表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

9、お肉は育てるもの

 伊藤くんに見つかった。いや、タイミングが悪い! 心の準備ができていない!

「あ、あ、いや、あの」

 言葉が詰まる。ドキドキする。なんで? 別に本気で好きってわけじゃなかったじゃん私。彼氏ができたらいいなぁってそれだけだったじゃん。なのに、なんで緊張してるの? なんで心臓どっくんどっくんして手先の感覚が薄れていってるの?

 もしかして本当に好きになったのかも?

「ちょっといい?」

 これはまずい。さっきのがバレたのだろうか。だとしたらまずい。印象が悪くなってしまう。

「……うん」

 いや、よくないよ私! まずいって!

 本棚の木目を目で追いながらどうしようどうしようと考えてはみるが、頭の中は真っ白で、本当に何も、悪い連想さえも浮かんでこない。しかしもう時間がない。ここはもう突撃あるのみ!

「ご、ごめんなさあい!」

「え、なにが?」

 え、なにが? 怒っていない? っていうことは、バレていない? 

 何が起こっているのかわからない私は次の一手をどうしようかと思ったが、間髪入れずに伊藤くんから話し始めた。

「大丈夫? 腰抜けた?」

「大丈夫大丈夫。立てるよ」

 伊藤くんから手を差し伸べてもらって、足を踏み込んで立ち上がる。体重あるなとか思われてないかなぁ。

「じゃあ、いい?」

「うん」

 さっきのがバレていないとしたら、今から何が始まるんだろう。

「俺さ」

「うん?」

「さっき告白されたんだ」

「うん」

 知ってます。ずっと見てました。……とは言えない。

「でな」

「うん」

「断った」

「うん」

 それも知ってます。だから私は今から告白しようと思ってます。だから早く話し終わって、私のターンにしてもらってもいいかな? もう誰かに先を越されたくないから。

「なんでかというとな」

「うん」

「お前のことな」

「うん」

「好きだから」

「うん?」

 どういうこと? え、私、今、告白されたの? あれ? 私のターンいらないパターン? あ、韻を踏んだ。いや、今はそんなのどうでもいいから。え、どうしよ。

「お前のこと、好きだ」

「ありがとう、なのかな?」

 自分でも何を言っているのか分からないし何を言ったらいいのかもよくわからない。

 伊藤くんとは付き合ってもいいっていうことなのかな? だよね? 一応確認してみるか。

「いいの? 私こんなガタイいいし、焼肉少女なんて呼ばれてるくらいだし、食費かかるよ?」

 私はなんでこんなことを確認してるんだろう。今焼き肉の話なんていいじゃない。

「いいよ、俺体型とか気にしないし。ていうか細すぎてすぐ折れそうなやつ心配で見てられないから」

「そう?」

「うん。しかも焼肉好きとかサイコーじゃん。ちょっとしか食べられないふりするようなやつより、一緒にたくさん食べられる人のほうがいいよ。一緒に白米ガツガツ食べてくれるような人、俺好きだよ」

 お世辞ではなく、相手に合わせていない、本当に相性が良い人なのかもしれないと思った。焼肉少女にとっては一番良いタイプの人なのかもしれない。ちょっと嬉しかった。 

「じゃあ、今から一緒に焼肉食べに行ってくれる?」

「よろこんで」


 店長はいつも笑顔で迎えてくれるが、今日はいつもとは違う、なにか特別な雰囲気がある。

「ゆめちゃん、いつものでいいの?」

「うん!」

「今日は特別なセットを作ってあげてもいいんだよ?」

「特別なセット?」

 いつものゆめちゃんセットでも十分特別なのに、今日はもっと特別なセットを用意してくれるらしい。何も言っていないけどわかっている店長。お父さんのような威厳はないけど、お母さんのように気を使ってくれている。伊藤くんはまるで結婚前の両親への挨拶みたいに店長さんに萎縮している。

「はい、特製夢見るゆめちゃんのゆめゆめセット!」

 いや、名前長いでしょ。

 やたら草が敷いてあるいつものゆめちゃんセットの2倍はある。一人でこんなには食べられないけど、二人でなら食べられる。そんな量だ。多すぎてどれがどれかはわからないけど、どのお肉も美味しいことは分かりきっている。店長によると、牛肉の他に豚肉も鶏肉も鹿肉も猪肉も鴨肉もあるらしい。どれがどれかはわからないけど。

 半分焼いたタンを食べる彼。ホルモンに苦戦する彼。タレにするか塩にするか迷う彼。レモンをかけすぎて目が見えなくなるほど顔をキュッとしている彼。どの彼も可愛らしくもあり愛おしい。

 焦げちゃったお肉を網の中に押し込もうとするけど意外に大きくて落とし込めない。こんな姿あまり見られたくないけど、平気そうにさっと自分の小皿に取ってくれる彼は、なんだか頼もしかった。

 もちろんお肉はどれも美味しい。油ギトギトではなくて、程よい滑らかさを持つ質の良い油感。鹿肉は脂肪が少ないことで有名だが、パサパサしている感じではなく、サクッとかめてするっと飲み込めるちょうど良さがある。お腹がパンパンになった。

「デザートどうする?」

「俺、杏仁豆腐好きなんだよね」

「じゃあそうしよっか」

 トルコアイスももちろん美味しいけど、杏仁豆腐も美味しかった。二人で食べているからかな?

 しっかり最後の一口まで食べきり、お会計。店長さんに見送られながらお店を出た。

「今日もありがとうね。またきてね。二人でね」

 二人で、っていう言葉がこんなに嬉しい言葉だとは思わなかった。嬉しすぎて、今日はお肉を買って帰るのを忘れてしまった。

「ちゃんと育てていこうな、焦らずじっくりな」

「うん」

 ごめんね、一瞬お肉の話かと思ったけど違うよね。二人の愛のことだよね。そう思うと、なんだか嬉しくなって思わず口角が勝手に上がった。

 また明日も明後日も一緒に来ようね、焼肉屋さん。

 そして、将来は一緒に焼肉屋さんを経営できれば……なんて。

 焼肉少女の夢はまだまだ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ