潜人
森林に囲まれた、湖畔望める場所に人影あり。
「どうだ? 〝品物〟は見つかりそうか坊や」
一人の男が湖に向かって喋る。もちろん、周りには誰もいないし独り言を呟いている訳でもない。
かつての仲間が遺していった〝落としもの〟に向かって喋ってるのだ。むろん、無線機でだが。
‥‥‥彼の名前は、卯月と名乗る情報屋を生業にしている男(本物の栗栖の雇っていた)である。
ある事件があって以来、実は連絡が取れない事情があったのだが、最初にコンタクトしてきたのは〝卯月側〟の方だった。
《栗栖要》と名乗る男が、証拠不十分の為に留置場から、釈放された時のことだ。
‥‥‥本当は、彼は栗栖ではなく《合田理人》という別人である。
(元々、この《栗栖》という名前は存在しておらず、前の持ち主は〝生きながらして、戸籍を抹消された男〟だった)
合田は栗栖亡き後、自分が《栗栖要》と偽って生きる事を決めた。どうせ誰も《合田》なんて知らないし、それに〝如何様者〟として名を轟かせた栗栖の名を使えば、何か真実に触れれるかもしれないと思ったから。
‥‥‥だが、この名前は有名すぎた。
栗栖という男は姿を変え、顔を変えて〝仕事〟をする。元々、存在しない人間だから、どんなに網を張ってもスルリと抜けれたのだ。
ところが、今回は簡単に捕まってしまう。限りなく黒に近いグレーの栗栖要は、偽物であり、あらゆる尋問にも〝嘘発見器〟に掛けられても(本物じゃないから)難無く切り抜けられることができた。
それからの解放であるが、ヘトヘトである。
しかも、その帰り道に、栗栖は尾行されていることに気が付いた。
人数は二人くらい、確か《久保田》と《犬居》と言う男だ。
そりゃ事件現場から、一人だけ生き残ってのこのこと現れたら怪しいわな。「アイツが犯人だぁー、確保しろー」って、話しなりますよね。
それにしても‥‥‥警察来るタイミングがよすぎる。この逮捕劇には〝裏〟がありそうで仕方がない。
〝誰かが〟情報を流さなければ、こんな宗教施設にパトカーが何台も乗り付ける筈がない。
きっと、誰かが通報したのだ。
それが証拠に、久保田がモーションを掛けてきた。
だが、これで密告者と久保田が繋がっているのが分かった。
まさか、本当に〝裏の世界〟に精通している人物がいるとは思わなかったが、どうやら真実みたいだ。
だが、ずっと尾行されると疲れてきた。なんとか撒けまいものかと、電車に乗り込んで人混みに紛れ込む事にした。
駅に着くと、栗栖は改札を潜りホームまで行った。この時間帯はラッシュアワーに当たるので、逃げ切ると思った。
「やばいですね。このままだと見失います」
「できるだけ、離れないようにしろ。誰かと接触するかもしれないからな」
これは刑事の、犬居と久保田の会話である。二人は、栗栖と名乗る男のアジトを突き止めるつもりだ。
噂だけが先走る《栗栖要》それが今、暴けるのだ。奴に辛酸舐めさせられた人間は数知れず。
釈放されたのが不思議でならない。そう思い栗栖を見やると‥‥‥
「あっ、アイツが居ない?」
「いや、誰かに押されて倒れてだけだ。携帯電話とかをばら撒いただけだ」
「他に、怪しい奴はいないようですね」
‥‥‥その栗栖はと言うと。
「くっそ。なんで、こんな時に」
栗栖は、さっき突き飛ばされたことにより、一気に二人を撒くタイミングを見失ってしまった。
まったくツイてないぜ。ブツブツと呟きながら落としてしまった自分のスマホと、小銭入れを拾っていた‥‥‥と、彼はスマホの下に二つ折りにされた紙を発見する。
なんだ、これは? 栗栖は気になったが、後ろには刑事が控えている。彼は、それらを気付かれないように拾うと、ジーンズのポケットに仕舞い込み、何事も無かったかのように電車に乗り込むのだった。
それが、情報屋《卯月》との最初のコンタクトだった。
紙には、待ち合わせ場所だけが書かれていた。彼は、住所も書かれていないソレを、インターネットで検索して捜し出した。
そこには、最初に会った時と同じ様にハンチング帽を被った出で立ちの情報屋に会った。
そして、開口一番にこう言った「生きてたのか」と‥‥‥‥
これが、まだ『マーロン』に入る前の話しである。
‥‥‥それから、数ヶ月後。その時《栗栖要》こと、合田理人は奥地にある湖に潜っていた。
『いや、暗過ぎて何も見えんて‥‥‥てか、誰が隠すんだよ。金塊なんて』
シュコーシュコーと、酸素ボンベで息をしながら《栗栖要》は喋る。
彼は、それまで居付いていた森本家から離れ、単独行動をしていた。
今は、卯月の持ってきた仕事をしているのだが、以来内容がなんともフザケていた。
確か、徳川の埋蔵金を探し当てろ〜だっけ? ふざけるな! なんで俺が、こんな目に合うんだよ。こんなんな〜見つかるかっつうの。
家出したのが、早まった感がする栗栖でありました。ていうか、どうせなら誘われてた《古賀沙織》とのグアム旅行に同行すればよかった!
きっと、向こうの国は暖かいぞ~。せめて、こんな沼みたいな湖で宝探ししなきゃあ駄目なんすか?
卯月は無線越しに言う。
『金塊まだぁ?』 ピッ!
‥‥‥時同じくして。《百鬼》こと森本鉄郎は、とある場所に連絡していた。
『翁ですか? お久しぶりです、鉄郎です。今週末くらいに、お邪魔してもよろしいでしょうか? ええ、家族全員で』