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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第六章 鬼子と明日

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十 天を斬り、幸を迎えん

 天狗との再戦。山中に満ちる緊張感。

 雪を被った御堂の神聖さも戦意に霞んでいた。

 永とヒルデを残して前に出た信太郎は静かに息を吐き、自然体で意気込む。


「今度こそ勝利してみせます」

「……弱き人の子が随分と図に乗る」

「いいえ。あなたの視た先を覆すには、まず人の強さを証明してこそでしょう」

「大言壮語は止める事だ」

「はい。お互い様に」


 舌戦を切り上げ、後は闘争にて語るのみ。


 まず空高く舞い上がった天狗。

 地上から見上げ構える信太郎。

 木々より遥かな高みで羽団扇が掲げられた。

 渦巻く風。発生したのは竜巻。突発の災害が小さな人を襲う。

 信太郎は踏ん張りきれず態勢を流され、遂には宙に舞い上がる。無力な木の葉のように風の只中へ囚われてしまった。


 そこに自由に飛べる天狗の、錫杖。

 強打を刀で受ける信太郎だが呆気なく吹き飛んでしまう。なんとか態勢だけは維持しようとしたところ、更に追い打ち。為す術なく落下して木の幹に叩きつけられた。

 歯を食い縛り痛みを堪える。枝に強く掴まって風に対抗しようとした。

 だが暴風により再び空へ。

 姿勢を整えるのもままならない。流れるような攻勢には、辛うじて反撃しても通じない。一方的に攻められる。

 確かに見積もりが甘かったか。前回はあれでも手を抜いていたようだ。


「山の女神よ、我が子を救う力を支え給え」


 永の力を借り受ける。本人が身籠っていると判明した以上、無理はさせられない。今も地上で見守っている妻を見やり、気力を奮う。

 深く祈り、集中。

 不安定な宙で天狗の動きを見極める。

 衝突の直前、ぐりんと身を捻った。最低限の動きで最大の速度を出す動作。嵐の中で敵を見据えて、流麗に振り抜く。

 そして交錯の後。

 反撃の太刀は、確かに届いた。竜巻に混じる赤が証明している。


 ただ、力が上手く乗らない。剛力で無理矢理に斬りつけて、ようやく軽傷。

 やはり分が悪い。

 宙で風に翻弄されながら、次の一手を考える。 


「シンタロ!」


 ヒルデの叫びが信太郎の注意を引き付けた。

 眼下を見やれば大きな鷹に化けていた。

 暴風に負けず飛び上がり、真っ直ぐに向かってきて、信太郎を鈎爪で掴む。

 驚きつつも好意的に労った。


「……助かる!」

「イッショ!」


 親子の共同戦線。危険な場に連れてきたくはなかったが、ヒルデも永との日々を取り戻したいのだ。

 守られるばかりではないとの主張は無碍にできない。

 代わりに、背中へ攻撃は通さないと誓う。


「互角になったとでも思うのか」

「いいえ。上回ったと自負します」

「思い上がるな」


 天狗は錫杖を構えて突進してくる。

 早速の活躍機会。とはいえヒルデと息が合わなければまともに空を動けない。言葉も通じないのでは困難だ。

 そこで刀で行き先を指し示す。


「向こうだ。分かるか?」

「Ja!」

「よし。頼むぞひるで!」

「Ja!!」


 刀が示す通りに親子は揃って空を舞う。

 未だぎこちない協力態勢。

 それでも共に居るだけで心強い。気力が溢れてくる。


 背中で鷹の翼が羽ばたき、ぐんと加速。飛行速度が乗った一撃なら威力は十分。天狗とも渡り合える。

 正面から両者は接近。

 衝撃が走った。

 今度は弾かれずに鍔迫り合いへ。互いの翼が圧を押し付け合う。ヒルデのおかげだ。


 そして天を駆けながらの打ち合いへ。

 正面からの振り下ろしを受け流して横薙ぎを繰り出す。袈裟斬りは羽団扇で叩かれて顔面への突き。無理矢理上下反転して足元から切り上げれば、体を倒して死角からの一撃が襲いくる。

 攻撃と防御が目まぐるしく移り変わる。

 金属音が後を引く、変幻自在の空中戦。慣れないながらも必死に食らいつく。いや、必ず上回る。


 と、天狗が唐突に消えた。

 瞬間、信太郎は迷いなく先手。鋭い刺突が背後に現れた天狗の肩を穿った。


「神出鬼没には慣れています。絶対に通しません」

「そのようだな」


 傷を庇い、一旦距離をとる両者。竜巻も収まり、静かな空が一時戻る。

 高みから見下ろす景色は雄大だ。小さく見える永の姿をハッキリ確認。ヒルデと共に笑みと視線を送る。


 そして、天狗の雰囲気が怒気から厳かなものへと変わった。


「ならば最大の敬意を払い、真なる力を見せよう」


 更に上空へ。

 遥かな高みに陣取る。風が止んだ。空気が引き締まり、冬の弱い太陽を背負う。黒々と影が落ちた。

 その姿は神秘そのもの。

 神威が凄まじい程に高まっていく。

 最大の敬意。最大の武力。圧倒的な力を繰り出そうとしている。


 受けるか、逃げるか。

 信太郎の信念としては真っ向から立ち向かうところだが、ヒルデがいる以上は危険を避けたい。


 そう迷う中に、真横からの声。


「何を怖気づいておるのじゃ。天狗如きを恐れよって」


 喋ったのは梟。化けた永とすぐに気付いて、信太郎は焦る。


「永! 無理はするなと言っただろう」

「なに、当分先じゃ。主らだけに任せておっては女神が廃るわい」

「エイ!」


 喜んで鷹のまま声をあげるヒルデ。気が緩んだせいか信太郎が落ちそうになり、二人で慌てる。

 永のクスクス笑う声がして、信太郎とヒルデもつられた。和んだ空気が硬くなった心身をほぐす。

 この三人なら、大丈夫だ。


「迎え撃つには下の方が良かろう」

「分かった。考えがあるのだな」

「無論じゃ」


 揃って御堂の石畳に降り立つ。竜巻がなく、しっかり踏み締める地面があれば十全だ。

 永とヒルデは人の姿に戻って下がる。

 その前に信太郎は二人と手を握った。温かみが伝わり力が溢れてきた。自然体で空を仰ぐ。


 天からの音が(こだま)する。

 音を立てて天駆ける狗。天狗の大元。

 流星と化した天狗の、神罰。


 しかしこちらにも女神がいる。負ける道理はない。


「山の女神よ、必ずや勝利を捧げます」

「わしは山。天から降る物など全て包み込もうぞ」


 信太郎は祈り、永が神意を発揮。

 娘、そして子。母の要素が山と同調。より女神に近付いている。


 山の、豊穣の力。凄まじい勢いで成長する大木。槍と盾となり、天を遮るように覆う。

 それらを容易くへし折り、砕き、突き進むのが、天狗。

 破砕音すらかき消す轟音を鳴らし、天の星が迫る。

 速度が弱まった気はしない。流石の神威。


 対してこちらの加護は二人分。

 信太郎は落ち着いて真摯に祈る。深く、深く、真剣に。

 満ちる力は人の身に余る強大さ。器から溢れる神気により、全身が悲鳴をあげる。

 代償は絶大。決死の覚悟。しかし死ぬつもりはない。

 生きて、勝つ。勝って、共に生きる。

 決意は力となる。


 信太郎は応援を背に受け、時を待つ。

 風圧が着物を切り裂き、肌を刺す。

 構えは不動。刀を肩に担ぐ。神速の突撃を、迎え撃つ。


「山の女神よ、麗しき女神よ、身命を懸けて奉る! どうかこの願いの成就に助力を!」

「我は天の使者。天の意志、天の威光、天の裁定を示さん!」


 互いの言葉を張り上げ、それ以上の戦意を燃やす。

 衝突の直前、信太郎は構えた腕を引き絞るようにして、刀を放つ。

 かつて永にも投じた、討魔の矢。

 投擲は風にも負けず真っ直ぐに飛んだ。逆風すら巻き起こす剛力。

 天狗が地に着くより早く、刃が届く。

 深々と刺さる刀。神を傷つけた人の技。散る赤が降りかかる。

 しかし攻勢は止まらない。天の使いは尚も健在。死をもたらす星が迫る。


 次いで信太郎は両手を前へ。

 集中。引き延びる刹那。ひりつく肌。

 目を見開いて、適確な機を感じ取る。


 刹那の中、酷くゆっくり到達した天狗。

 その腕に右手を添える。それだけで折れ軋む全身。人のみに余る重圧。

 しかしその力を受け止めるのではなく、流す。柔らかに受け流し、回転。強大なる力を利用する。

 それを為せるのも足元から、山そのものから力を得ているから。永を通して一体化しているから。


 気炎万丈。最高の神業。

 重い手応えごと流星を投げ、地に落とす。

 地震めいた衝撃。大地が砕ける。受け止める山は大きく揺れても、堂々と。

 鈍い一瞬が元の速度を取り戻す。


 天まで届く土煙。それを自然に吹く風が晴らした。

 血に塗れた両者の影。その一方が、どさりと地に伏す。

 勝敗がついた。その、結果は。


「……二人共。もう、大丈夫だ」


 信太郎は振り返り、優しく微笑む。傷を感じさせず安心させるように。

 永とヒルデもまた、心配を隠して晴れ晴れとした笑顔で駆け寄るのだった。

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