第65話 リリアの見る夢
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リリアは夢を見ていた。それはまだリリアが宗司で、姉の月花がいた頃の夢だ。
「宗司、ここにいるんだろう。わかってるんだから、早く出てきなさい」
夕暮れの公園に姉の声が響く。その声が聞こえていながら宗司は返事をしなかった。したくなかった。親に怒られて家を飛び出してきたのだ。今の宗司は二度と家になんて帰ってやるものか、という気持ちでいっぱいだったのだ。いつもは大好きな姉も今だけは連れ戻しに来た悪魔にしか見えなかった。
「まったくあの子は……しょうがないか」
呆れたように月花は呟き、周囲を探し始める。そもそもいつも行く公園とは違う、離れた公園までやってきたのになぜこの場所がわかったのか、それも宗司にはわからなかった。宗司は見つからないように茂みに隠れて息を殺す。しばらく見つからなければ姉も諦めて帰るだろうと思ったのだ。
すでに夕方ということもあって公園ないに宗司達以外の姿は無い。聞こえるのは月花の足音だけ。しばらくして、その足音も聞こえなくなる。
「いった……のかな」
宗司は隠れていた茂みからゆっくりと顔を上げて周囲を見渡す。公園内に月花の姿は無くなっていた。諦めたのかな、と思って息を吐いた瞬間だった。
「見つけたぞ宗司」
「ひやぁっ!」
にゅっと宗司の背後に現れる月花。驚きのあまり宗司は尻もちをついてしまう。振り返って月花の方を見れば、呆れたような顔をしていた。
「まったく、こんな公園まで来て。早く帰るぞ」
「……嫌だ」
「どうしてだ?」
「…………」
「帰らずにこのままこの公園にいるつもりか?」
こくりと頷く宗司。子供であった宗司には生きていくことの難しさなどわかるはずもない。ただただ親への反抗心ばかりが胸を占めていた。そんな宗司の気持ちを察したのか、月花は屈んで目線を宗司に合わせる。
「そうか……なら、お姉ちゃんも一緒にここで住んでやろう」
「え!?」
「そうと決まればさっさと母さんと父さんに言っておかなければな」
言うやいなや月花は持っていた携帯を取り出し、両親へ連絡しようとする。宗司は知っている。こういった時の月花は嘘を言わないということを。つまり本気で宗司と共に家でしようと言っているのだ。
それに驚くのは宗司だ。慌てて月花の持つ携帯を奪って電話を切る。
「何をする宗司」
「何をする、じゃないよ!」
「そうは言ってもお前は家出するのだろう。そんなお前を一人残しておくような私ではないぞ」
「そうじゃなくて……だから、その……」
家出したいと言った気持ちに嘘はない。でも、それに月花まで巻き込むつもりはなかった。しかし月花が本気であるならば宗司が何を言っても聞きはしないだろう。
「どうした宗司」
「その……家出するのはボクだけで、お姉ちゃんまで付き合うことはないよ」
「それはできない相談だな。愛する弟を一人にする選択など私の中には存在しない。でも、それがお前の本音か?」
「それは……」
宗司の心を見透かすような目で月花は宗司のことを見る。その目で見られると宗司はいつも自分を誤魔化せなくなる。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言うことだ宗司。私は姉であるがゆえにお前の考えていることも、気持ちも全て理解することができるがな。母さんと父さんはお前の姉ではない。つまり考えていることは言わなければ伝わらないということだ」
「お姉ちゃんの言うことは難しくてよくわかんないよ」
「む……そうだな。言い方が固くなってしまうのが私の悪い所だ。言い方を変えよう。いい、宗司。お母さんもお父さんもあなたのことを嫌いだから怒ったわけじゃない。それはわかるでしょう?」
「……うん」
「今回あなたが怒られたのは、友達と喧嘩したから。そうよね」
「……うん」
友達と遊んでいて、友達の言った言葉が原因で宗司が怒り、友達に怪我をさせてしまった。幸いに大きな怪我ではなかったし、友達の両親も笑って宗司のことを許してくれたが、両親はそうはいかなかった。友達を怪我させたことを怒り、それが原因で家を飛び出してきたのだ。
「宗司は、友達を怪我させたことはどう思ってるの?」
「……怪我させちゃったのは……悪いと思ってるけど、でも……」
「怒ったことは悪いと思ってない?」
「…………」
「それなのに、お母さんもお父さんもあなたの話を聞かずに怒るからあなたは家を飛び出した」
「……うん」
「で、その友達と喧嘩した原因は……私だな」
友達の言った何気ない一言が原因だった。月花は優秀だった。街で神童と呼ばれるほどに。月花自身はそう呼ばれることがあまり好きではなかったが。そんな月花を快く思わない人もいた。宗司の友達の兄もその一人だったのだ。
あることないことを吹き込み、それを宗司に言っただけ。それに宗司は怒ったのだ。大好きな姉を馬鹿にされたことが許せなかったのだ。
「あいつ……お姉ちゃんがテストで言い点数を取れるのはカンニングしてるからだとか、そんなこと言ってきて……許せなくて。だから、ボク……」
「もういい宗司……済まなかったな」
月花が優しく宗司のことを抱きしめる。その温もりに触れて、宗司は泣きそうになってしまった。
「お前は誰かのために怒れる優しい子だ。でもな、まずは言葉にすることだ。言わなければ誰にも伝わらない。友達にも、母さん達にもな。姉である私は例外だがな」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫だ。私がそばにいる。ずっとずっと、お前の傍にいてやるから。そのうえでもう一度聞くぞ。お前はどうしたい?」
「……帰りたい。家に、帰りたいよ」
「……そうか。なら帰ろう」
「え、でも……」
怒って家を飛び出したのにすぐに帰るのは恥ずかしい、そう思っていた宗司だったが、月花が優しく宗司の手を握り安心させるように言う。
「言っただろう。私がそばにいる。だから何も怖がることなんて無い。知っているか? 姉というのは完全無欠で最強無敵でなければならないのだ」
「かんぜんむけつ? さいきょうむてき?」
「あぁ。特に弟の前ではな。つまり私は完璧な存在ということだ。そんな完璧な私がそばにいるのに不安に思うことなどなにもない」
「……そうだね」
この時の宗司には月花の言っていることはよくわからなかったが、それでも姉の言うことだから正しいのだということだけはわかっていた。
そして二人は手を取って公園を出る。一人でいた時とは違う。姉が隣にいると言うだけで宗司の心は不思議と軽くなった。
「でもどうしてお姉ちゃんはボクが友達と喧嘩した原因がわかったの? 誰にも言ってないのに。それにボクのいた場所も」
「姉道その五、姉たるもの常に弟の心を読めなければならない。ということだ」
「??? どういうこと?」
「とにかくそういうことなのだ」
「うーん、そっか!」
「それでいい。お前は笑ってるほうがいいぞ。私は宗司の笑顔が大好きだ」
「ボクもお姉ちゃんのこと大好きだよ!」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
手を繋いで歩く二人の姿は夕日に照らされ、その影は長く長く伸びていた。
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次回投稿は4月21日18時を予定しています。