16 女王のボディーガード
「よかった……これで心置きなく消せるわね。【ダインハギル】!」
「明らかにやばそうな魔法やめて! 誤解だ!!!」
女の子の魔法をすんでの所で避ける。拘束されていなかったこと、すぐに動けるほど疲労が無かったことが唯一……いや唯二の救いだ。
『戦闘、ナビゲートしてあげよっか?』
「セタ! これ戦闘じゃないからな!」
魔法が、【ダインハギル】が飛んでくる。火球……というよりも、着弾地点を焦がす電撃の砲。
その弾丸は部屋のあらゆる物を焦がし……
「って! この綺麗なお部屋汚して大丈夫なんですか!?」
「関係ない……あんたを消せればそれでいい!」
危ない子すぎる! この子危険すぎる! この家に使用人とか、保護者とかいないの!?
「……ふざけるなぁぁぁ!!」
誰かが来るまで、逃げよう。ダメなら、逃げよう。
……逃げよう。逃げるっ!
☆
「お嬢様が、大変ご迷惑をおかけしました……」
「……ふん」
ひと悶着あった。が、執事様がいらっしゃったので、燃やされずにすんだ。いや~、執事様々です。
「いえ! こちらこそ、このような素晴らしい邸で介抱してもらえて、嬉しいです!」
「私を、誰だと思ってるの? 当たり前よ」
誰だ? この人。知らない。……どっかで見たこと、無いよな、うん。俺に知り合いと呼べる人間なんて全然いないのだから。
「えっと、どなたですか?」
彼女は豆鉄砲を食らったかのように、目を丸くして眉を歪め、その──まあ整った顔貌を思いっきり歪めるように、必死にものすごく驚いていた。
「は? あんた私のこと知らないの? 『学園の女王』よ? もしかして、転入生だから知らないとかか?」
「はい。で、誰ですか? と言いますが、なぜ俺が転入生であると知っているんですか?」
『学園の女王』は、仰々しく腕を広げ、自分の存在を誇示するように言った。
「私の名はシェルト・マーキュリアル。ゼルルド国最強の魔法使い。A級貴族マーキュリアル家の一人娘であり、正式な跡継ぎ。そして、『学園の女王』。覚えていなさい」
えっと、シェルト・マーキュリアルさん。ゼルルド国最強の魔法使いで、マーキュリアル家の跡継ぎ。で、学園の女王。
最強の魔法使いの部分は……無詠唱魔法をバンバン撃てるぐらいだし、謳うことも分からなくも無い。
実際、魔法学的な無詠唱魔法──詠唱棄却速攻魔法は
と呼ばれるレベルだ。俺も使いたい。
聞きたいことは山ほどある。が、俺はなぜこんなところで寝かされていたのか、それが知りたい。
「俺がここで寝ていたこと、寮や学校に伝えてくれましたか?」
まずはありきたりな質問から。
「ええ。そこは、執事が全て」
執事さんはにこりと微笑んでお辞儀をした。優しそうなおじいさまだ。きっと優しすぎるから、目の前の人は、シェルト・マーキュリアルはこんなデカい態度なのだろう。
「ねぇ、本題に入らない? 私が何故、こんなところであんたを休ませていたのか、その理由。知りたくない?」
マーキュリアルは俺を下に見る口調、態度、仕草で笑う。
「その前に、聞いておきたいことがあります。いいですか?」
「いいわ。早くしてね」
少し強い口調で、疑問を吐き出す。
「ここはどこだ?」
目の前のお嬢様は「なんで聞くのか分からない」。というオーラを出しながら、俺を下に見て言う。
「私の、家よ? 見て分からないの?」
「知っています。そういうことじゃない」
「だってここはゼルルド国最東端、そしてマキア国との国境に位置する、『フェーセントの街』。だろ? 『ゼルルド・マキア国際体育祭』の開催地だ。なんでそこに、俺がいるのか。知りたい」
意識を失うまでいた場所とは、違う。空気感でそれは分かった。
けれどここがどこか知っていた、訳ではなかった。少し、いやかなり考えた。マーキュリアル家の本家、それがあるのがこのフェーセントの街だ。そして、フェーセントの街は今年の『ゼルルド・マキア国際体育祭』の開催される地である。
このお嬢様が『ゼルルド国立チェリスカ魔法学園中等学部』(因みにチェリスカ魔法学園には中等学部しか設けられていない)の生徒であるなら、フェーセントの街しかあり得ない。そう思った。
「ふーん。よく分かったわね、そうよ」
彼女は珍しそうに俺を見る。俺は、俺の本題に入る。
「裸を見たことについては謝ります。だから俺を、帰してくれないでしょうか? みんなの所に」
「却下。その洞察力は見事だけど、エルヒスタ・レプラコーンくん」
マーキュリアルは本題を話す。
「私のボディーガードになりなさい」
「────え……っと?」
「だから、私の家来になりなさいって言ってるんだけど、聞こえなかった? それとも、幸せすぎて耳が炸裂しちゃった? まあ趣味でこういうことやってきたけど……あなたのその考察力。私の魔法を避け続けた瞬発力。2つを加味した上での私の推薦なんですけど……ご不満ですこと?」
この子、おかしくなって頭が炸裂しちゃったのか? ボディーガード? 意味が分からない。なんで?
「それ、本気ですか?」
マーキュリアルは目を輝かせて、頬を緩ませた。
「本気で下僕にしたいわ」
下僕ってランクダウンしちゃってるじゃん! それはダメじゃん! 怖いじゃん!?
「断っていいですか?」
「家で飼ってるブタのエサになるかの二択よ? え? もしかしてレプラコーンくん、エサになりたいの?」
笑いながら、ひどいことを言う。エサにも下僕にもなりたくない。
すると、執事さんが近づいて、耳打ちをした。
「お給料でますよ? お金に困っているんですよね?」
それを聞いて、俺はお嬢様にお給料のことを、恥じずに言った。
「お給料はどれくらい出ますか?」
シェルト・マーキュリアルは、その圧倒的な金額を、俺に提示した。
「死なずにいたら、300万くらい
「やります」
即答。借金を全部チャラにできる。俺は内心舞い上がった。
短絡的に、そうやって、簡単に。なんか最初の気持ちとか全部忘れて金にあやかった。だって楽したいもん。
こんなうまい話は無いとは思うが、給料はウソでは無さそうだ。部屋に飾られていた金のメダル、A級貴族の証が煌々と輝いていたからだ。
もう俺、家来でいいや。媚びよう。
☆
「お似合いですよ、レプラコーンさん」
執事さんが着替えさせてくれたのは、マーキュリアル家の紋章の入った青を基調とし、黒の入った服。
ボディーガードとしての任務はお嬢様を、シェルト・マーキュリアルを護ること。例え、俺が死んだとしても、だ。かなりブラック。
場所は、フェーセントの街。『ゼルルド・マキア国際体育祭』の間のアルバイト。その間、俺は生徒では無くなる。学校も承知済みらしい。あの野郎、権力に屈したか……。
「執事さん。なんでですか? 俺が、なんでボディーガードをする必要があるんですか?」
俺は執事さんに、俺がボディーガードをする意味を聞きたかった。
「俺なんかより、もっと適任はいますよね? なんで俺なんですか?」
執事さんは、にこりと微笑んでお辞儀をした。
「あなたが、あの子の秘密を、知ってしまったからですよ。それに彼女の趣味です、ですが今回は少し違うようですよ」
「……では、俺の見たのは見間違えでは無いと?」
俺は聞かなければいけない。彼女がなぜ、平民にすらなれないような彼女がなぜ、マーキュリアル家の跡継ぎとして生きていられるのかを。
「……はい」
見間違えでは無いのか。
そうか。そうか。そうか。
聞くのはやめておこう。記憶の隅にでも捨てておこう。
「レプラコーン。行くわよ」
突然ドアが開き、シェルト・マーキュリアルが現れた。
「はい、お嬢様」
「お嬢様って呼び方嫌い」
「マーキュリアル様」
「それも嫌」
難癖付けないでくれ……。
「じゃあ、シェルト」
「シェルトさんと呼びなさい?」
ここまで引き延ばしておいて呼び捨てじゃねーのかよ。まあいい。
ドアが開く。外はフェーセントの街。国境の街。国際体育祭の開かれる街。入り組んだ迷路のような路地で有名な街。
☆
「早くしろのろま、それでも私の下僕なの? レプラコーン!」
まったく……人使いの荒いお嬢様だ。
太陽が沈む少し前、夕焼けが眩しいフェーセントの街。シェルト嬢が買った食材や雑貨なんかを持たされ、とぼとぼと豪邸に帰ってきている俺。
驚いたことにはこのお嬢様、意外と社交性がある。街の色々な人に話しかけられていたりして、もの凄く信頼されていることが分かった。
因みに街の人たちが俺を見る目は、街の人に同情されるような目と、羨望の目が交わっている感じだった。
それを、認めたくは無いけれど。
☆
コンコンとノックする音が聞こえた。俺がいるのは、朝起きたマーキュリアル家屋敷の客間。ご飯を食べさせてもらって(食事の席にシェルトさんのご家族はいなかった)、寝ようかと思っていたときだった。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「あっ……どうぞ」
入ってきたのは朝いた執事さんだった。
「今日一日付き添って貰い聞きたいことがあります。シェルト様は、どうですか?」
探るような目つきで執事さんは聞いてくる。
「どう……といわれましても」
執事さんが鋭くて柔和な視線を送ってくる。……、これは正直に言った方がよさそうだ。
「人使いが荒い……」
「荒い……?」
こっ、恐い! 1文字でも選択を誤ったら斬られるッ。
「荒いといいますか、人を動かす能力に長けているといいますか。あっ、ああ! 街の人に信頼されているなって思いました!」
「ははっ、そうですねぇ。ですがそれは『信頼』でも、『信用』でもありませんよ」
少しの疑念。それを払うために言葉を発する。
「では、シェルトさんは街の人に、信頼されていない? ということですか?」
「違いますよ。まあ、部分的にはそうなるのかもしれませんね」
執事さんは少しもの悲しそうに語った。
「それは『期待』、と呼ぶことができればいいんですけど。シェルト様がこの家に来て二年、短いですから……」
二年か……そう、長かったんだな。
「あなたは、シェルト様を『信頼』して『信用』することができますか?」
そう言われた。まだ会って一日しか経っていないのに分かるわけが無いだろう。
俺は無言で答えた。
「あなたの任務が終わるまでに、あの子は『信頼』されますかね……」
「……きっと」
「俺は、信じますよ! シェルトさんは、悪い人ではない。そう、肌で感じましたから」
執事さんは微笑みながら「明日からもよろしくお願いしますね」と言って客間から出た。
ドサリとふかふかのベッドに横向けになって倒れ込む。視界にあったのは青色の服を見る。
「何も、無ければいいな。あーあ、早くこんな仕事終わりてぇ。俺だってアストの競技見たいのにぃ!」
愚痴をこぼす。そのあとすぐに、シェルトに一日中振り回されたため生み出された睡魔に身を委ねる。
「本当に──何も、無ければいいな」




