けの駒を、規程の位置に並べる。下は端まで、左右は一マス開けて隙間無く。お互い4個ずつ良いお化けと悪いお化けを持つ。8個のお化けの位置は固定だが──。
その中で、良いお化けと悪いお化けの配置は自由に決めていい。赤と青の印は背中に付いているので、当然対戦相手には分からないようになっている。見ても楽しくないしね。
手番では、お化けを1つ縦横に1マス動かすことができる。斜めはダメだ。クロスワードと同じだ。また、将棋やチェスなどと同じように、自分のお化けが居るマスには移動できない。で、相手のお化けが居るマスに移動させたらそのお化けを取れる。
勝利条件は3つあるのだが、まず2つ。相手の良いお化けを全て取るまたは、自分の悪いお化けを全て相手に取らせる。このどちらかで勝利できる。
あのお化けは良いお化けか……それとも悪いお化けか、対戦相手の性格や心理を読みながら、良いお化け──青色の駒──を狙って取るようにしたい。逆に、自分の悪いお化け──赤色の駒──はとらせたい。
さてもう1つ、3番目の勝利条件。それは、自分の良いお化けを1つ、相手側(奥)のカドのマスから外に脱出させること。
ボードの角には脱出経路が描かれているので分かりやすい(手書きの矢印で書いてあった。可愛わ)。
『この遊びこっちの世界でもあるんだ……あっちってか僕の世界では1900年代くらいにできたらしいね』
(変なところで似てるんだな、俺らの世界とニホンの世界って……なんかファンタジーだな)
『エル君、今日も世界にはファンタジーが溢れてるねぇ!』
そう言われてもぱっと思いつかない。やはりセタを通じて知った知識は、まだ上手く理解できない節がある。それもそうだ。
俺は歴史は得意だが、さらに別の世界の歴史が頭の中に入っているなんて。これはハンデじゃん。
歴史は繰り返すらしいから……なんとかならないものか?
心の中で事を進めている俺のことを、少年は見向きもしないで、持ってきたガイスター用の板の上に専用の爪みたいな駒──赤の駒四個と青の駒四個──の準備をしている。カウンターに手が届くように自分の立つ台座まで用意して。
「君、名前は?」
俺は恐る恐る聞く。てか、何で子供相手にビビらにゃあかんのか。
「僕の名前はトゥリガスル。トゥリガスル・マグリューネだ。して、お前は?」
「俺はエルヒスタ。よろしく」
カウンターに盤を置いてゲームを始める。……のだが、本当に大丈夫なのだろうか?
テラス席に座っている男女と、店内のテーブルでコーヒーを飲みくつろいでいる老人は、こちらに気づいているのだが……お咎め無し。オーケーサインかな。
「じゃあ、勝負を始めよう。先行はお前からで良いよ」
「ありがと。ああトゥリガスルくん、負けても泣いちゃダメだよ?」
「ちっ……ほざけ。お前も、子供に負けてかっこ悪い姿見せないようにね?」
憎まれ口のたたき合い。ボードゲームは盤内の攻撃が一番大事だが、盤外戦術から──最初の会話から──すでに戦いは始まっている。特に、ガイスターのような心理戦なら。
俺は赤と青の駒を交互に置いた。迷うよりは、潔く行こうと判断したからだ。彼は、トゥリガスルくんはどう置いたのだろうか?
かなり攻撃的に来るだろうから。前全青駒とかか? いやいや……流石にそこまでは。いや、あり得るかもしれない。悩ましい、悩ましい!
「速く動かしてよ先行だよお前」
急かし入りましたぁ! じゃあ、手始めに!
(最初は赤から……!)
一番右端の赤の駒(悪いお化け)を前へ。相手の顔色を窺う。
「ノータイムで打つけど……良いよね」
そう言って、俺から見て右端の……つまり、今動かした駒の真正面の駒を、同じく前へ進めさせた。
「熱くなるような予感がひしひしするよ」
お化けとお化けの殴り合いが……今、始まったッ!
☆
(ヤベぇ……ヤベぇヤベぇヤベぇ!!)
俺の心は激しく動揺ッ! マズイ……ヒジョーにマズイぞ。俺の捕ったお化けは赤三個と……青一つ。完全にペースに乗せられている。
対して、俺がトゥリガスルくんに捕られてしまったのは赤一つと青二つ。むやみやたらに捕りにいくことができない。
「お前」
緊迫する中でも、トゥリガスルくんは容赦なく言葉で責め立てる。
「人魂って聞いて青と赤、どっちを想像する?」
「おおっ、俺は……」
脱出マスにトゥリガスルくんのお化けが到達し、俺はそれを捕らなければ行けない状況に陥ってしまった。
「……俺は、青かな」
トゥリガスルくんはブラフをかけているんだ。だから、このお化けは確実に青だっ! あたりまえだ、ここで勝負かけないとどっちみち負けちまう!
「……本当に? 本当にお前は青だと思うの?」
確かに、人魂ってどっちだろうな。俺的には確実に赤なんだけど……セタはどう思うのかな?
(……試合終わるまでだめね)
彼もやはりゲーム好きだ。古今東西、アナログからデジタルまで、全て。
「こいつは……青だっ!」
魂の鼓動が加速していく。……捕るっ!
「赤だよ」
「ウガガガガッー!」
トゥリガスルくんの赤のお化けを四匹捕った俺は、敗北した。すっごく悔しかった。次の戦いを約束し、戦いを終えた。
☆
「ってことがあってさー」
次の日の夜、寮でどこかに出かけていたアストに戦いのことを話ながら、ガイスターで戦っていた。
「で? 結局何言いたいんだよお前は」
「いやぁさあ、アストは『人魂』って赤と青どっち?」
駒を動かしながら口も動かしてコミュニケーションをとる。
「……人魂か」
少し曇った顔でお化けを前に進める。
「俺はどっちでもないよ」
アストは少し外れているが、それでいて面白い返答をした。
「人魂なんてあるわけないじゃないか」
「面白くないな」と言葉を返す。
「だってさ、」1つ息をついてから、どこかもの悲しそうな、どこか諦めたような声を出した。
「霊なんていたら、こんなちっぽけな世界。幽霊やお化けが溢れかえってるよ」
「……まあ、確かに?」
間章に話初めポエムはありません。てかアレ絶対蛇足、好きだからやるけど
この話もどこかで必要になる




