26.ハッピーエンドは夢の中
(父さんを?)
俺は意外過ぎるアクラム殿下の告白に、不躾にもご尊顔を凝視してしまった。
「父を?父をご存知なのですか?」
「ああ、君の御父上は、私が留学生として初めて来日して以来、私の親友だ」
「「ええっ?」」
「えっ?」
「「まあ!」」
その場に同席していた全員、いやたった一人、常にポーカーフェイスを気取っている嫌味な男(何のアピールだよ!)以外が、アクラム殿下の仰天告白に声を上げていた。
しかも……、
「私は君を抱っこした事だってあるんだよ。君はとてもやんちゃ坊主で、この私の腕の中でも、降ろせ降ろせと大暴れして、あの時は大変だった。アハハハハハ!」
「「ええっ?」」
更に投下された仰天告白2発目に、俺と蓮花の叫び声が一段と大きくなる。
「私達は大学のゼミで知り合ってすぐに意気投合、ではなく衝突して、顔を合わせるたびにありとあらゆる事柄で口論、いや、討論と言っておこう、をしたものだった」
(父さんとアクラム王子が?)
懐かしそうに目を細められて、なにやら当時を思い出されておられるのかニヤニヤ笑っておいでのアクラム殿下を目の前にしても、未だに事実認定不能だった。
「ハハハ、信じられないかね。まあそれも無理からぬ事かもしれぬ。もう20年以上昔の話だ。だが我々は今でも時間を作っては旧交を温めておるのだよ」
「えっ?それじゃあお父さん、もしかして……、明日お約束しているお友達って……」
「ああ、道麿、塔宮道麿、綾麿君のお父上だ」
「綾のお父様とお父さんが……、じゃ、じゃあ、あの葡萄ジュースはやっぱり!」
あんなに美味しいジュースがそうそうあるわけない間違える筈がないと思いながらも、その一方で、それでもやっぱり俄かには信じられないと主張しているもう一人の戸惑っている自分がいます。
私は狐につままれたようにポカンとしてしまっていました。
(ヤバイ!ヤバイ!ヤバ過ぎだろうあの顔は!可愛いなぁ♪)
悲しいかな、いつも付け入る隙?が全くなかった生徒総代優等生女子大生・香椎さんのそんな呆けた姿は、俺様の萌え萌えオタク心スイッチを刺激するには十分だった。
(嗚呼、あのピンクの頬っぺたをギュウギュウしてやりたい!)
(それにプラスでうさ耳だ~!!!やっぱこれは絶対ぇ外せねぇ!!!)
(俺様の目に絶対ぇ狂いはねぇ!後はうさぎ倶楽部の衣装を着せりゃあ完璧だぁ!120%間違いねぇ!)
(ん?待てよ。でもヤバ過ぎるだろう、本物より可愛いイミテーションちゃんは!)
(決まりだ、俺様以外にイミテーションちゃんは絶対ぇ見せねぇ!イミテーションちゃんは俺様専用。イヒヒなお楽しみの時間。ムフムフムフ♪)
「しかし……、人の縁とは全く摩訶不思議なものだな。まさかこの外界から隔絶された学院である聖フロイス女学院にわざわざ通わせていた蓮花と道麿の息子である綾麿君が巡り巡って出逢うなど、そんな確率限りなくゼロに近いと思うのだが……。全くこんな事態を誰が予測出来ただろう。そもそも二人はいったいどうやって知り合ったんだい?」
俺様がオタクの聖地である別名・妄想の国に跳んでいると、アクラム殿下が興味津々といった様相でイミテーションちゃん、じゃなかった俺様だけのイナバちゃん・蓮花ちゃんに問い掛けたが、蓮花は急に振られた最も触れられたくないツッコミに目に見えて狼狽えている。
「そ、それはそのぉ、ちょっとそのぉ、外出した、時?」
(はぁ~、仕方ねぇ、助け舟出してやるか)
(もう一人の蓮花も又俺様専用だからな!誰にもやれねぇもんな!)
「アクラム殿下、私達はお互い独りで食事を致しておりましたレストランでたまたま前後の席になりまして、しかもたまたまその店が空いておりまして、客が私達二人だけだったものですから、レストランの店長の方が特別に何品かサービスしてくださいまして、三人で和やかに食事をさせて頂いたのです」
「勿論その日はそれだけでした。ですが更に偶然にも、私がこうして社会勉強を兼ねてこちらの女学院で研修させて頂く事に相成りまして、そしてこちらに着任致しまして程なく、清掃を致しておりました通路でこれ又偶然にお嬢様と再会させて頂いた次第なのです」
そうだよなっ?と目配せすると、明らかにホッとした感じの蓮花が何度も何度も首を縦に振って、そうそうといった風に肯定していた。やっぱ可愛い……。
「ほぉ、レストランで、ね」
アクラム殿下は怪しい笑みを浮かべて、こちらは逆に顔がピクピク引きつってぎこちない作り笑いを必死で作っている蓮花をジッとご覧になられていらしたが、
「まあいいだろう、そういう事にしておくとしよう」
と笑いを噛み殺して、まだおたおたしている可愛い可愛い愛娘をご覧になられておいでだ。
「ハハハ、若いうちは誰しも秘密にしたい事が一つや二つはあるものだ。私と道麿も随分無茶な事もしていた。だが、あの楽しかった日々があるから今がある。綾麿君、君のお父上・道麿は、国王である父上以外で私が尊敬するこの世で唯一人の男だ」
「アクラム殿下……」
「勿論、今ここで君に話した事はお父上には内密に頼むよ。アイツのところに藤花さんが迎えに来る迄、そんなつまらんセリフをアイツに聞かせてやるつもりは毛頭ないからな」
「アイツがその時どんな顔するか今から楽しみで楽しみで、楽しみは取っておかないとな。アハハハハハ!」
本当に嬉しそうにそう話すアクラム殿下は誰かに似ていると思いながら、俺は殿下の話に聴き入っていた。
「だから、例え国が遠く離れていようが、文化や政治体制や宗教感が全く違おうが、そんな事は私達にとっては些細な事だ。私達にはあの時間がある。共に過ごしたかけがえのない時間が。例えこの先私達の隔たりを広げる如何なる事態が起きようとも、それだけは誰にも踏み躙る事は出来ない」
アクラム殿下は晴れやかな表情で力強くそう俺達に宣言すると、
「蓮花、私はずっとお前が、いや藤花とお前が心配で心配で堪らなかった」
「私には大切な親友がいた。だがその大切な親友が最愛の人を亡くして体が引き裂かれそうな苦しみに藻掻き苦しみながら、それでも彼女が残してくれた忘れ形見である可愛い息子の為に泣く事すら出来ずにいたのを知っていても、私にはその友のもとに駆け付ける事すら出来なかった」
「お父さん……」
「だから、お前達二人には私の傍に、私の目の届くところに居て欲しかったのだ。いつでもお前達を守れるように。いつでも傍に駆け付けられるように」
「はぁ……、だが藤花もお前も、そんな私の気持ちなど杞憂だと言わんばかりに、次から次へと私の心配の種を増やしてゆく。全くお前達母娘には一生ハラハラさせられるのだろうな、心配性の私は」
「蓮花、愛しているよ。お前はお父さんが出来なかった分も、お前がやりたいと思う事を思う存分やってみなさい。お父さんにはそれが出来なかったがお前になら出来る。何故ならお前はお父さんの自慢の娘で、そして……、日本人だ」
「お父さん!!!」
「心配掛けてごめんなさい!いつも大好きだから」
「ああ、知っている。お父さんも、お母さんと蓮花の事をいつも想っているから。それにこれからは―」
蓮花を抱き締めながらアクラム殿下はチラッとこちらの方に視線を向けられた。絶対ぇ俺だ!俺様だ!間違いなく目が合った。隣に居る奴らじゃねぇ!
「おま―」
「お任せください、アクラム殿下。お嬢様・蓮花様はこの宮下惣太郎が生涯かけて大切にお守り致します事、この場で皆様にお誓い申し上げます」
「望まれてねぇのに勝手に誓うな!蓮花が傍に居て欲しいと思っているのは俺様だけなんだよ!いい加減気付きやがれ、ストーカー野郎!」
いつの間にかすっかり息を吹き返して、いつもの口が減らない面倒くせぇ男に戻っていた惣太郎を、俺様がバッサリ斬り捨てている間に、
「蓮花がいつ君に傍に居て欲しいと言いました?笑わせるのも大概にしてもらいたいですね。蓮花は誰かに寄り添って貰わないと生きられない、そんなやわな女性じゃありません」
これ又諦めの悪い王子様が、ススッとアクラム殿下の腕の中に居る蓮花の傍に跪き、
「私の可愛い蓮花……、私は、いつか君が我が国で、国王陛下の御前でその美しい歌声を披露出来るように、私に出来る限りの事をこれからやってみるつもりだ。だから待っていて欲しい、その日を、そして私の愛を」
「サ、サイード?あ、あの」
蓮花が跪くサイード王子様に慌てて父親の腕からすり抜けると、王子様を立ち上がらせようとその腕を引っ張った。すると途端に、座っていた王子様にその伸ばした腕を取られて、バランスを崩した蓮花は、逆に彼に抱きつくように倒れ込んですっかり王子様に捕われていた。
「やっと捕まえたよ、私のかぐや姫。もう一生離さないから覚悟しておいて」
「サ、サイード!!!な、何する、や、やだ離して、みんなが見ているわ」
「嫌だな、一生離さないって今言ったばかりだろ?離すわけないじゃないか、やっと手に入れた愛する人を」
「あ、愛?」
「嗚呼、やっと言えた。君が生まれたあの日から、ずっと君を愛しているよ、君だけを」
サイード王子様の熱烈な愛の告白にアクラムお父上殿下は、
ひゅう~♪♪♪
と口笛を吹いて、小心だった甥を称えている。
「いい加減にしろ!蓮花は俺様の嫁だ、触るな!」
そんな様子に焦りを感じた俺様が、蓮花をしっかり抱きすくめているサイード王子を必死に引き剥がそうとすると、当の蓮花が、
「ごめんなさいサイード、貴方が大好きよ、従兄のお兄さんとして」
と呆気なくサイード王子様を袖にした。
蓮花王女様のあまりにも無情なトドメの一撃に、サイード王子様のご尊顔もさすがに硬直し力が抜けたその隙に、俺様は蓮花の腕を掴むと一気にこちらに引っ張った。
やっと蓮花が俺様の腕の中に戻って来たぜ!
(ん?)
クンクン、クンクン、
蓮花の体からサイード王子のコロンの移り香が微かに感じられた。
(大変だ!早く落とさねぇと!)
俺様は更にギュウっと蓮花を強く抱き締めて腕の中に閉じ込めた。
「蓮花、例えお前が地の果て南極に居ようとも、何かあったら必ず俺様が駆け付ける。だから必ずお前は俺様のもとに帰って来い!」
いいな?分かったな?
と言った俺様に、腕の中の蓮花は確かに小さく頷いた。絶対ぇ頷いてくれた!
だけど……、
(頼む、頼むから他の奴らによぉく見えるように、もっと大きく頷いてくれ~!!!)
俺様の悲痛な心の叫び声が届いたかどうかは知らねぇが、蓮花様は出逢ったあの日と同じように、気付くと何故か俺様の腕の中で幸せそうな安心しきった顔をして、スヤスヤスヤスヤ寝息をたてていた……。
こうして孤独な俺様御曹司様と訳あり王女様は、末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
・~お仕舞い~・
これにて完結致しました。
最後までお読みくださってどうもありがとうございました。
ブックマークしてくださっている皆様、いつも励みになっています。
本当にどうもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
みーま




