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第二話 逃げた先で消失

 最近では最先端科学展示会でも産業機器だけではなく、武器などの展示も始まっている。

 それは武器という概念が二十一世紀当初から大幅に変わってきているからだ。


 国家間の武器開発は高スピードで進んだが、平和を意識した結果、武器というよりも防御の開発費に大金が投じられた。

 そのため今ではミサイルは全て正確に迎撃されて確実に撃ち落され、大抵の地域では銃の弾丸が人体に当たる前に弾き飛ばされるよう自動防御システムが働いている。


 つまり、大抵の飛び道具が無効化され、それまでの武器では、ほぼ人殺しは出来なくなった。

 そんな中で、人殺しが今でも可能なもの、それは、刃物類だ。


 日本で言えば戦国時代でも後半は銃の物量が戦力だったことを考えると、武器に関しては五百年以上は後退したことになる。

 だが、それでも各国とも最先端技術を競い、先進の剣を開発した。

 剣の世界では最先端にある日本の、更に最先端にあるのが、今回開発された「シーヤ」だ。


 静脈認証型の光電磁ソードであり、認証された本人が握った場合のみ光の刃が出る。

 それは、物質ならほぼ何でも貫通することが出来、鋼鉄の壁を、クリームをかき回す程度の力で切断することが出来る。

 しかも兵器であるため、防御機能も優れており、「完全防御モード」になると、本人の周囲にバリアが張られ、そのバリアは旧世代の武器、核兵器の爆心地に立っていても衝撃すら受けないほどの、まさにその名の通り、完全防御なのだ。


 現代の戦争は、この武器としての貫通力と防御力の凌ぎ合いと言ってもいい。

 如何に他社の防御を貫通させ、他社の攻撃を貫通させないか、を日々競っている。

 更に携帯性も重要だ。

 孤島や他の星で、どのくらい持つかも重要だ。


 シーヤは熱や光から常に自動充電しているため、一度フル充電すればかなり長時間使え、放置しておけば何もしなくても勝手に充電されていくのだ。

 これは仲間からはぐれて長期間、一人だけで身を守らなければならなくなった場合にも有効だ。

 英留はそれをわざわざ見に来たのだ。

 かけらも興味のない紗佳奈を連れて。


「それで、どこにあるの? その武器は?」

「この辺だと思うが、知らん」


 気が付くと、あれだけ混雑していたのに、人通りのほとんどない通路を歩いていた二人。

 どう考えてもこの先に兵器であるシーヤがあるとも思えない。


「パンフレットは?」

「お前のリュックの中だ」

「いつの間に!? もう、どうして勝手にそんなことするの?」


 ぶつぶつ言いながらも、紗佳奈はリュックを下ろして、中を探している。


「……ん?」


 閑散とした通路。

 さっきから、人が走って入ったり出たりを繰り返している部屋があった。


「もしかして、ここか?」


 そんなわけがないとは思うが、紗佳奈が突っ込むと思ってそう言ってドアを開けてみた。

 紗佳奈はリュックの中を探しているようで、こっちに構っている暇はないようだ。

 そして、部屋の中は、誰もいなかった。


 そこはこの大きなイベント会場の中にある小さな会議室。

 会議用の長机が並んでいて、その周囲をパイプ椅子、そして多くの荷物が雑然と放置されていた。

 おそらく関係者控室だろう。


「これは、なんだ?」


 その机の上に無造作に置かれた、剣の柄のような、だが妙に発光ダイオードなどが付いている、子供のおもちゃにも見えてしまう物。


「シーヤのレプリカかな?」


 本物がこんなところに無造作に置いてあるわけがない。

 持ってみるとやたら軽いし、本物のわけもないだろう。

 英留はそれを手に取って、紗佳奈に見せつけてやろうと思って部屋を出た。


「ちょっとどこ行ってたの? て言うか、人が探してるときに、勝手に動かな──」


『認証を開始します』


「……え?」


 英留の持っていた柄から、そんな音声が発せられ、薄く光る。


「何それ? そんな玩具持ってたっけ?」

「いや、そこに置いてあったんだけど……」


『登録を完了しました』


 音声の後、その柄から、ぼう、と光が出て来た。


「え? え? 何それ!?」


 戸惑った紗佳奈が聞いてくるが英留にも分かるわけもない。

 そうしている間にも、その光は形を形成し、剣の形になった。


「……もしかして、これ……本物か?」


 さすがに英留も驚き、戸惑うしかなかった。


「あっ! 君、何してるんだ!」


 遠くから、おそらく関係者が英留たちに怒鳴る。


「ヤバい、逃げよう!」

「え? ちょっ……それ置いて……ちょっと!」


 走る英留に引っ張られる紗佳奈。


「どうすればいいんだこれ?」

「返すしかないよ! 謝って返そうよ!」


「いや、さっき認証とかしてしまったから、怒られるだけじゃすまないかも知れないし! こういうの莫大な損害金とか請求されたら親が困る!」

「大丈夫だって! ねえ、止まって? 止まろうよ!」

「えーっと……モード選択はこれでするのか。『完全防御モード』と」


 英留がそう言って、紗佳奈には見えない何かをいじると、二人の周りに膜のようなものが張られる。


「おおっ! これがバリアか! すげえ、初めて見た!」

「感心してる場合じゃないよ! 謝ろうよ!」


 とりあえず捕まる心配がなくなったので、歩くことにした。


「こっちいたぞ!」


 背後からの声。


「見つかっちゃったよ!? どうしよう?」


 紗佳奈が怖がるようにぎゅっと英留の腕に抱き着く。


「そういう時はもっと胸を押し付けるんだ! 前に教えただろう!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!?」


 だが、英留も後ろから複数人の大人が追いかけてくるという緊張感から軽く走り出した。


「どうするんだよ!? このまま逃げても顔がばれちゃったら絶対後で見つかっちゃうよ?」

「あ、そうだった! 俺らの素性ばれたらまずいな!」

「今まで気づかなかったんだ!? もう謝ろうよ! 大事になる前に謝ろうって!」


 英留の腕にしがみつく紗佳奈。

 サービスのつもりはかけらもないだろうが、英留の言いつけ通り胸を押し付けてしまう。

 そんなことも気が回らないほど動転しているのだろう。


「君たち! すぐに防御を解いて出てくるんだ! それは最新の兵器だ! 普通の人間の持っていいものじゃない!」


 後ろに追いつて来た数人が英留にそう呼びかける。

 だが、彼らをもってしても、完全防御の中には入って来れない。

 前を塞いでも防御に押し出される。

 そして、周囲の関係者はどんどん増え、何事かと気になったイベント来訪者も集まってくる。


「完全に人相がばれてしまった……さすがにまずいな」


 どちらかというと能天気な英留も、事の重大さに気づき始めた。

 そう言えばこのシーヤの防御性能は分かったが、攻撃性能は全く未知数だ。

 どうする? このまま逃げることはほぼ不可能だ。


 これ以上大事にならないうちに謝るか?

 紗佳奈はもう半泣き半狂乱だ。

 さすがに英留も紗佳奈を巻き込んだのは悪いと思っている。


「安心しろ、お前だけでも何とかしてやる」

「英ちゃん……」


 そう言って抱き寄せたものの、特に考えはなかった。

 こうすれば紗佳奈も落ち着くだろうし、どさくさで身体に触れるからやったま

でだ。


「うん……」


 最近はどんなにどさくさに紛れても気づいて怒るが、この状態なら何とかなると思ったが、ここまで信頼されると、触っていた(ヒップ)も自然に離すしかなかった。


「……とりあえず逃げるか」


 今、捕まると物凄い勢いで怒られそうなので、一旦逃げてほとぼりが治まったころに謝りに出て来よう。


「じゃ、走るぞ!」

「え? ちょっと、英ちゃんっ!」


 紗佳奈はまた引っ張られて一緒に走る。

 人が多くなったと思ったら、展示会場に戻って来ている。

 そうか、ここなら無茶をされることもあるまい。

 このど真ん中に走って、そこで待機という手も──。


「なんだかさっきから頭がぼーっとしてるんだが」

「そりゃそうだよ、こんな密閉空間にいたら、酸素はなくなっていくに決まってるよ!」

「……ああ、そうか」


 完全防御はまさに完全で、酸素すら侵入を拒んでいる。

 つまり、この中は、限られた酸素だけになり、それを使い切ればなくなってしまう。


「くそ、長期戦は無理か……」


 歩いていた彼らの周りは大騒ぎだ。

 元々ごった返していた人達が群がり、それを押し返す関係者とこちらを説得してくる関係者。

 ここで防御を解けば一瞬で捕まることだろう。


 となると、まずはこれを解ける場所に行って一旦解いて空気を入れ替えてから再度防御を張るしかない。

 再防御までどれだけ時間がかかるかは分からないから、なるべく人がいないところがいい。


「そろそろ限界だが、もう一回走るか」

「ごめん……もう無理……」


「くっそ! ほら!」

「きゃっ!?」


 英留は紗佳奈を抱き上げて走る。

 英留も限界だが、仕方がない。

 周囲の人が弾き飛ばされたが、構っている余裕はない。

 心の中で謝って走る。


 片手にシーヤを持っているのでセクハラも出来ない。

 紗佳奈は軽いがそれでも重い。

 このまま逃げてどうにかなるものか?

 どこまでも追いかけてくる関係者を撒くことが出来るのは、どこだ?


「あそこだ!」


 その先には「危険! 絶対に立ち入り禁止!」と書かれた立札がある。

 さすがにそんな危険な場所には入って来ないだろう。

 こっちは多少危険でも完全防御があるし、関係者が躊躇している間に一旦防御を解いて空気を入れ替えよう。


「まずい! 他の機械の中に入って行ったぞ!」

「おい、ここは危険だ! 出てきなさい!」


 後ろからの声を無視して奥へと進む。


「ふう……」


 最奥の小さな空間。

 そこでとりあえず紗佳奈をおろす。

 周囲を確認して問題なければ防御を解こう。


「…………」


 紗佳奈が無言で英留を睨む。


「さすがに悪いとは思ってるよ」

「…………」


 だが、紗佳奈は涙目で英留を睨むだけで何も言ってこない。


「何か埋め合わせするからさ。そうだ、キャナリーのケーキ奢ってやるから──」


 ゴウン


 英留が紗佳奈の機嫌を取っている時、その小さな空間が揺れた。


「な、何だ?」


 そう言えばここはどこだろう?

 絶対立ち入り禁止だから、危険はあるかも知れないが、絶対防御で大丈夫だろう。

 だが、多少は不安になる。


 このバリア、たとえば放射線は大丈夫だろうか?

 などと考え出すと、何もかもが不安になってくる。


 ゴウンゴウンゴウン……


 本格的に動き出した。


「おい! 止めてくれ! この中に子供が逃げ込んだ!」


 外からの声は遠く、壁の奥から聞こえてくる大きな機械音の方が勝る。


「ええっ!? 今からじゃ無理ですよ! ハイパードロップドは全自動稼働なんですよ、途中で止めたら中のゴミが爆発する可能性があるんです!」


 外からの声に、英留は紗佳奈を引き寄せる。

 とりあえずこの箱は、さっき見た廃棄物の質量をゼロにして消してしまうハイパードロップドの中のようだ。

 そして、稼働は止められない。


 この絶対防御は完璧だろうが、ハイパードロップドの質量ゼロも本当だとすると、これは本当に矛と盾だ。

 それは面白い実験だが、命を賭けて試したくはない。

 少なくとも、腕の中で震えている紗佳奈を巻き込みたくはない。


「おーい! 出してくれ! 悪かった、返すから!」


 壁が、迫ってくる。

 このままだと押しつぶされてしまう。

 絶対防御のおかげでしばらくは大丈夫だろうが、そこから先はどちらの性能がいいのか、になってしまう。


「ヤバいって! 頼むから助けてくれっ! ください! お願いしますっ!」


 迫ってくる壁への恐怖。

 そして震えている紗佳奈を守りたいと思う精神。

 ただ、外の声はもう機械がうるさくて届かず、だから、この声ももう届かない気がした。


「助けてくれぇぇぇぇっ!」


 あらんかぎりの大声で叫ぶ。

 だが、何も起こらない。

 前後上下左右の壁が絶対防御を取り囲む。

 みし、という音がした。

 このままなら、まずい。


 もはや声も発しない紗佳奈をただ抱きしめる英留。

 今更ながらに、ハイパードロップドの噂が脳裏によみがえる。

 物質の質量が変化するわけがない、だから、その重量は消えてしまうことはない。

 だから、ハイパードロップドは極小にして消してしまうのではなく、亜空間に移動させているのではないか、という噂。


 みしみしみし……。


 絶対防御がもはや限界だ。

 英留は目を閉じ、その時を覚悟した。

 手に持っていたシーヤと、紗佳奈だけは、しっかり離さないように、目を閉じた。


 ゴウンゴウンゴウン……

 みしみしっ、みしみしみしみし……。


 不穏な音だけが、英留の聴覚を占める。

 もう、終わりか。

 そう思った瞬間。


 ピシャァァッ!


 何かが破壊し、崩壊するような音。

 そして、衝撃。

 あまりの衝撃に意識が遠のき──。


 英留は意識を失いかける。

 だが、気を失ってしまえば、胸の中の紗佳奈を手放してしまう。

 だから、必死に耐え、堪え、歯を食いしばった。

 それでも永遠に続くように感じてしまうこの濁流の前に、英留は──。


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