五月晴れに花咲く
梅雨時の天の恵みは偉大だ。花は潤い、蛙も元気に鳴き声をあげていた。自然の流れに身を任せ、美を見出すのも乙なものだろう。
とはいえ、やはりじめじめとした空気は人々の顔色すらも暗くするので、晴れ間の清々しさは強く身に沁みる。
この日の空に似た晴れやかな笑みを浮かべて、信太郎は我が家の戸を開く。
「今帰った」
すぐに妻の永が現れ、そして子供達が駆けつけてくる。
「おお、待ちくたびれたぞ」
「わーい、おっ父だ!」
「父ちゃんお土産は?」
「どんな妖怪だった!?」
「おかえりなさい!」
ヒルデ。集作。正吉。俊介。
長らく仕事に出ており、久しぶりに愛しい顔に囲まれる賑やかな時間。腕を引っ張り、あるいはよじ登ってこようとするのも微笑ましい。家族の温かな声に疲れた心身も心安らぐ。
それを温かい目で見守る者達がいた。
「いやあ、相変わらず仲睦まじい事で」
「本当羨ましいくらい」
「うむ。素晴らしき一家の姿よな」
信太郎の後ろから続いたのは銀之丞と宝、番之助。
信太郎と同じく草薙衆の一員。
今回は土蜘蛛が現れたとの報せを受け、共に退治の仕事をこなしてきた。それを終えた後、永と子供達の様子を見に来たのだ。
今まで何度も訪れており、付き合いは深い。
番之助は丁寧な所作で永に挨拶する。
「おっと、失礼致した。此度も過去の非礼を詫びに参った次第。今度こそ許して下さるか、女神殿」
「さて、どうするかの」
「饅頭などいかがか」
「ほ。良い心がけじゃ」
とある小藩での河童事件の折、夫婦を捕縛しようとした番之助を信太郎は打ち倒している。信太郎に罪あるが故だが、その後草薙衆頭領、漆然から正式に許された。なので番之助とも和解。度々会っているが、その際の恒例のやりとりとなっていた。
饅頭の包みを手渡せば永は機嫌良く微笑む。子供達も集まってきて早速食べだす。美味しそうに頬張る笑顔に場が和んだ。
あっという間に箱を空にした子供達が、次に興味津々に食いついたのは草薙衆の面々。
親しげに三人を見つめている。
「おやつ、もっとないのー?」
「済まぬな。足りなんだか。また今度だ」
「今日こそ一本とるからな、ひげ!」
「うむ、やはり見どころのある男の児だ!」
お代わりをねだる正吉、棒を手に稽古をせがむ俊介。番之助はおおらかに受け入れる。
激しく打ち込む俊介はやはり筋が良い。番之助も上達するように上手く誘導する教え方をしており有り難かった。
「ねー、また面白いお話してー」
「おや前の話はお気に召しやしたかね。いやはや光栄でございやす」
集作に袖を引かれる銀之丞はにこやかにお喋りを始める。滑らかな舌が各地を巡った体験談を語るのが面白いらしい。草薙衆として関わった妖怪話に加え、妖怪とは無関係な各地の土産話も求めていた。
「お姉ちゃん、どう?」
「わっ、綺麗」
「でしょ! がんばったの!」
ヒルデと宝は磨いた石の飾りを見て盛り上がる。ヒルデ手作りのお守りは異国の術を用いた効果のある代物。会う度に可愛らしい小物を交換していた。二人で出かけた事も何度かある程には気が合うようだ。
それぞれに目を輝かせる子供達。気の合う人物との交流、広がる未来に期待も膨らむ。
客人を歓迎するどころかこき使っているのが申し訳ないが、楽しそうでこちらまで笑みがこぼれた。
「しかし子供らをとられてしまったな」
「ならば旦那様はわしの独り占めじゃの」
「客人の前だろう」
「なに、気にするはなかろ」
永は緩む口元をたおやかに隠し、腕を掴んで信太郎を引っ張る。
困り顔でなすがままの信太郎だが気分は悪くなかった。子供達もあの友人達なら安心して任せられると、今は妻に向き合う。
庭には永やヒルデが様々な植物を植えていた。単に観賞用であったり、薬の材料としても役に立つ。
今の季節は紫陽花が咲いていた。淡い色合いが美しい。葉に残る水滴が日を浴びて光っている。水溜まりに映る色も粋だ。
花を愛でる永の姿は、何度見ようと信太郎は見惚れる程。
夫婦は縁側に腰掛けると、ぴったりと寄り添う。今更気恥ずかしくもない。
ただ互いの感触や体温を感じる心地よさに浸っていた。
それぞれの話に夢中だった銀之丞と集作、宝とヒルデだったが、番之助と俊介の稽古が熱を帯びてくると観戦に回った。いつの間にか俊介が一本とったら番之助が饅頭を買ってくるという話になっており、皆も熱を入れて応援している。一体となった場では、わざと負けそうな流れに傾くか。
しかし俊介は本気で相手する事を望み、番之助も応えている。代わりに正吉と集作も加わって三人がかりで挑みだした。
全力で協力する姿が微笑ましい。
しかしそんな庭の光景を眺めている内に、信太郎の眉が下がっていく。
「まるでおれ達がいなくてもいいようで寂しいのだが……」
「このところ雨ばかりじゃったからの。外で遊びたいのじゃろう」
「そうだとしてもあちらの方に懐くとは、おれは父親失格なのだろうか」
「子は飽きが早いからの。珍しい方を好むものじゃ」
「ならば良いのだが……」
「じゃから、ほれ。珍しいものにもすぐ飽きる」
永が示せば、丁度俊介の棒が番之助の腹に突きつけられていた。背後の二人への対処で反応が遅れた結果だ。
番之助は満足そうに笑って外へ向かった。銀之丞と宝も手放しに褒め、称える。
そして疲れた様子もなく元気を有り余らせた子供達がこちらに向かってくる。
「次はおっ父!」
「おやつ買ってくるんだって。一緒にたべよー」
「ねー、来るまで父ちゃんも話してよー」
「もう、ちょっとは落ち着いてってば」
信太郎はすぐに立ち上がる。自然と浮かぶ笑み。胸の内から力が湧き上がるのを感じた。
「ああ。今行く」
「わかったじゃろ? 主は良い旦那、良い父親じゃ」
永の言葉に頷き、三人まとめて子供達の相手に。まだまだ元気いっぱいなので苦労はしても、いつまでも続けたくなる感覚がある。
晴れた空に雨の気配はない。仮に降っても幸せに変えられるだろうと確信を持てた。




