第七話 くっころ系の依頼を請ける
「あんた向けじゃないの? これ」
自治会事務所に行くと、一件だけ依頼があった。
それは、「枝道に立ち塞がる女剣士退治」というものだ。
「……これって、くっころ系のやつ?」
「くっころ……何よそれ?」
「女剣士が負けを認めるときに『くっ、殺せ』と言ってからエロいイベントが始まるという──」
「すみませーん、この依頼の詳しいこと聞いたいんですけど」
途中まで聞いて聞く価値がないと判断したフィメーラが、英留を無視して事務員に話しかけた。
話を聞くと、それは、最近枝道に現れる女剣士がその道を通る者に対戦を挑み、勝てば報酬を要求してくると言う。
ちなみに、対戦を拒否しても報酬を要求されるという。
「何だ、カツアゲか」
「カツアゲ……? 何それ?」
「ま、殺させることもないみたいだし、俺、金持ってないから、フィメーラが困るだけだしいっか、これで」
「ちょっと! 守ってよ! あんたのせいであたしの武器がないんだから!」
「そりゃ、もちろん、女の子は、守る──」
そこまで行って、英留は、今まで忘れていたことを、ふと思い出してしまった。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「な、何よ!? いきなり脅かさないでよ」
「紗佳奈! 紗佳奈ってどこに行ったんだ!?」
完全に忘れていた。
いや、最初は覚えていた。
何しろ、一緒に飛ばされたはずの幼馴染がいなくなっているのだ。
だが、フィメーラが絡んできていつの間にか思い出さなくなっていたのだ。
「サカナって何? 人の名前?」
「ああ、俺の幼馴染の女の子だ。フィメーラより少し身長が低くて、胸も少し小さい」
「なんでそこで覚えてるのよ!?」
「いや、他でも覚えてるけど、ちょうど比較対象がちょうどよかったから。まあ、可愛い子だったな。余程怒らない限り乱暴しなかったし」
「それは我慢強い子ね」
「いや、違うと思う」
「? 何がよ?」
本当に分からないというように、フィメーラが首を傾げる。
「ただ単にお前が……いや、何でもない」
おそらく言っても無駄だろう。
場合によっては更なる暴力があるかもしれない。
ここは日本ではないし、淑やかな女の子が好まれる世界ではないのかも知れない。
なにしろ、こんな子が勇者を名乗っているのだから。
「まあ、俺と一緒にこっちの世界に放り出された奴がいるんだよ。そいつがどこに行ったか分からないんだ」
「そう……ま、どこかにいるわよ。魔王倒したら探せばいいわ」
「いや、魔王倒してる場合じゃないだろ!」
やることがないから、フィメーラも可愛いし付き合ってやろうと思ったが、紗佳
奈の方が心配だ。
今どこで何をしているのか。
もしかすると危機的状況かも知れない。
俺の助けを待っているかも知れない。
「そんな場合でもない! そもそもあんたが今どういう状況か分かってんの? その幼馴染の子の状況も分からないけど、あんたも大変な状況なんだからね!」
「いや、ちょっと待って? 俺って大変な状況なんだ?」
「あたしの剣を折ったでしょうが! 魔王を倒さないと大変なことになるのに!」
確かに大変ではある。
だが、英留はそれに関しては悪いとは思っていない。
協力するのはどちらかというと善意だ。
善意である以上、もしそれ以上の優先事項があった場合はそちらを優先すべきだと思うのだが。
「いや、でも紗佳奈が大変なことになってたら──」
「あたしの方が大変なのよ! あたしの方に付き合いなさいよ!」
何だこの修羅場のような会話は、などと思う余裕はあるのだが、ちょっとでも冷静に考える機会が欲しいと思う。
いつもフィメーラはこちらが考え事をしているとガンガン攻めてきて──。
「何黙ってるのよ! あんたはあたしと魔王を倒す! いいわね!」
「分かった分かったって! 腕を極めようとするなよ!」
それはそうと、こんな町中の建物の中、見ず知らずの自治会事務員の前で魔王とか言ってもいいのだろうかと思うが、事務員の方もぽかん、としている。
どうも魔王という知識がないのか、ただの魔物の一つだと思っているようだ。
まあ、それは間違いではないが。
とりあえず、紗佳奈を探すにしても何の手がかりもない。
この世界を当てもなく放浪して探すことになるが、それにしても今日明日に見つかるわけでもないだろう。
それなら、魔王を倒すという旅に出ているというフィメーラについて行くのも手だ。
魔王を倒したとなれば、この国でも有名になれるだろう。
そうなったら紗佳奈の方から出てくるかもしれない。
「それで、その女剣士の件ですが」
二人のやり取りに黙っていた事務員が話を続けてもいいのかと、確認する。
「あ、はい」
「一応人間という事で、殺さないようにお願いします。殺した場合、王国の兵士に捕らえられます」
「って事は、捕まえて引っ立ててくればいいんですね?」
「いえ、自治会で牢は持っていないので逆に迷惑です。二度と現れないようにしてくれればいいです」
仕事としては難しいものではないが、条件がやたら厳しい。
おそらく強いであろう女剣士を、殺さずに捕らえずに、二度とそんなことをしないよう誓わせる、という事だ。
「いや、でもそれじゃ、証拠も残らないから、俺が二度と現れないようにしてやったと言ってもそれが証明出来ないでしょう」
「はい、ですから、二度と現れない証明を持ってきてください。それは何でもいいです。二度と人を襲わないと書いた契約書が最も望ましいですが。そうでなくとも構いません」
「…………」
あまりにも成功条件が曖昧過ぎてどうすればいいのか分からない。
フィメーラに助けを求めようと見ても、不思議そうに見返されるだけだ。
そう言えば彼女は、報酬の交渉事などなく、無償で対応して来たから、この条件の曖昧さを理解していないのだ。
「どういうわけか、受けてくれる人がいなくてねえ。そう難しい仕事ではないと思うんですが」
事務員が困ったように腕を組む。
おそらく熟練の賞金稼ぎ達はこの条件の曖昧さに気づいて仕事を断っているのだろう。
だから、残っていたとも言える。
報酬の欄は書かれている。
日本円で考えてもそれなりに高額ではあるが、命の危険はないだろうが、痛い目に遭ったり時間を消費したりするわりになめてるのかと言えるよう値段だ。
確かにフィメーラのパンツを売ることに比べればかなり高い。
だが、身体を賭けるにしては安すぎる報酬だ。
英留も一人なら断っていただろう。
「内容は聞いた? なら早速行くわよ?」
後ろにいる、断ることを全く考えてもいない、フィメーラがいなければ。
「……ま、しょうがないか」
フィメーラがいる限り、断るにも体力が必要だ。
だから、断らない方が楽かもしれない。
「じゃ、行くか」
英留は立ち上がる。
「あ、この依頼受けます」
そう事務員に口にして。




