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異世界旅行部  作者: ほんわか八咫烏
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活動記録 5頁目『雲の上の世界』


彩葉の「『虹色の彗星』を見たことがある」という発言から、その日“異世界旅行部緊急会議”が執り行われた。そう言えば堅苦しく聞こえるが、実際はお菓子を囲んでの水掛け論だ。主に理屈を捏ねるのは翔だ。彼はまるで産婆術のように反論を繰り返す。どちらかと言えばそのような崇高なものではなく、彼の問答は詭弁に近かった。


まずそれは彗星だったのか。流れ星という可能性はないか。


そもそも本当に虹色だったのか。彗星は二色の尾を引く。それを勝手に虹色だと解釈したのではないか。



そのような問い詰めに彩葉はムキになるも、結局は言い負かされる。最終的には、何も言い返すことが出来なくなってしまっていた。


結局、『虹色の彗星』の存在は、彩葉の記憶も曖昧だった事もあって“見間違い”という結論に至った。


だが流石に彩葉が可哀想だと感じた紫音は、


「まぁ、私達は見ていないんだし、彩葉が見たものに正しい、正しくないなんて判断は出来ないわ。」


それに、既に彼女たちは“異世界”という不思議体験を経験している。あのような世界があるくらいだ。今更『虹色の彗星』の有る無しで驚きはしない。むしろ、存在する方が自然に思える。






「それはそうと、」


と玲羅は話を転換させる言葉を口にした。


「今日は流星の番だよね?」


彼女らの言う順番とは、勿論“旅行したい世界の提案”の発表順である。流星はそう言えばそうだった、といったような表情をすると、大きく開封された菓子袋から数枚のポテトチップスを摘んだ。それを口に運んだのち、流星はのんびりとした口調で言った。


「今回はねぇ。誰もが一度は夢見たことがあるような世界だよ。逆に、どうして今まで思い浮かばなかったのだろうって疑問になるほど。」


「おぉ……そう言われちゃうと期待しちゃうね。」


流星の言動に、彩葉は底知れない期待感を抱いた。それに、提案者が流星であるととても安心して発表が聞ける。この部の中で紫音と流星だけが良心だ。その二大メンバーの内の一人であるからこそ、強張った表情を浮かべる者は誰もいない。もしこれが彩葉だったり、玲羅であったり、翔であったりしよう。すると途端に、先の読めない不安感に駆られてしまうのだ。彼女たちは何を言いだしても不思議ではない。ぶっ飛んだ事も平気で言うだろう。


だからこそこの空間は今、言い表せないような暖かな空気が満ちている。皆安心して流星の提案に耳を傾ける。そして彼は“世界”を発表した。



「“雲の上の世界”……なんてどうかな?」



瞬間、彩葉と玲羅が湧き上がった。それ程までに、流星の提案は期待を裏切らないものだった。


「やったぁああああ‼︎」


「ファンタジィイイイイイイ‼︎」


たかが小さな発表なのだが、まるでメジャーリーガーのホームランを生で目撃したかのような立ち上がり方だった。勢いで椅子を後ろへ倒し、獣のような雄叫びをあげる。ついでに両手で嫌いな相手にアッパーを決め込むようなフォームでガッツポーズを決め込んだ。恐らくこれでまた、旧校舎に関しての学校七不思議に新たな情報が更新されるだろう。きっと直ぐにでも新聞部が面白おかしく虚実をでっち上げてくれるに違いない。見出しも『怪奇!使用されていないはずの旧校舎から「ファンタジー」という謎の雄叫び!』で決定だ。


紫音と翔は溜息をついて、馬鹿二人を宥める事にした。


「うるせぇな。ここは動物園かよ。」


「ただでさえ七不思議扱いされてるんだから………。もう少し大人しく喜びなさい。」


ただ実際、落ち着いている二人も隠してはいるが心が高揚していた。“雲の上を歩いてみたい”。“空を散歩してみたい”。幼少期に誰もが一度は希う、夢のような世界だ。


まさか高校生になってから叶うとは思ってもいなかった。寧ろ流星が言い出すまですっかりと忘れていた夢だ。


「……今から楽しみね。」


紫音は心を落ち着かせつつ、翔に言葉を投げかけた。すると翔もぎこちない表情を浮かべながら一拍置いて「そうだな」と肯定した。やはり彼もなんやかんや言いながら楽しみにしているのだろう。その様子が何ともおかしく、紫音は少し吹き出して笑った。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



例の扉の前に集結した五人。


しかし今回は、既に異常なまでにテンションが高い人物がいた。それは提案者である流星ではなく、馬鹿な女子高生二人組だった。


「やばい! やばいね!」


「マジやばい!」


遂に言語能力まで欠落してしまったのだろうか。女は三人寄れば姦しいと言うが、この二人に限っては一人でも相当な騒音を発する。まだ高架下にいる方がマシに思えるくらいだ。幾ら翔とは言えど、コンセントも電源もない騒音機の電源を切ることはできなかった。今の彼女たちに「うるさい」という一言も届かないだろう。正確には、彼女たちの声でかき消されてしまう。



だが、確かに彼女達が燥ぐのも理解できる。雲の上を歩く………。それは恐らく、一生経験できないであろう貴重体験だからだ。そもそも、常識的に考えて雲の上を歩くなど不可能だ。だが、それができてしまう。それを叶えてくれるのが、この扉の中の世界だ。


「それじゃあ、そろそろ行こうよ。」


あっちの二人も楽しみにしているみたいだし、と流星が出発を促す。確かに、ここで駄弁っているよりかは早く現地へ行ってみたい。少しだけだが………と、翔は心の中の呟きにさえ訂正を加えた。



そして扉が流星の手によって開かれると、瞬く間に光に包まれた。そして扉の枠組みを通り抜けると、世界が五人の目に飛び込んだ。



「おおぉぉぉぉぉぉぉお‼︎」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」



途端に、到底女子とは思えぬ雄叫びが世界にこだました。第一声から喧しい奴らだと毒づきながらも、翔はこの雲の上の景色に見惚れていた。まるで雪国のような白一色の雲海に、頭上に広がる天穹。決して人工的ではない自然の明媚さに、これもまた夢ではないかと疑ってしまうほど感動的だった。


人生で初めて乗った雲は、まるでマシュマロのように柔らかく心地よい。本来なら乗れないはずの雲。大人になるにつれて、現実を見るようになって消えた夢。それがこのような形で現れたのだ。たった今、翔を含む“異世界旅行部”のメンバーは『雲には乗れない』という世間の常識を覆したのだ。まさに雲霞に初めて上陸したパイオニアだった。


「ただ………抜け落ちそうで怖いわね。」


紫音は雲の強度を足で確認しながら、恐る恐る歩いてくる。ここが雲の上だというならば、きっとこの空間はかなりの上空に存在しているのだろう。そう考えると、紫音の感情も理解できた。それに対しあの二人は、何も恐れることはないと言わんばかりにトランポリンのように飛び跳ねている。そんな様子を流星はにこやかに微笑んで見ていた。




…………





そんな感動も長くは続かず、しばらくすると五人はふと疑問に思った。どちらかと言うと最初から目に映っていた光景だ。


「なんだか……思ってた以上に何もないわね。」


紫音は辺りを見渡し、遠くを見つめた。


眼前に広がるのは、見渡すかぎりの雲海のみだった。それ以外に“何もない”。白と空色のツートンカラーで構成された茫洋とした世界だ。寧ろそれが自然なのかもしれない。天上に都市があるなどという考えは、翔達の勝手な想像に過ぎない。雲の上に乗れるだけでも、十分感動的であり二度と経験できないような体験だ。





ーーだがそんな中、彩葉が何かを発見したらしく、目を凝らして遠望しながら疑問を口にした。


「……あれって何だろ?」


彩葉の見つめる先を、部員達全員で並んで確認する。この時、初めて百均のオペラグラスでも持って来れば良かったと翔は後悔した。


そこには、薄っすらと遠目に神殿のような建築物が見えた。まるで離れ小島のように、その神殿だけが孤立して浮かんでいる。その建造物の元へ辿り着く為の架け橋は一切なく、空でも飛行しない限り近くへ寄ることさえ出来ないだろう。


遠目から見ても、その神殿は豪奢なものだった。雲の上に建築されたに相応しい白色に、アクセントとして蔦が絡まり苔むしている。幻想の中に浮かぶように、その場に屹立している。まるでこの世界のランドマークのように。


ただ、著しくパスが足りない。部員たちは言葉通り遠くから眺めることしか出来なかった。


「残念だけど、あそこには行けそうにないわね………。」


「えぇー。すごく気になる………。」


彩葉は不満そうに口を尖らせた。だがやはり、助走をつけても届く距離ではない。それどころか、雲の切れ端から下を覗き込むだけで足が竦む。よく見ると、この世界の地平線すら見える。そのような高度で、雲から雲まで飛び移ろうと考えることさえ恐ろしく感じる。


「……諦めるしかないわね。その分、ここから飽きるほど拝んでおきましょう。」







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





先ほどの神殿の代わり………と言っては何だが、異世界旅行部のメンバーはこの世界のもう一つの象徴であろうものを発見した。


「ちょっと! みんな来てみて?」


その発言者は流星だった。珍しく大きな声をあげて慌てている彼を見て、紫音達も只事ではないと感じた。流星が案内する先には、薄い雲が渦巻いている場所があった。まるで何かを包み隠すように、雲の上の世界にしては霧かかった空間が広がっていた。


「この奥だよ。」


流星は躊躇する事なく、雲の壁をすり抜けていく。皆薄々気付いているが、何気に冒険心が一番強いのは流星なのかもしれない。彼の潜在する飽くなき探究心が、流星の足を突き動かしているのだろう。


「危なくない?」


少々躊躇う彩葉や玲羅に対し、


「大丈夫、大丈夫〜」


と軽く返事をして雲の中へ姿を消して行った。彩葉は玲羅と顔を見合わせると、少し微笑んで流星の後を追った。




薄い雲の膜を抜けた先、そこには部員達の目を奪うモノがあった。彩葉は何度か瞬きをして目を擦ると、感動の言葉を口から飛び出させた。



「………でっかーい!」



そこに在るモノとは、見上げるほど巨大な樹木だった。雲の上に存在する、天上の樹 だ。きっと、絵本や小説で見る“世界樹”と呼ばれる大樹なのだろうか。これこそファンタジーの代名詞のような存在であり、この世界の中心であるかのように堂々と聳え立っている。少々白色を帯びた黄色に輝きを放ち、柔らかそうな、硬そうな。不思議な質感が目に伝わってくる。


実際に触れてみるとこれまた不思議で、何とも筆舌に尽くしがたい感触が手のひらに感じることができた。この世界の雲のようにふわりとしており、それでも樹木独特の手触りが伝う。木の肌を触れたような、マシュマロに触れたような。ひんやりとしているような、温もりを感じるような。言葉で表現するには、語彙が足りない。この絶妙な手触りを表現する言葉が彼らには見つからなかった。しかし彩葉はただ一言……その一言である程度理解できるような、できないような、曖昧とした表現で呟いた。


「……やばい。」


“やばい”は、今時の少年少女には万能の言葉だ。純文学のように、玲瓏な言の葉に表せない場合などに重宝する言葉だ。特に彩葉や玲羅などの、少し頭の悪い女子高生にはよく使用される。単純であり簡潔に表現できる魔法の言語として、彼女達の世界では必須だった。時には“やばい”だけで会話は成立してしまう事もある。


「……ほんと、やばい。」


玲羅は鸚鵡返しのように呟くと、高く聳える樹木を見上げた。


その樹木の葉の隙から顔を出すのは、見たことのない青い果実だった。それは、緑という意味ではない。正真正銘の青色だ。まるで研磨したブルートパーズのように照り輝き、到底果実とは思えぬ美しさだった。それは岩礁に突如出現した、澄んだタイドプールを思わせた。


「あれ……林檎かな。青いけど。」


流星は首を傾げて呟いた。

その姿形は、現実世界で言うところの“林檎”のように見える。だが、実際は何の果実かは不明だ。


「あれが俗に言う……“禁断の果実”ってやつか?」


翔は冗談交じりに、大袈裟に果実を評価した。だが、案外嘘でもないような気がしてならない。エデンの園にある禁断の果実も、“林檎”であるとよく聞く。……まぁ、国によってブドウだったり、ザクロだったりと種類は様々なのだが。


「……流石に食べようとは思わないわね。」


紫音は明からさまに嫌そうな顔をすると、例の青い林檎を凝視する。青という色は矢張り食欲を損なわせる。その実も、あまり美味しそうに感じないというのが正直な感想だ。


「絶対食べて碌な事ねぇぞ。あれ。」


翔もまた、紫音の意見に賛成した。だが、翔の意見は「美味しそうだからではない」ではなく、「絶対何か起こる」という点で否定した。翔の考える可能性の内の一つを、彩葉は茶化すように言った。


「……あの実を食べたら、この世界から帰れなくなるかもね。」


その発言に、紫音はとある果実に例えて笑った。


「ロートスの実かな?」


しかし、その比喩は誰一人として通じることはなかった。皆一様に首を傾げると、紫音に視線を集中させた。


「なぁにそれ?」


彩葉と玲羅は聞き覚えのない語に興味を示したのか、紫音に詰め寄るように聞く。紫音は紫音で上手く例えたつもりの話を、一から自分の手で説明しなければならないことを恥ずかしく思った。ネタが伝わらなかった時の、あの独特の羞恥心だ。


紫音は一度咳払いすると、簡単に説明を始めた。


「………昔のお話でね、オデュッセウスという人が船でとある土地に漂着したの。そこでオデュッセウスは部下たちに『食料とって来て』って命令したのよ。」



ーーホメロスの叙事詩『オデュッセイア』


その主人公である、オデュッセウスの率いる船団が、ロートパゴス族の住む土地に漂着した時の話である。


紫音はあまり深く説明することなく、上辺だけを解説する。


「部下たちは、その土地に住む人々から『ロートスの実』を受け取ったの。それがとても美味しくてね……あまりの美味しさのあまり、オデュッセウスの命令も、故郷の事も全部忘れてしまったのよ……ずっとここに住みたいってね。」



一度食べたら帰れない。


それを例えて、紫音は『ロートスの実』と発言したのだ。


「……なるほどぉ。そう言われると、逆にちょっと食べたくなるかも。」


彩葉は顎に手を当てて頷くと、再び強い好奇心が芽生え始めた。あの実はどんな味がするのだろうか。あの実は甘いのだろうか。はたまた辛いのだろうか。


だが流石に得体の知れないものを食べさせるわけにはいかないので、全員で彩葉を押さえ込んでその樹木の元を後にした。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




それから数時間が経った頃………。



「さて、ちょっと早いけれど今日はもう帰りますか。」



紫音は、一、二回手を叩いてメンバーに呼びかけた。帰還を提案した理由は、ただ一つだ。



「えぇー………。」


「……………あと5分くらい。」


「もう少し……もう少し……」



皆、雲をマットレスとして昼寝を堪能していたからだ。かれこれ、もう二、三時間は経過しているだろうか。その間、彼女たちはずっと眠りこけている。その気持ちも分からんではない。確かにふわふわとしており、綿のクッションに体を沈めているような感覚で心地よい。だが、これ以上寝られると目が覚めた紫音と翔は暇で仕方がない。


「……もう、寝るなら現実世界に戻ってから寝なさい。」


紫音はまるで母親のように彼女らを叱った。彩葉や玲羅はともかく、普段は紫音側の人間である流星も猫のように丸まって眠っていた。


「それにほら、こっちの世界は徐々に日が暮れ始めてるわよ?」


ほんの数刻前まで美しかったホライゾンブルーの空は、今ではすっかり茜色に染まり始めていた。雲の上から眺める夕焼け。これもまた、風情のある光景だった。


「……別にいいんじゃないのー?このまま星でも眺めて過ごそうよー。」


彩葉は仰向けに寝返りを打つと、手を組んで枕がわりにして空を仰いだ。


そう言われると、確かに見てみたい気もする。遮る雲のない、無限に広がる星空の世界。様々な色彩を放つ星々が無邪気に輝く。先ほどまで早く帰りたいと感じていた紫音も、彩葉の意見にとても賛同したくなった。


「………それも、いいかも知れないわね。」


だが、翔は冷静に


「この世界が星空になるまで、後何時間待たなきゃいけねぇんだよ。」


と会話に横槍を入れた。途端に紫音ははっと我に返ると首を横に振り、


「……危なかった。まんまと丸め込まれるところだったわ。」


と甘い誘いに乗せられた自身を戒めた。

彩葉は軽く舌打ちすると、再び寝返りを打つ。断固として起きないぞ、という意思を突き通す彼女たちに呆れた紫音は、翔に一つ質問した。


「ねぇ……翔。起こしたい人がどうしても起きないって時……あなたならどうする?」


翔は少し考えると、何か邪な事を閃いたようで、口元を悪魔のように歪めた。


「普通に起こそうってのは面白みがねぇな。だったら逆に眠らそうとしてみりゃどうだ?」


彼の発言に少し理解ができなかった紫音は、どういう事かと翔に聞いた。


「そのままの意味だよ。“永遠”に寝かしつけるんだ。こうやって。」


そう言うと、翔は静かに寝息を立てる流星の元へ近寄ると、彼の鼻をぎゅっと摘んだ。


「……むぐっ」


流星は少し苦しそうに声をあげると、翔は次に彼の口元を押さえた。


「ーーーんん!んんんんんんん‼︎」


流星は突然の事に慌てふためくと、まるで打ち上げられた鮮魚のように飛び跳ね起きた。珍しく息を荒げ、不思議そうに周囲をキョロキョロと見渡している。あまりの衝撃に、何が起こったかもあまり理解していないようだった。


翔は少しドヤ顔を決めると、自慢げに「ほらな?」と呟いた。



その光景を見ていた彩葉と玲羅は急いで起きると、態とらしく


「いやー! とっても目がシャキだわ!」


「いい朝だねー‼︎ 今日も一日頑張るぞい‼︎」


と口にしながら伸びをした。半分殺人未遂のような起こし方に恐れを抱くのも無理はない。翔という人間はまさに極悪非道で卑劣な悪鬼だ。少なくとも、彩葉と玲羅の認識ではそういう設定になっていた。



ーーもちろん、冗談だが。







「ーーさて、気を取り直して。」


紫音はもう一度二、三回手を叩くと、部員たちの目線を集めた。


「何を持って帰るかを決めましょうか。」


どの世界においても恒例行事である、お持ち帰りの時間だ。だが、今回はかなり悩ましい問題となっていた。


「何って言われてもねぇ………。」


「この世界、特に何もないし。」


彩葉と玲羅は光の速度で白旗を上げ、早速考える事を放棄した。それでも諦めなかった流星は、


「あの青い果実とか?」


と提案した。しかし、


「いやぁ、あれは取れないだろ。かなりの高さがあったぞ?」


と、呆気なく翔に却下された。それから彼らは揃いに揃って「うーん」とうなりごえをあげると、彩葉が面倒そうに口を開いた。


「もうさ、この雲でいんじゃない?」


本人は適当に言ったつもりだったのだろうが、紫音はその提案に全面的に賛成の色を示した。


「……いいね、それ。」


まさに盲点だった。あまりにも近くにありすぎて、逆に気がつかなかった。灯台元暗し的なアレだ。その意見には翔も賛成し、流星と玲羅も異論を唱えることはなかった。


「この雲千切れるかな?」


流星が雲の一部を握りしめて引っ張ると、予想していたよりも軽く、雲の一部を切り離すことができた。引きちぎると言うよりかは、毟り取る感覚に近かった。


「よし! 調達完了。」


「それじゃあ、帰りますか。」




こうして五人は、長年の夢を叶えてくれた世界にさよならを告げた。


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