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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
終章

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87/93

冬から秋へ

 山には美しい緑が芽吹き始めていた。動物達も忙しなく活動している。

 冬は終わり、春が来る。柔らかな陽光が照らす世は穏やかだった。


 鞍馬山。天狗の領域。

 旅支度を整えた信太郎が礼儀正しく頭を下げる。


「長い間お世話になりました」

「ふん。清々する」


 天狗は猛禽の頭を横に向けて憎まれ口を叩いた。偽りない本音には苦笑するしかない。

 ヒルデと出会い、天狗と揉めた後に渋々受け入れられ、それから早数年間。

 子を育てる間過ごす居場所を提供してくれ、仕事の為に外へ出向かなければならない間の面倒も見てくれた。かつては命を懸けて争ったが、今では頭が上がらない。良い巡り合わせに感謝しきりだ。


 ただ、同じく旅装の永は顔をしかめていた。


「ほ。慈愛を持って育てるというのは嘘だったのじゃな。あの程度で音を上げるなど情けないのう」

「よせ。世話になっただろう」

「好かんものは好かんのじゃ」

「子らも悪い言葉を覚えてしまう」

「化け物の子の口が悪くても当然じゃろう」


 夫婦として意思の対立は未だ多く、やはり流れるように言葉が飛び交う。ただし口喧嘩より痴話喧嘩。

 天狗も苛立ちを隠さないし、愛娘も呆れ気味だ。


「ね、少し退いてて。ヒルデも話したいの」


 童女から少女へと成長したヒルデ。言葉を覚え、流暢に話せるようになった。

 凛とした澄まし顔。隠す必要のない赤みがかった茶色の髪と青い瞳を堂々と示して対峙する。


「天狗。やっぱり間違いだったじゃない。ヒルデは何も害なんてなかったでしょ」

「……夷狄は夷狄。全ては両親の奮闘した結果に過ぎない」

「そ。ありがと。自慢の二人よ」


 大妖怪たる天狗を臆さず見据え、ヒルデは決然と言い切った。

 胸が熱くなる。誇らしい気持ちで永と共に娘へ寄り添った。その両腕をとり、くすぐったそうに笑うヒルデ。


 その輪に弟達も加わる。

 生まれたのは愛しき三つ子。名は集作、正吉、俊介。

 女神たる山姥は多産の逸話も多い。むしろ三つ子では少ない方だろう。


 まだ幼い彼らは別れの挨拶も険悪な空気も気にせず、それぞれ元気を有り余らせていた。


「ねえね」

「ああ、ほら、ね? 後で遊んであげるから」

「おっ父」

「済まぬ。もうしばし辛抱してくれるか」

「母ちゃん」

「おお、よしよし。わしと先に行こうな」


 そろそろ我慢も限界。礼儀を教えたいところだが、まだ早いか。

 分かれの挨拶を済ませ、出立。


 三人の息子は揃って振り返ると、天狗へと元気に手を振る。


「またね」

「来なくとも良い」

「そう仰らず。御恩は一生忘れません」

「ふん」


 天狗に見送られ、家族は行く。

 早速山道でも走り回り、はしゃぐ。呆れるヒルデも昔はそうだったと懐かしむ。

 すぐに疲れて背負う事になるだろうと微笑ましく見守った。


 旅は使命だ。贖罪は終わらず、最後まで続く。だからこそ早い時期で旅路に戻った。

 死後は地獄であろうと、それまでは幸せを享受する。幸せにしてみせる。

 幸先は最高だ。


 温かな風が優しく背中を押すように吹いていた。






「おかえり。銀。お宝。ところでそちらの方々は?」


 草薙衆頭領、漆然の屋敷。


 銀之丞と宝が出先から帰還したところ。その後ろには若い男とその影に隠れるように子供がいた。

 宝が礼儀を正して説明する。


「憑き物の家の子です」

「いやあ、大変でしたよ。お宝サンが急に無茶言い出だすんですから。もう揉めに揉めちゃいやして」

「仕方ないでしょ。見捨てられないんだから」

「ま、そりゃそうなんですがね」


 ツンと答える宝と、苦笑する銀之丞。

 態度は違いながらも二人で揃って尽力した。人相手の争いは本来の仕事ではないが、それでもこれが己の役目だと決めて。


 憑き物筋。

 家に憑く狐の霊等を使役し、災いを為すとされた人々。事実はどうあれ疑われ、それ故他者から忌み嫌われる家系だ。

 親子共にあちこち傷が見えて境遇を察する。

 かつて救えなかった少女、ほたるを思い起こさせた。

 親子二人は手をしっかりと繋いでいる。弱くとも光はある。今度は間に合ったのだ。


「漆然様も見捨てられないのでしょう」

「という訳で人が増えても構いやせんかね?」

「勿論。保護は我々の役目だ」


 漆然は威圧感ある体格を縮め、朗らかな笑みを浮かべる。


「ようこそ、君達を歓迎しよう」

「もう大丈夫だからね」

「苦労はするでしょうが、危ない目には遭わせやせんよ」


 恐る恐る親子は漆然の手を取った。

 新たな仲間を迎え入れ、尚も救おうと励む。草薙衆は弱い者達の味方だ。

 彼らは世の為人の為、懸命に活動し続ける。






 川辺の町。

 かつて蛇と百足が争った地域。蛇神への信仰は残っているが、その証である蛇の形代は減っていた。

 変わりつつある町を親子が行く。


「親父。何を考えているんだ」

「芝居は今でも好きだろう?」


 事件の当事者、太紋。

 かつて鬼となって以来、満足に動けない状態。今も老いた父に支えられている有様だ。

 賑わう町の雑踏で、彼だけが酷く暗い。彼の中では未だ解決してはいなかった。


 虚無の日々を送る中、詳しい事も分からないままに連れられた先は芝居小屋。

 そこの演目を知り、絶句する。


「こんな……っ!」


 蛇と百足、その間で翻弄された者達の悲劇。

 つまりは太紋も関わる実話を元にした芝居だ。

 父親に向かって激高する。


「こんな、こんなものを見せるつもりだったのか!?」

「そう言わず、な? せめて見てってくれないか」

「……どうせ見るしかないんだろうが」


 一人ではろくに動けない。見たくなかろうと逃げられないのだ。どれだけ怒ろうとも。

 そしてこの芝居、客入りは上々だった。それもまた怒りを募らせる。せめて趣味の悪い客達を覚えてやろうと後方に陣取った。


 芝居の内容は、かなり脚色されているが、大筋は再現されていた。

 冷めた目でぼうっと眺める。


 そんな最中、終盤ですすり泣く声に気付く。それも一つではない。

 客は見入って、共感していた。

 身勝手さへの怒り、それと同時に理解されたような心地良い感覚を覚えた太紋。


 だが、憎悪は未だ残り続ける。


「それが、なんだ……! 肝心の、蛇は、まだ……っ!」

「蛇様も変わられたのさ。なんせこの芝居を認めてらっしゃる」


 太紋はハッと父を、それから芝居小屋全体を見た。

 確かにこんな芝居は冒涜だと潰されてもおかしくない。寛容というには傲慢だが、少なくとも変わっているのは確かだ。


 ただ、やはり釈然としない。憎悪は未だ残り続ける。


「畜生……っ……畜生……っ!」


 それでも。

 重く沈むばかりだった心が、軽くなった気がしていた。

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