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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
番外編

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雪解けに再び

 太平の世に戦はなくとも、自然は厳しい。

 空はどんよりと曇り、肌寒い風が吹きつける。しかし山野に緑は徐々に戻り、確実に春の気配は漂い始めていた。

 山中の小藩。そののどかな農村。雪解け水が流れる小川のほとりに元気な声が響く。

 十歳頃の子供達が木の枝でチャンバラをしていた。

 三人の男子と一人の女子。相手を入れ替え何度も打ち合うが、常に優勢なのは女子の方だ。


 彼女こそ領主の娘、滝姫その人。活発を絵に描いたような姿。まだ幼くも凛々しい顔立ちで、立ち居振る舞いも堂々としている。お転婆で豪快な姫だと既に領内に響き渡っていた。

 日頃から武士に混ざって稽古をしており、太刀筋は他の子供とは明らかに違う。

 薙ぎ払い、受け流し、荒さはあれど子供とは思えぬ技量。一撃も食らわず負けなしの武勇を誇る。他の子供も負けん気が強く諦めないで挑戦を繰り返していた。遠くの大人も安心して見守っている。


 ただ。

 ぽちゃん、とかすかな水音が川から届いた事で、空気が変わる。


 滝姫がバッと勢いよく振り返った。

 隙と見て男子が思いっきり打ちかかる。

 滝姫の視線は川に釘付け。子供故の容赦ない攻撃が無防備な頭に迫る。


「なんだ魚か」

「うわあっ!」


 それでも滝姫は余所見をしたまま枝の打ち込みを振り払った。

 男子は弾かれて姿勢を崩し、尻餅までつく。悔しげに歯噛み。滝姫は視線を戻すと頭を下げた。


「済まない。勝負の最中に余所見は失礼だった」

「今度こそ勝つからな!」

「うむ。もう一度だ!」


 強気な笑みを浮かべ、チャンバラを再開。

 またも何回も勝負を繰り返し、熱中。二人がかり、三人がかりだろうと滝姫は勝ち続ける。冷たい風にも負けず汗が光る。甲高い音が空へ抜けていく。


 と、再びの水音。

 やはり勢いよく振り返る滝姫。今度は男子達も警戒して手を出さない。じっと膠着状態。そして滝姫は目を凝らした先に、小さな影を捉えた。


「……来たか!」


 歓喜の表情。歯を見せての、はしたないとたしなめられるような笑み。それでも堂々と己を表していた。


「済まない。迎えに行ってくる!」


 枝を捨て、一目散に川へ走る滝姫。他の子供達は仕方ないと呆れ顔になったり、怯えた顔をしたり、家へさっさと帰る者もいた。いつもの事なので不満もない。


 滝姫は風のように駆け抜け、森の終わり、里との境目に辿り着く。


「いやあ、久方ぶりだな、来六!」

「……うん、姫」


 川面から顔を出したのは、小柄な体格、緑の全身に鱗、頭には皿、顔にはくちばし、背中には甲羅の、特徴が多い妖怪。河童だった。来六という名前の、滝姫の珍しい友。


 凍りつき、極寒となる冬の川では河童も泳げない。ずっと沼の奥に潜んでいて会えなかった。人間の友と遊ぶのも楽しいが、欠けていては寂しかった。

 春まで待ちわびた、再会。一気に温かくなるのを感じた。


 着物が汚れるのも構わず川岸に手をつき、身を乗り出す滝姫。落ちそうな姿勢だが、体を支える安定性がある。


「さあなにして遊ぼうか! 泳ぎの競争か!?」

「まだ川は冷たいよ……」

「こんなもの平気だ!」


 今にも川に飛び込みかねない滝姫を抑える来六。川に手を入れて温度を確かめた事でようやく納得。

 今度は来六の手を強く掴んだ。


「ならば陸に上がるといい! 来六も辛かろう。それに陸ならなんでも遊べる!」

「待って待って。焦りすぎだってば……」


 ぐっと強引に引き上げれば跳ねた水を思いっ切り被った。びしょ濡れになったのが可笑しくなって、顔を見合わせ大口を開けて笑う。


「わはは。お揃いだな!」

「相変わらずだね姫。でも着替えた方がいいよ……」

「ならば体を動かせばいい。すぐに乾く!」

「仕方ないなあもう」


 対照的な言動、見た目。そんなもの関係なしに、一緒の時間を心から楽しむ。

 声高らかに、二人は春の野を駆けてゆく。

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