眉月
「美味しそうだなあ、あれ」
斉川 淳が指をさす。
能代秀之が指先を辿ると、そこには細く輝く月。
「美味しそうって、おい」
「こう、口に含んでさ、溶けそうで溶けない感じ。舌で押したら割れそうな。でも、割らない」
興奮して身を捩らせながら淳が話す。
「訳わかんないな」
秀之は首を捻る。
「あれは繊月? いや、もっとはっきり見えるから三日月か? 朔月はいつだった?」
橘 晴臣は夕暮れに浮かぶ月を見やる。
「何それ?」
秀之と淳が揃って晴臣を見る。
「……月齢。東京で見えるなんて思わなかった。淳の家が西の果てで良かったな」
「西の果てとか酷くない?」
「月齢とかよく知ってるな」
「……秀之は大学行ってなかったか?」
「大学関係ねえだろ。それに私立のエスカレーターだから」
「こいつ、幼稚園からなんだよ。小学校の時なんて近所の公園で暴れてたのに」
気に入らなければ誰にでも喧嘩を吹っ掛ける秀之。
そんな秀之と淳は、公園で知り合った。
「淳はそのお陰で、うちの親にピアノとギター教えてもらえただろうが」
秀之の両親は揃って音楽家だ。母はピアノ講師もしている。
「それはー、感謝してるけどー。そもそもおまえが俺を吹っ飛ばしたせいだろ」
喧嘩を止めに入った淳を、勢いで秀之は殴り飛ばした。
謝罪に淳の家を訪れた秀之の母。
「なんて可愛い子なの! 秀之と大違い!」
淳の屈託のなさに射抜かれ、気づけばピアノを教える確約を交わしていた。
「えー、ピアノ教えてもらえるのー?」
淳は満面の笑みを浮かべた。
「まさかそんなバイオレンスな出会いだとは思わなかったよ……」
まあ、今でもバイオレンスだけどね。
晴臣はぼそりと付け加えた。
「ふふっ」
秀之の薄い唇が三日月のように弧を描いた。




