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波乱

 先程の騒がしさから一転して、4畳一間の茶室へと通され、開いた障子からは翁ご自慢の庭園が眺められる。

 信楽焼きの茶器に茶を立てる翁と呼ばれる相楽宗一と、そこに招待された男の名は森本鉄郎‥‥‥裏の世界では《百鬼》で通っている。

 厳かな雰囲気の中で、先に口を開いたのは翁の方だった。


 「‥‥‥話しは聞いたよ、あの土地を離れるらしいね。何かヘマでもしたのかい? 君みたいな慎重な人間が」


 一体どこで聞きつけたのか、しかも昨日や今日の事なのに。

 百鬼は、差し障りのない程度に話した。ちょっとした手違いですと‥‥‥そう言って、百鬼は翁の淹れた茶を手に取った。

 だが、更に翁は話しに食い付く。

 「古賀に関係しているのだろう?」

 すると、百鬼は目を大きく開いて翁を見た。

 図星だったからだ‥‥‥


 「あの男は、君の手に負える人間じゃないんだよ? 君の好きな〝家族ごっこ〟も、あの男に掛かれば地獄を作られる。分かってるんだろ? 奴が送り込んで来た《栗栖要》というガキが何者だと。お前が〝家族〟という絆に飢えているのを知ってるからな」


 どうせ、ゲイの俺には無縁の代物だと‥‥‥そんなもん、とっくのとうに分かってるさ! でも、本当に楽しかったんだ。いっぱい子どもの世話をして、傍には圭吾も居てくれた。

 だから、一つくらい異物が混入してからって、俺には関係なかったんだよ。

 

 だが、こちらが〝良し〟と思っても翁の方は納得してないようだ。彼は、余程《古賀浩一郎》のことを嫌っているらしい。


 「じゃあ、君は《原田泉》さんと言う女性を知っているかい?」


 ‥‥‥!! それを聞いた途端、百鬼の顔色が変わっていくのが分かった。


 「な‥‥‥なぜ、翁が彼女のことを?」


 やはり、思った通りだ。

 彼女は百鬼に‥‥いや彼も含めた『ことり園』の住人にとって彼女は〝アキレスの腱〟だった。


 「君にとって〝家族〟という存在は、ニセモノだとしても重要らしい」


 だが、君の一番の欠点は短気だということだ。君は自分の〝家〟を壊され、それに〝家族〟も傷つけられた。

 あの日‥‥‥‥彼らは柱の下敷きになり、泉先生は子どもたちを庇って一緒に瓦礫の下に埋もれてしまった‥‥‥その後、宮田たちと協力して引っ張り出した。

 その時は助かったと思ったが、搬送先の病院で亡くなったと聞いたのだ‥‥‥ただし、獄中で。


 そう、そうだよ。泉先生も他の先生たちも皆、俺らの〝親〟だったんだ!

 母親の仇を打って何が悪い?


 「だからと言って、単独でヤクザの事務所に乗り込むなんて褒められた行動じゃないだろ? もし、犬居という刑事に捕まらなかったら、その場で殺されたかもしれないじゃないか」


 説教なんて、もう沢山だ!

 百鬼が腰を上げ踵を返そうとした時、翁に呼び止められた。


 短絡的なんだよ、君は! 

 ところで、君は知ってるかい? あの栗栖というガキの本当の目的を‥‥‥!


 え? 思わず百鬼は、翁の顔を見下ろした。


 「お前は少し、頭を冷やして来た方がいい。それから、これを‥‥‥」


 そう言って、翁がポンッと百鬼に渡したのは一本の釣り竿だった。

 思わず、これは何ですか? と聞き返すと。


 「これで、全員の朝食用の魚を釣って来い。お前のせいで飯が食いっぱぐれるんだからな当然の報いだ」


 あとな、誰に吹き込まれたのか知らないが、彼女は死んでなかったらしいよ。詳しい話は、犬居に聞きなさい。

 



 ‥‥‥一方、その頃。荷物を部屋に置いてきた烈は、千夏司を連れて浜辺に来ていた。

 もちろん、二人とも水着である。トランクスタイプの色気もへったくれもない海パン‥‥‥


 「ねぇ、なんで海兄ィは来られなかったの? 一緒にビーチバレーしようと思ったのに」


 「仕方がないだろ? 嫉妬深い年増の女と付き合うから、身動き出来なくなるんだよ!」


 ‥‥‥そういう烈には、引き留めてくれる彼女が居ないのだが。しかも、追っかけの〝男〟付きだし。今も岩の陰から、チラチラとこちらの様子を伺っている‥‥‥


 でも、ママとダディが来ないと二人じゃビーチバレーは、つまらない。そういう三男に長男の烈は、手を広げてこう言った。


 「何言ってんだよ、見てみろよ! 青い空・白い雲・眩しい太陽! 周りには何がいる? 可愛い女の子が沢山いるだろ?」


 何を言っているのか分からないといった風の三男に、長男は叫んだ。


 「ナンパだ〜! ナンパをするんだよ。ねぇねぇ、彼女〜一緒に遊ばない♡って誘ってさ」


 意気揚々に喋る長男に、三男は不安を覚える。

 誰がナンパしに行くの‥‥‥?


 ‥‥‥そして、一瞬の間。


 あっ、そうか! 俺とお前じゃナンパ成功率低いわ〜。どうしよっか?

 目の前には、カワイコちゃんがワンサカと居るのに、モテた事のない彼らは若干引き気味で‥‥‥‥と、その時。背後の方で聞き覚えのある声が耳に入ってきた!


 「お〜い、二人とも。こっちでビーチバレーしようぜ!」


 その声の持ち主は、百鬼だった。

 昔はトレードマークだった無精ひげは、キレイに削ぎ落とされ。これまたトレードマークだった伊達メガネはナシで代わりに、お洒落サングラス。

 それに、なぜか極彩色のブーメランパンツを履いた百鬼は、両手に女の子をはべらして、ビキニ履いた戸塚と登場である。

 それにしても、アソコがくっきりと判るパンツだ。本当、宝の持ち腐れである‥‥‥


 「あ、ママだ〜。ママ〜」


 健全な17の男が、43のオッサンを〝ママ〟と呼びながら走る姿は、ある意味ホラー映画を見ているようなシュールな気分である。

 ‥‥‥ありえない、ありえないから。どう見たって、ナンパ目当てに海に来てるエロ親父にしか見えないから!

 女の子たちは嬉しそうに顔を紅潮させてるけど、実際にはオッサンはアンタらに興味ないから!

 さっきから嫉妬でオッサン睨みつけてる、女の子たちの彼氏を品定めしてるし、彼女たちは彼女たちでオッサンにモーションかけてるし。


 「ね~ね~、お兄さんたちカッコイイね。どこの店で働いてるの? 教えてよ〜、常連になるから」


 1人の女の子がベタベタと百鬼の体にまとわり付くと、他の子が負けじと百鬼の腰に腕を巻き付ける。


 「アタシ知ってる〜。お兄さん『SIREN』のホストでしょ? ホームページに乗ってたもん」


 え、ホームページ‥‥なんの事ですか? って顔で、百鬼は女の子たちを見る。


 「え〜、本当? アタシ絶対行くぅ! ボトル入れるからデートしよぅ」


 えっ、オッサン。あそこの店とは綺麗サッパリに除籍したって言ってたじゃん。

 慌てて長男、スマホいじって確認。すると‥‥



 〝貴方の隣りに麗しい男性♡ホストクラブ『SIREN』は、貴方に癒やしを捧げます〟



 ‥‥‥などと、書かれたホームページを発見し。しかもNo.1ホスト《ユウヤ㉖》って、大嘘書かれてるし。


 アンタ! あんな裏稼業やってて、秘密主義じゃなかったの? 顔バレバレなんッスけど!




 ‥‥‥一方、その頃。アンティークショップ『マーロン』の前。

 その前に、一人の男が立っていた。ヨレヨレのトレンチコートを羽織った、男の名は《犬居道人》県警で働く男である。

 彼は、ここの店主である百鬼を捕まえる為、深夜に突撃を強行したのだが、先に読まれた彼に逃げられてしまったのだ。

 突撃理由は、百鬼の店に匿っていた《栗栖要》の存在だ。何かと黒い噂のある衆議院議員の《古賀浩一郎》なら判るが、犬居が問題視するのは、裏の世界とは全く関係ない孫娘の《沙織》を巻き込んだ事だ。それに関して古賀氏は快く思っておらず、何らかの処置をしなければ栗栖ともども消される可能性もあるのだ。

 ‥‥‥だが、結果がコレである。店主の居なくなった店は、もぬけの殻となり、家具などの商品は既に運び出された後だった。


 やられた‥‥‥そう思った。

 また、アイツは逃げるのだと。逃げれば逃げる程、何も解決できないのに‥‥‥あの時もそうだった。総会屋の奴らに『ことり園』を襲撃をされた時もそうだ。

 鉄郎は、後先考えずにヤクザの事務所に殴り込みに行きやがった。そんなの〝家族〟だから守る為に逮捕したに決まってんじゃないか、それを逆恨みしやがって‥‥‥ 


 チッと、舌打ちして後ろを振り返ると、そこには何故かアメリカンフットボールの防具を身に着けた、ホストクラブ『SIREN』の店長が立っていた。


 「‥‥‥‥‥!!」


 その姿を見た犬居は、かつて相棒だった男にアバラ骨を折られた事を思い出す。


 そして、花形選手の恰好をした男はいった。


 「ユウヤ、どこ?」


 ‥‥‥‥知らねえよ!!!! 


 


 

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