1話 ノブレス・オブ・リージュ
「ナナ。君との婚約を破談にしたい。……理由は分かっているね? もう君は昔の君じゃない」
……王都の私の屋敷の一室。そう切り出したのは、私の婚約者のアラン様。美しい金髪と青い瞳はあいも変わらずの美しい、一年前と何も変わらない。
その美しい青い瞳は、何か恐ろしいものを……まるで飢えた獣かゴブリンでも見るような目で私を見つめてくる。一年で随分と変わってしまった私の目つきとは対極的だった。
――ああ。この時が来てしまった。
悲しくないと言えば嘘になる。
だが、私は、この日が来るのはなんとなく分かっていた。この婚約が破局するのは時間の問題だったのだ。
ただ……。
ただ、改めて切り出されると、彼と私の距離があまりにも離れてしまっていたと、嫌でも思い知らされる。
「…………分かりました。もう、終わりにいたしましょう」
私は辛うじて、それだけ返答する。
さようなら。
――あなたと私はもう、住む世界が違いすぎる。
「……ごめんなさい。もう、私は平穏な生活には馴染めそうにない」
***
私、男爵令嬢のナナ・デルタダートの生まれたブラックバニア王国は変な国である。
なんと21世紀の現在に至るまで、絶対王政と貴族制が続いている。
そう。今時、絶対王政と貴族制で政治を回してるトンデモ国家である。独裁国家は数あれど、ここまで変な独裁国家も珍しい。
周囲の国はとっくに近代化を終えている。
なのにこの国ときたら、妙に頑固で、妙に保守的で……妙に生き残ってしまった。
資源無し、港無し、国民性は保守的を通り越して頑固。国土の八割は山と森のド田舎国家、地政学的価値もほぼゼロ。列強国からしても変に侵略して植民地化した方がかえって金がかかる。
誰からも知らんぷりされて、気づけば、周りは近代化。一国だけ技術だけが近代化して、政治は中近世のノリのまま取り残されてしまった。
そんな時代錯誤のド田舎国家の男爵家に生まれたのが、私、ナナ・デルタダートである。
男爵家なんて下級貴族であるが、暮らしには不自由していなかった。
ひとまず三食食べられて、領地も小さいながら安定。婚約者であるアラン様もいる。
少なくとも、没落貴族の子達や庶子の子達なんかよりは遥かに恵まれた暮らしをしていたと思う。
王都の綺麗な屋敷に住み、勉強して、何度か夜会にも出た。
そんな風にのほほんと生きていた私だが、この国を巡る政治の風向きはよろしくなかった。
やはり、現代において絶対王政なんて無理があったのだ。
私が15歳の時。ちょうど、1年前。
自由と議会を求める共和主義者と、王家にむかっ腹立てていた共産主義者が手を組んで、王家と貴族制を打倒するクーデターを起こそうとした。
が、あまりにも稚拙な計画はあっさりと露見し、計画は失敗。けれど、やはりこれまでやりたい放題していた王侯貴族への民衆の憎しみ深く、これをきっかけに地方を中心に反乱軍が蜂起。あっという間に鎮火不能の内戦になった。
当初は理想を掲げていた反政府軍も、すぐに統制を失って、各地で略奪を繰り返すイナゴの群れと化し、あっという間に腐敗した王党派率いる政府軍vs傍若無人な反政府軍という構図になった。
泥沼化した内戦は行くところまでいき、両軍少年少女兵まで積極的に前線に投入する段階にまで達した。
「とはいっても、前線に投入されるのは貧乏貴族の子女達や庶子達。それに平民の子ども達。一部のやる気ある貴族子女たちを除いて、高位貴族ほど徴兵忌避をする……ノブレス・オブ・リージュの精神はどこにいったのよ」
私はというと、そんな内戦の前線の様子など知らんとばかりに、平和な王都でのほほんと暮らしていた。
……犠牲を尊ぶ高位貴族達や宗教家たちに疑問を感じながら。
「高貴な血は守られなければならないからね! 跡継ぎの息子や政略結婚の駒である正室の娘を戦場になんて出せるわけないじゃないか! ああいうのは庶子どもや下っ端に任せておけばいいのさ!」
父はそんな事を言っていた。うちの家族も婚約者のアラン様も、私が疑問を口にした時は決まって似たような事を言った。まるで、聞き分けの悪い赤ん坊をあやすような口調で。
どうしようもない反発を覚えたのは正義感からか、はたまた、思春期特有の親世代や秩序への反骨心からか。
「自分は安全圏にふんぞり返って、他人に犠牲を強いる。……これが、この国の「誇り高き貴族」の姿だというの……?」
新聞を開けば年少兵部隊の活躍が載っていた。美辞麗句とプロパガンダまみれの記事の裏で、一体何人の私と同世代の少年少女達が死んでいるのだ……?
「私は、卑怯者にはなりたくない」
そんな気持ちをこじらせて、年少兵への志願手続きの書類を密かに取り寄せた。親やアラン様に志願した事を伝えたのはサインを終え、出征する直前になってからだ。
当然、父にも婚約者にも猛反対された。他人の子供の死を「愛国的!」とあんなにも讃えていた人とは思えなかった。
だが、自らサインをしてしまった以上、それを反故にすれば罪になる。家がもう少し高位なら無理やり取り消す事も出来ただろうが、所詮男爵家ではそこまでの政治的なコネは無かったようだ。
最終的に親やアラン様と喧嘩別れの様な形で、家を出た。
正直に言おう。
その時までは、ちょっとした家出と冒険の延長くらいに考えていた、この至極英雄的で軽率な選択がどんな結末を招くかなど、当時の私は考えてもいなかったのだ。




