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要求

 百鬼は今、あることを迫られていた。一つは元締めの子飼いである、鷹村とライ率いる『SIREN』に『マーロン』ごと吸収されること。

 そして、組織の監視下に置かれること。

 とどのつまりは、飼い殺しにされるのだ。

 

 ‥‥‥どこか逃げ道でもないのか?

 俺には選択肢もないというのか?

 どう足掻いてみても、目の前のソファーには鷹村が座っているし、それを囲むように手下どもが立っている。

 百鬼の後ろには、ライが立って身動きが全くできない。

 手には小型の拳銃が握られている。いざとなれば、クッションで音が漏れないように百鬼を撃ち殺すつもりだ。

 唯一の救いは、観音開きのガラス戸が全開していることくらい。

 その時。フワッと外の夏風が、カーテン越しに入って来た。


 ‥‥‥風が気持ちいい。


 もし、彼がここから逃げ出す方法があるとするなら、それは一つしかない。

 百鬼は、その一縷の望みに賭けることにした。


 「アンタらは、久保田と同じく〝魔女の鉤爪〟を世に出そうとしてるのか? じゃあ本当の黒幕は元締めだっていうのか?」


 それに関しては、鷹村は首を横に振った。


 「いや、これに関してはウチの管轄だからな。噂だけは耳に入っているだろうがな」


 百鬼は、一番気になることを聞いた。それは以前、アキトのロッカーで見つけたブツのことだ。


 「なぁ。ところで、店長もアンタらの〝お仲間〟なのか? まさか店のホスト全員?」


 その問いに、鷹村は鼻で笑った。


 「ハッ! あんな奴が裏の稼業が務まるかよ? アイツはタダの雇われ店長だ。まぁ、確かに商才だけはあるから利用価値はあるんだがな‥‥‥」


 その言葉にNo.1の《ライ》は、さも心外そうに鷹村に恨みごとを投げ掛けた。


 「だから、アンタは俺を店長にしてくれなかったのかよ! 俺の方がアイツよりも数段センスが上だっていうのに」 



 ‥‥‥なんとなく、2人の間で微妙な空気が流れた。その一方で、噂の店長はというと。


 「あーっ! なんだよ、ヤケに大人しくなったなって思ったら、キャパ嬢の名刺を見てんじゃないよ! アンタってサイテーだな」


 ‥‥‥すっごい、怒られていたという。




 「早く、答えを出せよ鉄郎さん! アンタには選択肢がないのは、分かってんだろ? 怨むなら〝魔女の鉤爪〟に関わってしまった自身を怨むんだな」


 百鬼の背後では、ガチリとトリガーを引く音がした。

 拳銃のリボルバーを回す音もしたから冗談じゃないのは確かだ。

 ‥‥‥だが簡単に殺される程、彼がバカじゃないのも確かである。

 百鬼は、一芝居を打つことにした。

 

 「ちょっと待ってくれよ。そんな今すぐっていう訳にもいかないだろ? そんなに俺のことを調べてるんだったら、ウチが大所帯だっていうことも知ってるんだろ? それに俺の周りには、犬居って刑事もウロついている。そう簡単にいく問題じゃないんだよ」


 両手を挙げて、クルリと体を半回転させた百鬼はライと向き合う体勢をとり、彼に同意を求めた。


 「信用すると思ってんのかよ? たかだか女1人に、同情なんかして道を踏み外した奴がよ!」


 呆れた口調で銃口を向ける男だが、彼の手には明らかな動揺が見られた。

 震えてるのだ。

 まさか、百鬼の目とガチ合うとは思わなかったのだろう。

 もしかして、こういう状況にはなれてないのか? だったら、主導権はコッチのもんだ!

 百鬼はジッと、ライの瞳を見つめると一瞬、ライの目が逸れた。‥‥‥百鬼は、その瞬間を見逃さなかった。


 ‥‥‥今だ!


 百鬼は体をひねり、左足を軸にして右足でライの持っている拳銃を蹴り上げた。ライは呆然と蹴られた手を握りしめ、急な展開に周りの人間も状況が飲み込めず、ウロたえているばかりだ。

 そして彼は、そのままの状態で全開しているガラス戸に向かって走り、カーテンを引っ張って外し、包まりながらバルコニーから飛び降りた!

 後ろの方では、怒号が飛び交う。

 まさか、自ら飛び降りるとは誰も思わなかったのだろう。その場にいた全員が青ざめていたという。


 「バカヤロー、ここは2階だぞ!」

 

 


  ‥‥‥同時刻。百鬼の居た、すぐ下の階にいた栗栖は呆然としていた。なぜなら、彼の目の前で白い布で包まれた何かがドサッという音とともに落ちてきたのだ。


 本当なら、驚かなくてもよかったのだが、彼は明らかに動揺していた。

 ‥‥‥それは栗栖要の幼い時分。彼は今と同じように人が落ちていく場面を目撃していた。

 当時。家族で暮らしていた、マンションの3階の窓から見る景色が彼は好きだった。外には四季折々の花が咲き誇り、公園も近かったので母親に連れられて行くのも好きだった。

 物心が付く頃だから4・5歳だろうか? 季節は多分、秋だったのだろう。

 いつものように外を眺めていた彼は、落ち行く枯れ葉とともに何か大きい物が落ちていくのを目撃したのだ。

 ‥‥‥今でも、その光景は目に焼き付いて離れない。

 なぜなら〝彼女〟は、父親と一緒に居た女子大生だったからだ。その女性は、母親が留守の時に入り込んでは父親と一緒に居た。

 子供ながら何故なのか父親に聞くが、内緒にするように言われた。

 

 ‥‥‥今なら分かる。当時、父と母は事あるごとに喧嘩をしていた。その間には、父親と女子大生との関わり合いがあったのだと推測される。


 そして、女子大生の飛び降り自殺。多分、別れ話を切り出された彼女は、嫌がらせの為に相手のマンションから飛び降りたのではないか? どちらにせよ、幼い栗栖の脳裏に深く刻み込まれ、勿論それがキッカケとなり家庭は崩壊。

 母親は、飲めない酒を煽り肝臓を悪くして他界した。薄情な父親は離婚を機に、新しい家族を設けたが今までの悪行が祟って早死にしてしまった。

 残された栗栖が、次第に荒んだ心を持つようになったのは言うまでもない。

 

 

 「おい、栗栖。しっかりしろ大丈夫か?」


 一瞬、気が動転してたのだろう。隣に居た男に頬を叩かれて気を取り戻した。

 「大丈夫か?」という声に、頭を縦に振ることしか出来なかった。どうやら不届き者が2階から飛び降りたらしいが、すぐに起き上がって逃げて行ったらしい。


 「栗栖。ここはもういいから、沙織お嬢さんのところへ戻れ」




 ‥‥‥2階から飛び降りた百鬼はというと、下が芝生であったこともあり少し左腕を打撲したくらいで済んだ。

 それから、すぐさま体勢を直し柵を乗り越えて、目の前に停まっていたバスに乗り込んだ百鬼は脱出することに成功した。

 

 そして、命からがらで帰った我が家では、なぜか修羅場が待っていた。

 


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