樹海に封印された者
それは、千年以上も昔の話。
一柱の悪魔が生まれ、闘争の果てに魔王まで登りつめた。
その姿は美しく、夢魔よりも可憐で儚く在って、人型をした女の悪魔。
その力は強大で、幾万の魔物すらも彼女の進行を止めることは敵わず、山よりも巨大な魔物を片手で殺すほど強い。
その生命力は不滅で、頭を切り飛ばしても、心臓や臓器を灰にするまで痛めつけても、瞬きするあいだに再生してしまう。
彼女を止められる者はおらず、その闘争本能が消えることもなく、ただ破壊と殺戮を楽しむ悪魔たる存在。
それでも、彼女には少しだけ心があった。
仲間と慕う魔物がいれば、殺さずに傍へ置き、その同胞の敵を駆逐することで、彼らに報いるだけの慈悲があった。
彼女は強すぎた。
魔王すら路傍の石と同じ、人間の勇者は相手にならず、ただ最強の名を持って生まれた神と言っても差し支えない。
不死身の悪魔ヴェリル。それが生涯で呼ばれた、彼女の名前であった。
「私を……殺してっ」
それでも、彼女は強すぎてしまった。
魔を統一した彼女が、次に矛先を向けたのが人間だった。
元々が、対話を持たない魔物と人間で、会話になるはずもない。何人もの勇者が死に、人類のおよそ八割がひと月もしない内に、地上から消え去った。
だけど、それがいけなかった。
魔物の中には、人間と共存する種族と、人間が無くては生きられない存在もいた。
そういった種族は知能が高く、正面からぶつかるような愚策は冒さないが、彼女を止める方法を考える。
そして、追い詰められた人類と、吸血鬼と呼ばれる存在が、ある場所で密会した。
『不死身の悪魔、ヴェリルを倒す為に』
盃を交わしながら、相容れない集団のトップ同士が、不敵に笑いあう。
『人類からは、神さえ封じる封印の技術を』
『我ら吸血鬼が、魔法に関する英知を』
『『そして、世界の覇権を分けましょう』』
森で聞こえる怨嗟の声が、その歴史を証明する。
「私を……私を……殺せ」
神さえ封じる封印は、残った人類では魔力が足りない。例え成功しても、どれだけ長く続けられるかも分からない。
究極的には、とどめを刺す為の時間稼ぎにしか使われず、腐っていた技術。当然のように、死なない悪魔に使える代物ではない。
吸血鬼がその答えを見つけ出し、魔力を吸い取る植物の魔物を使役する。
それは、獲物を捕獲するか、殺した獲物を養分に育つ樹木。自我が薄く、支配下に置くのが容易な、扱いやすい魔物だった。
『我らが、彼の地まで誘導する』
『ついに【永久の封印】を成す時が来た』
樹木の魔物へ、封印と誘導の魔法を刻む。
ある土地に植え、成長とともに増す力によって、無尽蔵に思えるヴェリルの魔力を吸い尽くす。
悪魔の生命力は、その魔力の量に比例する。
最初は土地の力で封印を施し、吸い取ったヴェリルの魔力で、更に樹木が成長する。
吸い取る力はいつか、魔力が回復する能力を超えると、悪魔の命を削り取り、不滅の理由を消していく。
それが何十年、何百年と時が経つにつれて、いずれ来る『その時』を待つことになる。
封印と魔物の能力により、狂うことも許されず、元々の生命力のせいで自害することも不可能で、ただ生き続けて養分となる哀れな悪魔の出来上がり。
「もう、嫌だぁ」
名前を忘れるほど長く、削り取られた生命力により、その姿は幼く退化を繰り返す。
夜明けを十万回数えるまでは、ヴェリルは覇気と理性を残していた。
それも、二十万を数える頃になると、誰も近寄らなくなって、考えることすら面倒になる。
三十万を数えると、周囲には霧が立ち込めるようになり、朝と夜が分からなくなった。
「死にたい」
そこから先は、もう同じ言葉しか出てこなかった。
殺して欲しいか、死んでしまいたい。
封印が解ける気配はなく、解放されても力が戻ることもない。
濃い霧が支配する森の中。
一人の悪魔が、来るはずのない死神を待ち続ける。
誰か殺して。その思いは、生きたいと願う欲望よりも、強く切実なものだった。
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□連絡
本編と後日譚(AS)を統合し「居合いスキルで少女は無双する」を投稿しました。
何度も、作品を分けてしまって、申し訳ありません。
こちらにも、何話か更新する予定ですが、いずれ【短編】を外した作品のみに更新します。
もし良ければ、今後も応援よろしくお願い致します。