第一話「墜落」
空が、錆びた鉄板のような赤茶色に焼け落ちていく。 第7廃棄区画、通称「墓場」。オイルと焦げたゴムの臭いがこびりついたこの場所は、17歳のダイアにとって、世界で唯一呼吸ができる聖域だった。 「おいダイア! そのサーボ、死んでるぞ。いつまでガラクタ弄ってんだ、このフェチ野郎!」 油汚れた顔でテツが怒鳴る。彼の足元には、旧式の作業用アームが無惨に転がっていた。 「うるさいな。死んでない、回路が詰まってるだけだ。『ダイア・スペシャル』の心臓部になるんだよ。……音を聞けよテツ、まだ微かに鳴ってる」 ダイアが愛おしそうに撫でているのは、軍の廃棄場からくすねたジャンクの集合体だ。歪な二足歩行メカ。それは彼らの退屈な日常に対する、ささやかな抵抗の形だった。
その時、大気が軋むような音がした。
直後、頭上の空が引き裂かれた。 夕闇を強制的に塗り替える、白熱した光の塊。隕石ではない。あの軌道制御、あの異常な減速G――。 「な、なんだアレ……!?」 「スラスターだ……」 ダイアは無意識に呟いていた。光の尾を引くそれは、まるで何者かに追われる獣のように身をよじらせ、スクラップ場の裏山へと突っ込んでいく。 轟音。そして、熱風。 積み上げられた鉄骨の山が崩れ、衝撃波が二人を吹き飛ばした。
「……ッ、テツ! 無事か!」 「わ、訳わかんねえ……逃げようぜダイア! 軍が来る!」 腰を抜かすテツを尻目に、ダイアは駆け出していた。恐怖などなかった。彼の網膜に焼き付いていたのは、墜落寸前に見えた、あの「ありえないほど美しい放熱フィンの輝き」だけだった。あれは連邦の規格じゃない。もっと高度で、もっと危険なテクノロジーだ。 黒煙と土煙の向こうに、それは鎮座していた。 クレーターの中心にあるのは、生物的な曲線を持つ未知の機体。装甲は真珠光沢を放ち、剥き出しになった内部フレームは、まるで血管のように脈動している。 プシュウ、と蒸気を吐き出し、半壊したコックピットハッチがスライドする。 中には、一人の少女がいた。 銀糸の髪。透き通るような淡い青色の肌。腹部から流れる血さえも、蛍光色を帯びて発光している。彼女は、切断された機体の中枢ユニットらしきものを、赤子のように抱きしめていた。 その瞳が、ダイアを捉える。 「……なお……して……」 耳ではなく、脳髄に直接ノイズが走ったような感覚。 ダイアは息を呑んだ。異星人。敵対種族。ニュースで連呼される「怪物」。だが、目の前の存在は、あまりにも精緻で、完成された「構造物」だった。
「ダイア! 離れろ!」 遅れて来たテツが、恐怖に引きつった声で叫ぶ。 「通報だ! こいつを突き出せば、俺たちは英雄になれる! 賞金で一生遊べるぞ! そいつは『敵』なんだ!」 テツの言葉は正しい。常識的だ。こいつを軍に渡せば、間違いなく解体され、実験材料にされる。 遠くでサイレンが鳴り響く。連邦軍の哨戒機が近づいている。 ダイアの視線が、少女と、その背後にある未知のメカニズムを行き来する。 ――この駆動系はどうなっている? この装甲の材質は? ここで軍に渡せば、二度とこの奇跡には触れられない。 彼は足元の瓦礫から、一本のモンキーレンチを拾い上げた。手に馴染む鉄の重さが、震えを止める。 「……悪い、テツ」 ダイアの声は、冷たいほど静かだった。 「俺は、こいつの『中身』が見たいんだ。スクラップにするには、まだ早すぎる」 それは正義感でも、恋でもなかった。 ただ、壊れた美しいものを放っておけない、修理屋としての業だけが、彼を突き動かしていた。




