チカとカナ‥‥‥後編
「うわっ、危ない! なんて運転しやがるんだ」
さっき後ろのバンパーに、ゴツッ! と鈍い音がした。
栗栖は、ベンツにぶつけられた衝撃で、激しく揺れた黄色い車体を立て直そうと躍起になるが、後方のブツけてきたベンツは、平常運転を続けている。
あんなデカブツに突っ込まれたんじゃ、こっちの車は一塊もない。
‥‥‥落ち着け、落ち着くんだ。
それは、今から遡ること数分程前の話しだ。
栗栖要が、森本家の3男・千夏司を百鬼の知人だという《相楽》の家に送る途中、事は起きた。
見晴らしの良い一直線の道。山を越え、谷を越えたところで、海に出た。
風を感じたくなった栗栖は、車の手動式のウィンドウを下げ、潮の匂いとさざ波の音を聴きながら、暫しのドライブを楽しんでいた。
さっきまで携帯型のゲーム機をイジっていた千夏司は、移動時間が長い為か眠ってしまい、話し相手の居ない栗栖のお供は主にカーラジオだけ。
‥‥‥呑気なものだ。多分、自分が狙われてることは、ツユとも知らないだろう。
『マーロン』を出発してから、1時間は過ぎているが目的地にはまだ着かない。
途中で休憩を挟んだものの、そろそろ燃料が底をつきそうだ。ガソリンスタンドを探した方がいいと考えてた所だった。
その時なぜか、栗栖は後ろを気になり始めた。
バックミラーで確認しただけだなのだが、さっきから同じ車に付けられている気がする。
何かがオカシイ。さっきから、後ろの車と同じ道を辿っているような気がする。
栗栖が後続車に気が付いたのは、赤信号で車を停めた時である。
ラッキーなことに百鬼から借りた車の後部座席には、冷蔵庫が備え付けられていた。
休憩を設けた時に、千夏司と2人で好みの飲料水を入れといたので、それを取り出そうと後ろを振り向いた時、後ろが大きいベンツだと気付いたのだ。
その時は、何も思わなかった。ただのベンツである。ただ、その時は‥‥‥
だが異変を感じた時には、手遅れでその時には、すでにバンパーをぶつけられた後だった。
それは、どっからどう見てもワザとであった。
慌てた栗栖は、アクセルを踏み込んで逃げようとするが、そのベンツは2人を乗せた4WDに距離を縮めずに走っていた。
もし、このまま栗栖がブレーキを踏めば、そのまま2台ともガッシャンだ。
いや多分、こちらの方が被害が大きいだろう。
出ているスピードは、外車だからスピードメーターの指針は50マイル‥‥約80キロ(km/h)を超えている。ここは50キロ走行だから完全に暴走で、もし警察に捕まれば免許停止である。
ただ他に走行車がいないのが、唯一の救いだ。
4WDとはいえ、今乗ってる車は後ろのベンツよりも、馬力が数段落ちる。
さて‥‥‥どうしたものか。
栗栖のハンドルを握りしめていた掌は、知らないうちに汗でベタついていた。
所詮、得体の知れない敵なのだ。何があっても誰にも助けてもらえない。
あの百鬼のオッサンは、何て言った?
『俺たちでは、顔が割れてるから』
どっちにしろ、穏やかじゃねぇな。
これから行く《相楽》って人物は、本当に大丈夫なのかよ? こっちゃあ、生命が掛かってんだぜ?
‥‥‥フェアに行きたいもんだ。
その時、ちょうど良い所に雑木林を見つけた。これ幸いとばかりに、栗栖は林の中に車ごと逃げ込んだ。
‥‥‥一方、その頃。『マーロン』では、百鬼らが3男の部屋に集合していた。
「もし、チカが大切な物を隠すんだったら、ココって決まってるんだよ」
それは千夏司がこの家に来た時に、一緒に持って来たオレンジ色した箱型の〝子供金庫〟だった。
ずっと大切にしてたらしく、汚れ一つもない。
中もバイト代の残りや、昔に流行ったゲームカードとかが大切に保管してあり、どれだけ大事にしていたのかが分かる。
「でも圭吾は、なんで詳しいんだ。俺には何一つ言ってないぜ」
ああ。この金庫を持ったチカと、たまたま居合わせた時に教えて貰ったんだ。
もし父親が迎えに来てくれた時に、チカが渡そうと思って貯めてた金らしい。
引っ越し費用の足しに、しようと思ったのだろうけど、全然足りないよね。俺もたまには、小銭を入れたりするんだけどね。
‥‥‥父親は、この世にはもう居ないがな。
だが、真実なんて言える訳がない。できることなら、これは墓場まで俺が持って行きたい。
百鬼は、そう思いながら話題を替えた。
「でも、見た感じじゃあ変わったところなんてないけど?」
中に入っていたのは〝英世〟が12枚に〝一葉〟が5枚くらいと〝諭吉〟はゼロ。あとは500円玉がザラザラと入ってあった。
不審な物が入ってないか皆で確かめていた。
だが、その時。あっ! と金庫を持っていた戸塚の手が滑ってしまい、ジャラジャラと床に金庫と金を盛大にブチマケてしまった。
「ケーゴさん、なにやってんの」
双子が、圭吾が落としてしまった金庫とお札や小銭を拾っている途中で、近くに待機していた《セナ》こと室井雪之丞が何かに気が付いた。
「烈。その箱、中が外せるみたいだ」
室井の言葉に、金庫の中側に爪を入れると簡単に外れた。
その中には何もなかった。が、その裏には何かが貼り付けれていた。
なんだ、これは? 百鬼がセロテープで貼り付けられた〝モノ〟を剥がしてみると、それは、1枚のSDカードであった。
海は、百鬼からSDカードを受け取ると、千夏司の部屋にあるパソコンに取り込んだ。すると‥‥‥
「ちょっと! これ、なんかアブナイ画像じゃない? なんでチカがこんなモノ持ってんの?」
それは男2人が、札束の入った紙袋を受け渡してるであろう画像が幾つもあった。
他にも同じ2人が車から降り、高級料亭に入る姿の画像であったりとかだが、百鬼はどっちの男も見覚えがあった。
1人は、関東系暴力団の幹部。ここら界隈で力がある人物である。
そして、もう1人は衆院議員の《古賀浩一郎》という男‥‥‥まさか、こんなところで巡り合わせるとは。
もし、このネタが表立ったらヤツの息の根が止めれる。
もし、チカが狙われる原因がコレだとすれば、下手に手出しは出来ない。
それどころか、なぜ正司がこんな物を持っていたのか謎だ? だとすれば、抗争で死んだっていうのも怪しい。
その時。ブルブルッと百鬼の携帯電話が、ズボンのポケットでブルッた。
『オッサン、どういうことなんだよ!』
それは、別荘地に向かっている筈の栗栖からであった。
「カナ、どうした。何かあったのか?」
百鬼の声に、栗栖は文句を言い始めた。
『どうしたもこうしたもじゃねぇ! なんで俺らがベンツに追い掛け回されなきゃならねんだ』
その言葉に、百鬼は問い掛けた。ベンツは1台だけか? と‥‥‥
は? だから、どうしたんだよ!?
すると、百鬼は栗栖に言った。
カナ。これから、俺がカナに指示を出すから、お前は携帯電話をハンズフリーに切り替えろ。
大丈夫だ。大体の場所は、カーナビに内蔵してあるGPSで把握できる。今、どういう地形にいる?
『雑木林に隠れてる』
多分、これから追っ手が増えてくるから‥‥‥
『‥‥わかった。じゃあ、その作戦でいこう』
栗栖は、そう答えると停車してた車を動かす。
一時的に逃げ込んだ雑木林は、隠れるのには良いが出た時に、周りを囲まれている可能性がある。
‥‥‥とすれば、方法は一つだけだである。
先程、《宮田千夏司》を乗せた車が雑木林に入り込んだ。この車じゃあ、林の中で追いかけっこなんて無理さね。
なぁに、心配は御無用。
ヤツらは、ウマく撒けたと思っただろうが、コチラも援軍が来てくれたから、どこに逃げても袋のネズミさ。
ほぅら、出てきた。目の前には、黄色いネズミちゃん。おいでよ、おいで。
栗栖はスピードを上げて、雑木林から飛び出す。
もう、これしか手がないんだ‥‥‥後は運頼み。
「オッサン。林を抜ければ、砂浜に出る。作戦Bだ! 祈っといてくれよ」
栗栖は林を突き抜け、待ち受けていたベンツ軍団の僅かな隙間を擦り抜けた。
なに!? 驚くベンツ軍団。
黄色いネズミは、いとも簡単に彼らから逃れて海のある砂浜へと向かう。
そして、栗栖の運転する車は躊躇することなく、海へと入った‥‥‥百鬼の指示通り、水陸両用だというこの車の運転を切り替え、運行を始める。
やった!! 海に逃げればアイツらも追っかけられないみたいだな。
ドンドンと遠ざかってく、ベンツ軍団を見て喜ぶ栗栖。ところが‥‥‥
プスンッ・プスプスとエンジン音の止まる音。
すっごい嫌な予感がします。
「オッサン、これはドーユーことですか?」
ハンズフリーにした、携帯電話の向こうでは無言の百鬼。暫くして出した彼の言葉に、栗栖は驚愕する。
『塗装は完璧だぜ!!』
なんじゃあ、そりゃあ!! こっちは生命賭けてんだよ。あんだって? 塗装工の兄ちゃんの笑顔が可愛いから塗って貰いました? 知るか〜!! アンタ、そんなんばっかじゃん。
‥‥‥そんなこんなで、モメること10分後。応援を呼んで貰える事となった。
船で迎えに来たマッチョマンは、なぜかライフベストがセクシーなナイスミドル。
アンティークショップ『マーロン』の依頼で、迎えに参上した。
車は廃車にし、君たちを陸地に送るようにと。陸には移動用の乗用車を用意した。
連絡を受けたのは、2人連れだという話だが?
もう1人は、足手まといになるから置いてきた。移動は単車があったら貸してくれ。
‥‥‥その時、千夏司は夢を見ていた。
それは大分、昔の話だ。
物心がつく頃から、父親と2人暮らしだった。四畳一間のボロアパートで、貧しい暮らしをしていた。
ある日、父親が帰ってきたと思ったら息子に『金のアテ』が出来たと言った。
お前には、もっと良い暮らしをさせてやると、父親の友達だという人に預けられた。
そこの家の人は、良い人たちばかりで、彼を本当の子供みたいに大切にしてくれた。
‥‥‥ところが、ある日のこと。
父親の友達だという人が、哀しい顔をして千夏司を抱きしめ、こう言った。
『お父さん、暫く帰って来れないんだって。だから、それまで俺のことを本当の母親だと思って、一緒に暮らしていこう』
どう逆さまに見ても、男にしか見えない‥‥‥その時、千夏司は思った。
ママって、呼ばないと駄目なの?
‥‥‥ちか、起きろ千夏司!
あれ? どこかで僕を呼ぶ声が聞こえる。もしかして、父ちゃんが迎えに来てくれたの?
「お帰り〜、父ちゃん!」
だが、抱き付いたところで違うことに気付く。
だって、父ちゃんは眉間に皺を寄せないもん。
「なんで俺に、お前みたいなガキがいるんだ!」
あっ、なんだカナか〜。あれ? 僕はなんで、こんな所で寝てんの?
不思議がる千夏司だが、実は栗栖は一旦、眠ったままの千夏司を雑木林に荷物と暑さよけの冷えたペットボトルを、布越しに置いて出発したのだった。
車はどうしたの? と尋ねる千夏司に栗栖は、バイクの方がカッコいいだろ? と答えて千夏司にヘルメットを渡す。
これから先は、自力で山越えだな。
ゲーム機を詰め込んだ、リュックサックを背負った千夏司をバイクの後ろに乗せ、出発した。




