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俺にファンタジー世界は早すぎたみたいだ  作者: ノエル・L・ファント
二話 霧が晴れて→私を隠して
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23 誰の為に戦うのか

「『amnot・rnzk 【雨連・氷双】』!」

 トゥルオーラが繰り出す怒濤の氷槍が遂に、リヴスの腕を傷つけた。


「……ふ、ふは、ふははは! 腕は、鈍っているなぁ、モルエルシード!」

 リヴスが笑う。そして魔法を放つ。その魔法の標的は……


「また、いつものように心を黒く彩らせろ! 『hkinkdu【黒死(メネロ・エスト)】』!」


 リヴスの目の前の石畳が、空気の塊によってめくれあがる。そして、石畳がめくれあがりながら、ユノの方に向かっていく。


「ひ、ひゃー!!!」


「ちっ、くしょォォォォ!!」


 それをトゥルオーラが、走り込んできて体全体で食い止める。


 【黒死(メネロ・エスト)】をもろに喰らったトゥルオーラは、血を吐き出しながら吹き飛ぶ。不自然にぐちゃぐちゃに内臓を掻きまわされたかのように、きりもみ回転で地面に叩きつけられる。


「っ、グハァッ!!!」


「ッッッ!! リンドルードくん!」


 ユノはトゥルオーラを抱きかかえながらリヴスを睨む。大切な人を、傷つけられた時のように。


「どうだい、モルエルシード……。『大切な人』は、守れたかい?」


 そう言って、近づいてくるリヴス。ケラケラと笑いながら。


「ゆっ、許さない! ……『穿て、【閃──』」


「やめ、ろ」


 怒りにまかせて【閃光】を唱えようとしていたユノの腕を、掴んで制した。


「だめ、だ。ワロキアまで、ころ、される」


「……ダメですか?」


「ああ、だめ、だ」


 コツコツ音を立てている足音が近づく。


「リンドルードくんを、助けたいんです」


「だった、ら。逃げて、くれ。あいつは、オレを、狙って、いる、んだ……っ」


「でっ、でも。私が、リンドルードくんを助けたいのは……わわっ、私の……勝手です!」


 トゥルオーラが少しだけ目を細める。


「……ふっ、口答え、なんて……初め、て、だ……め、な、やつ、だ──」


 そして、目を閉じる。死んではいない。出血で、少し寝ているだけだ。そう、ユノは自分に言い聞かせて、トゥルオーラを石畳に横たわらせる。


 そして。


「モルエルシードはキミよりよっぽど強いよ。そんなキミに、何ができる?」


 ユノは立ち上がって。


「どうして、逃げない? どうして、モルエルシードの前に立つ?」


 勇気を振り絞って。


「モルエルシードはなあ、お前みたいな──」


「……モルエルシードじゃ、ないです」

「ん?」


 顔を落としたユノは、いつにも増してドスの効いた声を吐き出した。


「──モルエルシードなんかじゃないです! こっ、この人はリンドルードくんです! あなたが何を言おうと、今の彼は、トゥルオーラ・リンドルードです!」


「ほう、ふーん? だから、どうしたの?」


 言葉が詰まる。だから、どうするのか。そう、なにをするのかが、ユノには大事だ。


「わっ、私……は。ッ! あなた、と。戦います!」


 ユノは逃げ腰になりながらも、手を突き出して、魔法の態勢になる。


「負けるよ? リンドルード? だっけ、彼にも言われていたじゃ無いか。戦おうとしたら負けて殺されるって」


「勝ち負けは、かっ、関係ないです! それに……私は、私のために戦う! 私は、逃げたくない。もう、できない。──約束、したから! リンドルードくんを置き去りにして逃げることからも逃げないっ! それであなたからも──絶対逃げたくない!」


 もう、後戻りはできない。ユノは、覚悟を決める!


「あなたと戦う。でも、絶対に負けられない! だっ、だだだ、だからっ!」


「勝たせて……下さい! 『穿て、【閃光】』!」


 魔法を放つ。夜の学校で、エルヒスタたちと戦った時のように。誰かを助けるために誰かを傷つけることを、その恐怖を、吹き飛ばして。


 彼女の心には今、米粒大くらいの怒りと、ミクロな自信と、そして、目の前の鬼への、勝ちたいという気持ちしかなかった。


 恐怖は、あり得ないほどに無かった。


 しかし【閃光】程度の、しかも詠唱魔法を使い始めたばかりなユノの魔法だ。もちろん、奇跡など起こらず、魔法はリヴスに軽くあしらわれてしまった。

 だが、リヴスは攻撃を行わない。


 ただ、大きな声で笑うのみ。


「素晴らしいね、キミは! あぁ、負けてあげよう」


「っ────へ?」


 変な声を出すユノ。その目には、涙がこぼれ落ちそうになっていた。


「いやぁ、いやぁ。四回ほど前以来かな、私に刃を向けてきた愚かな子は……。でも、凄く良いよ! 自分の為に、戦うか。いい『守るべき人』を持ったなぁ……モルエルシードは」


 ユノはもう、声を出すことさえも、限界の緊迫で頭から飛んでいた。


「うん、うん! キミは、まだとっておくよ。……彼が、意識を持って、万全にイかれる状況でキミを殺すからね!」


 そして、最後に、ユノに背を向けながら、こう言った。


「私はトリックスターだけど、命拾いは私の采配じゃ無く、キミの実力だよ。……あと、モルエル──いや、リンドルードくんはギリギリだ、速く手当てをしてあげたら? まあもっとも……?」


「もっとも……」


「魔法を使って、リンドルードくんは許してくれるのかな?」


 そう言い残して、怪盗の彼は姿を消した。文字通り、霧散して。


    ☆


 ユノは今までいた石畳の道のど真ん中で、トゥルオーラに回復魔法を全力でかけていた。周りに、召喚獣に操られている人達は──なぜだろうか、本当に誰もいなかった。


「もっ……もう一回……っ! 『愚かな信徒から、(いつくしみ)の人へ 神の加護を、祝福の加護を与えよう 素晴らしきその奮闘、まさに歴戦の戦士 【エル・ヒール】』 はぁ、っ。は……ぁ、」


 バタリと倒れ込むユノ。体の中の魔力、つまり精神力をいつもより過剰に疲労させてしまった。もう、残った精神力を魔法に裂けはしない。だが、


「もう……いっ、か、い!」


 回復魔法は自己治癒を促す。対象の細胞の活性化させ、自然治癒能力をを一時的に引き上げる魔法だ。だから、死んだものには意味が無い。のだが、トゥルオーラにはまだ脈があった。つまり生きている。


 傷はもう塞がれており、あとは目が覚めるのを待つだけなのだが、ユノはその事実を理解できないほどに疲弊してしまっていた。


 そして、ついに。


「──【エル・ヒール】』っ……リンドルード、く、ん」


 ついに、精神力を使い果たして眠ってしまったユノ。その背に、右手がポンと置かれる。


「……ありがとう。元気出たぜ、()()


 感謝。起き上がったトゥルオーラはそう言ってから、ユノをお姫様抱っこしながら、よろよろと歩く。


「おお、あー!」


 召喚獣に操られている人は、まだ居る。トゥルオーラは、エルヒスタとシェルトの所に召喚獣がいるのだと、勝手に思っている。


「邪魔するな、『knnodr・sbrttkmer【ソードダンス・パライズバインド】』」


 操られている人を無力化して、隠れ家へ向かう。もちろん、療養のため。何でリヴスがとどめを刺さなかったのかは、トゥルオーラには分からなかったが、そんなことは考える余裕さえなかった。


「エルヒスタ達は、大丈夫なのか……?」


 帰るギリギリの時には、他人のことを心配できるようにまで、少しだけだが、体力が回復していた。


 そして今日の夜、隠れ家。ユノはまだ目を覚ましていない。


 それに加え、エルヒスタもシェルトもギルカも、昨日から行方不明のソウイチロウも、夜まで、帰ってくることはなかった。


 だからトゥルオーラは、泣きながら取り乱して、内臓の中身を吐き出した。


「くっ……そ! 何でだよ、何でまた、オレの前に現れるんだよ! オレが、なにをしたって言うんだよ! ……オレは、ただ──ワロキアと一緒に居たいだけなのにっ! ずっと前からそうだ……誰かを守ろうとして、魔法を使って、不幸になって、ずっと死ねなくて、今度こそは守れるって思って、リシンスが現れて、殺されて、また死ねなくて……。だから魔法は──。でも、でももう、良いんだよな……神に、見捨てられちまったんだから。どうやったってもう、幸せになんかなれない。だからオレのやっていることは、ワロキアに言っていることは……、正しいことなんだ。ワロキアを幸せにさせなくちゃ行けないんだ。だからもう、汚れた魔法は、使わせちゃいけないんだ。不幸を呼ぶような、穢れた魔法は、俺が全部引き受ければいい。呪いだって全部、それでいい」


 絶対に、また、もう一度。トゥルオーラはユノに魔法を使わせないことを、誓った。ユノの為に、戦うと誓った。


 自分が生きることができたのは、ユノの回復魔法だと知っていながら……。


 ただ、そこまで一切。彼は彼女を視なかった。


 傷つけないために。彼女を殴らないために。彼女のことが世界で一番嫌いな自分を、必死に抑えるように。

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