行動
‥‥‥それは、彼にとって信じ難いものだった。
あの日‥‥‥まだ未成年だった《森本鉄郎》が遭遇した事柄である。彼が施設に戻ると『ことり園』が倒壊していた。
しかも、子供を庇って木材の下敷きになった事務員の女性を助けたが、後で亡くなったと聞かされていた。
‥‥‥‥だが、そうじゃない。と言ったのは『相楽重工業』の会長《相楽宗壱》である。
なぜなら、その話しを聞いたのは獄中で、しかも面会に訪れた同じ養護施設出身の《犬居》から聞いたのだ‥‥‥
ところが、死んだと聞かされた《泉先生》が実は生き延びていて、しかも犬居刑事と結婚していたとはビックリだ。
そんなことを聞かされば、今までの行動の全てが否定されそうなものだが、翁の話では敵にどこで〝弱み〟を握られる訳にもいかず、それも致し方ないものだと‥‥‥
その時、県警の捜査一課に配属されている《犬居道人》は、あるデ・ジャヴを視ていた。
これは夢か幻か、はたまた誰かのイタズラなのだろうか?
犬居は相棒だった男に折られたアバラを、思わず手で庇った。そして、目前の〝幻〟に語り掛けた。
「お前は、何者だ。ここに何しに来た!」
するとキョトンとしたラグビー選手は、犬居を見るやいなや、露骨に顔を歪める。
「なんだよ? もしかしてアンタも、ユウヤをスカウトしに来たの‥‥‥って、どっかで見た様な気がすんなぁ」
まぁ確かに、こんなムサい男じゃあスカウト・マンにはなれないよね。ププ〜ッて、笑う〝花形選手風〟を犬居は、イライラと見ていた。
まず、彼がラグビー選手の格好をしているのは、完全に百鬼に怒られる事を想定してのことだったが、犬居の目から見て〝裏切られた相棒〟を思い寄越すが、何とか我慢していた。
だが次第に堪忍袋の緒が切れそうになる。そして、警察手帳を見せてこう言った。
「俺は、こういうもんだ。お前はホストクラブ『SIREN』の店長だろ? 俺とも面識がある筈だが、忘れたのか!」
俺って基本、モテる事と金儲けしか興味ないの。だから、オッサンなんて知らないね!
「‥‥‥まぁ、別にいいだろ。ところで、さっき《ユウヤ》と言ってたが、もしかしてこの店の人間と何か関わりあるのか?」
ちなみに《ユウヤ》とは、アンティークショップ『マーロン』の店主《百鬼》こと、森本鉄郎のホストクラブでの源氏名である。
すると店長は含み笑いをしながら、一枚のチラシを犬居に渡した。
「これこの前、刷って貰ったんだ。」
これで、ユウヤ連れ戻せば客足が増えるね。と嬉しそうに喋るが、そのチラシには目一杯若作りしている《森本鉄郎》の姿が‥‥‥もしかして㉖って、26才って事か? サバを読むにも程があるだろ。しかも、これって‥‥‥
「なぁ、まさかと思うがコレって無断で使ってるのか。肖像権侵害って知ってる?」
すると、店長。さっきまでと違い、明らかに様子がおかしい。
ん‥‥‥肖像権侵害‥‥‥? え、何それ? 本人の承諾がいるの‥‥あれ、おかしいな。何か用事があったような。
急に、ソワソワし始める店長。なんせ百鬼には知らせず勝手にチラシを作った上に、既にホームページに載せちゃったし、客にも外にも配りまくっちゃったし《ユウヤ》本人が帰って来ないことには経費が落ちない!
‥‥‥今の彼に出来ること。一刻も早くこの場所から、この男から離れることである!
「あ〜、ゴメンなさい。仕事を思い出したから」
だから、失礼します。脱兎の如く逃げるホストクラブ『SIREN』の店長は、華麗に走って行った。
‥‥‥いつの間にか姿を消した〝不信人物〟にポカンと口を開けて、ただただ突っ立ていただけだった。
ただ、鉄郎の話しを聞きたかったのだ。逃げられる理由がわからない。
一方、その頃。その犬居が捜している鉄郎は、カワイイ女の子たちとビーチバレーをしていた。
「鉄郎さん、パス」
「おう、任しとけ!」
「ダディ。もうちょい離れないと、ママのサーブが受け取れないよ」
「チカも、鉄郎のレシーブには気を付けろ!」
すっごく楽しそう。3対3で、とても楽しそう。百鬼とギャル2人、戸塚と千夏司とギャル‥‥‥って、アレ? 一人足りないよね。デカブツの長男は、どこ行った?
その頃、長男は海を見ながらボーッとしていた。
なぜ、彼は一人だけで海を眺めていたのか? それは極度に人間不信になっていたからだ。
実は、烈が通い詰めていた喫茶店の地下アイドルグループ『ピークル』の贔屓にしていた女の子の妊娠が発覚してしまい〝卒業〟という名の解雇となってしまったのだ。
相手は妻子持ちの有名会社の社長で、あろうことか〝不倫〟発覚でこの『ピークル』の知名度は鰻登り。
しかも、話題に乗っ取りメジャーデビューを果たすと言うのだ! 《ラブリー紗葉》抜きで‥‥‥
あぁ、どのくらい金を注ぎ込んだのだ、彼女に。多分、軽の新車一台分くらい。
だって、紗葉ちゃん。男と付き合ったことないって言ってたじゃん、俺みたいなヤツがタイプだって言ってたじゃん!
なのに、60代会社社長と不倫妊娠の上に、相手子供たちと係争中だって? 俺の純情返してくれよ!
この引っ越しを機に、気分を替えようと思った。新しい恋を探そうと‥‥‥なのに、なんでオッサンが、こんなところでしゃしゃり出るんだよ!
今の俺には、アンタらみたいに楽しくビーチバレーなんかやる気分じゃないのよ。
沈みゆく夕日を眺めながら、烈は一人で感傷的になっていた。
‥‥‥その烈の後ろでは、一人の場違い格好をした男が立っていた。それは、所在不明となっていた《栗栖要》である。
このビーチには不釣り合いの、革ジャンにジーンズという出で立ちであった。
彼は、しょんぼりとする森本家の長男の隣に座ると声を掛けた。
「なんだなんだ、こんなとこに来て元気ないなんて駄目だろぅ?」
‥‥‥別に、いいだろ? ほっといてくれよ。彼女がいて余裕がある奴に言われたくないね!
拗ねている長男の話は多分、あの衆院議員の孫娘である《古賀沙織》のことを言っているのだろう。
確かに、約束はした。彼女が父親を騙してまで計画した旅行だが、あろうことか栗栖はすっぽかしたのだ。
だって栗栖が用事があるのは、娘じゃなくて父親の方だから。
別に、傷付ける為にしてる訳じゃないぜ。ただ、久保田のヤローに命令されてるから、襲撃するだけさ。
俺も自分の身は、大切だからね。下手したら監獄送りだ、彼には悪いけど‥‥‥
俺には今、雇い主が二人居る。
一人は《本田涼介》殺しを依頼した、古賀という代議士の肩書きを持つ男。
それから、涼介の母親である《留美子》が隠し持っていると言われる〝魔女の鉤爪〟を見つけ出す為、恋人だった男の懐に潜り込むこと‥‥‥これを依頼したのは、県警の久保田という男である。
その二人に板挟みになりながら、彼は自分の目的を遂行しなければならなかった。
「でも、お前には家があるから良いじゃないか、血の繋がりだけが全てじゃないんだ。羨ましいよ」
何言ってんだよ。お前の家でもあるだろ? 烈がそういうと、栗栖は「そうだよな」と頷く。
嬉しいことを言ってくれるが、それは栗栖が生き残った時の話である‥‥‥彼には、まだやるべき事があるから。




