不快
‥‥‥その日は、晴天よろしく。清々しい風が吹き、夏の訪れを歓迎するかの様に小波の音が旅行者たちの耳に届く。
「今日は、いい天気で良かったな! 向こう着いたら、千夏司を誘って海に行こうぜ」
長男の烈が楽しそうに喋る。彼が乗っている車には、運転席でハンドルを握る父親役の《戸塚圭吾》とベビー・シートに座る四男《蒼》と五男《紅》そして5兄弟の母親(?)の百鬼こと《森本鉄郎》を乗せて白いミニバンを走らせる。
目的地は『相楽重工業』の会長である《相楽宗壱》の別荘宅だ。
彼の付き合いは以外に長く、かれこれ20数年くらいで、百鬼が鑑別所送りになった時くらいからの知り合いだ。
そこに、意外と常識人である戸塚が聞いた。
「でも、いきなり全員で行くって言ってもなぁ迷惑じゃないのか? あちらの都合もある筈だし」
「大丈夫だよ。アオとコウの顔を見たいって言ってたし」
呑気にチューハイを煽りながら、CDを探す。
(※簡単に言うが、別に百鬼が産んでいない)
これから向かう場所には、先に預かって貰っている3男の千夏司が居る。
何故、千夏司だけがいるのか? それには、ある経緯があった。
事の始まりは、彼の死んだ実父が引き起こした事柄が関わっている。
元々、百鬼こと《鉄郎》と千夏司の父親《正司》は20数年に同じ養護施設で育っており、〝家族〟として暮らしていた彼らの絆は深かった。
とは言え、昔の居た施設はボロく建て替えが必要ではあったが、なんせ子供の数は多いが、入ってくる金は少ない。
そこで、降って湧いたかのような〝立ち退き話〟である。しかも、相手側は〝建設工業〟を名乗るヤクザ屋を雇い、実力行使をもって施設に乗り込み片っ端から柱を叩き壊し、中の大人も子供もまとめて追い出しに掛かったのだ。
幾人もの犠牲者を出して‥‥‥
その時、鉄郎は県立高校に通う高校生で、その日はまだ学校の授業を受けていたので難は逃れたのだが突然、教師に呼び出され帰るように促された。
施設に帰ってきた時の衝撃を、彼は今だに忘れられない‥‥‥
とにかく、それは地獄絵図といっても過言ではなかった。古い建築様式の施設は元の型が判らない程に崩れ落ち、その傍らにはボロボロに泣き腫らした小さい子供達が居た。
鉄郎は慌てて駆け寄るが、傷だらけの子や血が出ている子も居て、彼一人だけでは手に負えそうもなかった。
大人である先生や、園長の姿もあるが彼女らも怪我している上に、子供たちのケアで手一杯でどうにもならないようだし。
と、その時。建物の中から人の声が聞こえた。先に学校から戻っていた正司である。
正司は言う。まだ建物の中に、人が残っているから助けるのを手伝って欲しいと。鉄郎が、その場所に行くと彼の目に焼き付いた光景は信じられないものだった。
『何故こんな事に? 俺らが何したんだよ!』
彼の視線の先には、完全に落ちきった柱に下敷きになった若い教諭の《泉先生》と、庇われるようにして抱き締められている子供の姿が‥‥‥
鉄郎は正司と他の2人で柱を持ち上げ、彼女らを引きずり出し、子供の方は助け出した途端に「痛い」と泣き出したので、すぐに手当てをしに大人の居る場所へと連れ出したが泉先生の方はと言うと‥‥‥
『アニキ、どうしよう? 泉先生ピクリとも動かない!』
正司の言葉に、鉄郎の体中に流れる血が一瞬、冷たくなっていく気がした。
早く‥‥早く、救急車を呼ばないと‥‥‥それよりも警察を!
とりあえず心臓は動いていて気を失っているだけのようだ。鉄郎は、救急車が来るまでの間、彼女を抱きかかえ安全な場所に移動する。
誰が、こんな酷い事を? 鉄郎の問いに仲間の1人が答えた。
この前、立ち退きを言ってきた奴らだよ。アイツらが俺らの〝家〟をぶっ壊したんだ!
その話しに関しては、さほど前の事ではない。彼らは、都市計画の一貫として強要同然に立ち退きを言ってきたのだ。
こんな田舎に、誰が一体? その時は施設の皆は信じなかったが、事態が一変したのは建設業者の名を語る、チンピラ風の男たちが現れた時である。
その時に、子供たちの作った展示品を幾つかし脅しとも言える言葉を、吐き捨てていった。
『この土地から離れないと、お前らが、どうなるか知らないぞ』
‥‥‥今になって、その言葉が思い出される。
〝後悔とは後から来るものだと〟鉄郎は今更ながら気付かされた。
だから、鉄郎は殴り込んだのだ。仲間にされた傷の報復をする為に‥‥‥




