第四話 雨雨降れ降れ
その日は朝から、風がやけにおとなしかった。
波も静かで、船島はほとんど動いていないように思えた。
「なんかさ、今日の海ってお昼寝してるみたい」
フフカはログハウスの屋根の上に寝転び、
ぼんやりと空を眺めていた。
ジョー太郎は、針のない釣竿の糸を垂らし「風もないし魚も釣れない。穏やかだね〜」とほのぼのとしている。
しばらくすると、ふいにフフカが空を指さす。
「灰色の雲が出てきたね」
「これはひと雨来るかもね」
「それじゃ降る前に船島を動かすかな〜」
とフフカがあくびをしながら体を起こした瞬間、空の端っこに墨をにじませたような濃い灰色の雲がふくらみながら近づいてきた。
そして、最初の一滴が、フフカの鼻の頭に落ちた。
「…………ッつめたっ」
バチン、と空がはじけるような音がした。
次の瞬間、豪雨が降り出した。
「ちょっ、わ、うわああああああ!?!?」
「うわ!? 雨!? このタイミングで!?」
船島の椰子の帆がばたばたと暴れ、
ログハウスの屋根を雨粒が叩く音がドラムのように響く。
「ジョー太郎〜〜〜!ずぶ濡れだよぉおお!」
「え?わーチャック開けないでー!中がびしょびしょになる!」
でもフフカはずぶ濡れのまま、笑いながらジョー太郎の背中から中に入った。
中はいつも通り、暖かかった。
「ぬくい〜」
「フフカ〜、中に入るなら、びしょびしょのままはやめてよ〜。せめて体拭いてよ〜。それに入る時靴の泥落とした?」
「あっ!ごめん…」
「ごめんじゃないよ〜あとが大変なんだから〜、もー……暖かい?」
「暖かい!」
「ならよかった」
そんな話をしながらジョー太郎がログハウスに入りドアを閉じた。
雨に濡れたジョー太郎はヒレなどをぎゅっと絞り、ポタポタと水が溢れた。
「掃除が大変だな……」
「大丈夫だよ、ジョー太郎がやるんだから」
「だからだよ…」
外の雨音を聴きながらふたりはしばらく、ぬくもりと音だけの時間を過ごす。
ザー……ザー……
雨が、海をたたいて、島をたたいて、空をたたく。
「ねぇジョー太郎」
「なに?」
「……この雨、どこまで続いてると思う?」
ジョー太郎は少し考えて、答える。
「さあ?でも僕たちの周りにしか降ってないのかもね」
「え?」
ジョー太郎はログハウスの窓から外を見た。
「ほら見てみなよ。まわり、なんも見えない。空も、水平線も、消えちゃってる」
確かに、空は灰色に覆われ
まるで、船島が雨の中に閉じ込められたみたいだった。
「……だったらさ、この雨は、ふたりだけの雨ってことだね」
「そうだね、今この場所、この瞬間しか経験できない僕とフフカだけの雨だね」
「やだ、ジョー太郎。それ、なんかちょっと恥ずかしい」
「言い出したのフフカだろ〜」
ふたりは、クスクスと笑った。
やがて、雨音が少しずつ小さくなっていく。
気づけば空は少し明るくなり、
椰子の帆の向こうに、ぼんやりと太陽が滲んでいた。
「晴れてきたね」
「じゃあ、外に出て。ジョー太郎を干さないと臭くなっちゃう」
「ならまず洗ってよ」
ジョー太郎がログハウスの外に出るとフフカは、ちょこんとジョー太郎の背中から顔を出して、雨上がりのにおいを吸い込んだ。
空の匂いと海の匂い、そしてジョー太郎のにおい。
「雨、ふってよかったね」
フフカは笑顔で言った。
「え?」
ジョー太郎はキョトンとした。
「だって……ジョー太郎と一緒にいれた思い出が、また一個増えたもん」
そう言い終えるとフフカは顔を引っ込めてジョー太郎の中に潜ってしまった。
ジョー太郎はフフカに聞こえるかわからないくらいの小声で「そうだね」と呟く。
船島は、ぬれた帆をきらきらと光らせながら、どこかへと流れていく。
晴れた空の下、雨の匂いを残して。




