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 俺は今度こそ心底慌てて手と首を振った。


「ああいや! そう言う事ではなくってですね! 単純にキャラクターのためを思ってそうしたいっていう感じでして! あの! 俺の持ちキャラのおじさん覚えてます?」


 言い訳が苦しい。だが俺の言葉を聞いた社長さんは、何かひらめくところがあったようだ。


「ん? ああ、もちろん。キャラクターと何か話したの?」


「ええまぁそう言う事です。少し長い話になりますが……」


 もうなんだか色々と面倒くさい。こうなれば一から話してしまえと、俺はおじさんの話を始めた。





 うまく話せた自信はなかったが、話の内容は十分すぎる以上に伝わった様である。


 話し終えた俺は、ぎょっとした。


 目頭を押さえて男泣きする社長はぼたぼたと滴るほど涙を流して鼻の頭を真っ赤にしていたのだから。


「……」


「グス……すまないね。僕はこう言う話に……弱くって。グスッ。あのおじさんにそんな過去が……僕が思うに、おじさんはそのお姫様のこと絶対好きだったね。間違いない。初恋ってやつは尾を開くもんだよ、うん! そんな幕切れじゃさぞ無念だったに違いないよ……僕にはわかる」


「いったい何があったので?」


「ノーコメントだ」


 社長さんはプイっと視線をそらした。


「師匠! どうにかしてあげられないんですか!」


 続いて小学生も手のひらを反した。


 彼女は若干興奮して、声を荒げている。


 まぁ俺だって頼みごとを聞こうとしている一人なんだから人のことは言えないわけだが、思ったよりも効果があった。


「君もかい!? まぁいいんですけど……、で、さっきのお願いにつながるんですけどね? やっぱりただ倒すだけってわけにもいかなくって、どうすればいいのかなーっと」


 どうもしなくていいと言われるだろう。


 そう思っていたのだが、俺が思った以上に返ってきた返事は熱かったのである。


「それは応えなくっちゃ駄目だろう! 男じゃないよ!」


「そうですよ! 何とかしてあげましょうよ!」


 社長さんは小学生ともども即答だった。


 どうやらこの社長さんは、熱血な話も好きらしい。


 ただし反対意見は当然出た。


「いや、やめなさいよそう言うの」


 ドライなのはアイドルさんだった。


 彼女は口元に手を当てて唸り、俺に言う。


「だって……ゲームでしょ? 感情移入しすぎじゃない? ルール違反の理由にもならないと思う」


「まぁ……そうなんだよ」


 アイドルさんの意見は反論の余地などまるでなかった。


 付き合いが長いなんて言っても、所詮はゲームのキャラクターだ。


 オフラインなら自己満足も多少は許されるだろうが、それだって自己責任の領域だろう。


 まして、テラ・リバースはオンラインゲームだ。


 自分のキャラ可愛さに、露骨な反則に手を出すことなど許されるものじゃない。


 だがアイドルさんの話に社長さんが口を挟んだ。


「いや……一概にそうは言えないんじゃないかな? このゲームは普通のゲームとは違うからね。君達もそれはわかっているだろう?」


「普通と違うって何? ちょっとリアルってだけじゃない」


 アイドルさんはあえてそう言ったが、社長さんはいやいやと手を振った。


「そりゃぁ一見すればそうだけど。そうじゃないんだよ。わかりやすく言うと、あのゲームのキャラクタは全部人工知能みたいなものなんだ。このゲームで出てくるキャラクターはただテキストを読み上げているだけのものじゃないことはプレイしている人間が誰よりもわかるはずだ。彼らは一人一人思考し、行動している。アイドルの君は持ちキャラと雑談をしたことはないかな? 返しが的確すぎると驚いたことは?」


「……あるけど」


 アイドルさんは社長さんの質問に思い当たるところがあるようだ。


 画面の中に生きた人間がいる。そう錯覚するほどに綺麗に会話が成立する。


 それはまるで、画面の向こうにもう一つ世界があるかのようにである。


 それは俺も実感としてあるところだ。


「だろ? そしてキャラクターごとに、ちゃんとプレイヤーと出会う前の人生がある。そういうプログラムだと言ってしまえばそれまでだけど、彼らと言葉を交わしたプレイヤーは彼らをそう簡単に蔑ろに出来ないとしても、仕方がないんじゃないだろうか?」


「そうは言っても……無茶でしょ普通に?」


 社長さんの言葉にアイドルさんもひるむ。そして俺の注文を思い出したのかアイドルさんは俺の顔を見た。


 社長さんもまた俺を見て、軽く肩をすくめて見せた。


「無茶だと思ったから、僕に連絡を取ったんだろう?」


「うっ……そりゃそうなんですけど」


 結局はまさにそういうことだった。


 仕様の中ではどうしようもないから、仕様外で。


 確実に俺の美学からも、世の中のルールからも外れた相談だとは理解している。


 人にばれた時点で違反行為だ。


 断られて当然の話だというのに、社長さんの目はむしろランランとしていて、俺がひるんだくらいだった。


 社長さんは少しだけ考え込んでから、こんな導入で話を始めたのである。


「ふむ。では結論の前に少し話をしようか?」


「話ですか?」


「そう、あのゲーム。テラ・リバースについて。君はどこまで知ってる?」


 あまりに唐突な質問に俺は口ごもった。


 何とか頭の端から引っ張り出した知識も大したものではない。


「ええっと世界でも有数の技術を使ったゲームとしか。なんか地球シミュレーターだったのが、うっかりこうなっちゃったんですよね?」


 うろ覚えだが間の抜けた話を思い出してそう言うと社長さんは頷いた。


「そうだよ。妙な事にはなっているけれど、世界で一番膨大な情報の塊だ」


「それが何か関係あるんですか?」


 ずいぶん勿体つけた話し方をする社長さんは、今まで出一番輝いた目で続きを語る。


「もちろん関係あるから話をしているんだよ。僕が、このゲームをやっているわけがこのあたりにある。世界最高峰の複雑なプログラムで出来たゲームを前にして黙っていられるわけがない」


 ごく真面目に不真面目なことを言う社長さんの言うことはわからないでもないけれど、その手段が問題だろう。


「で、チートですか」


「そうだよ? でもやってみて……というかやる前からわかっていたけれど、やっぱりこいつはそもそも規格が違うっていうのはあったんだ。かなり特殊な技術でね……とにかく、従来と違うやり方で動いている。でもゲーム特有の部分にとにかく粗が目立つんだ」


「ゲームっぽい所に付け入る隙がある?」


「その通り。魔法や、モンスター。魔法を付加した武器とかね。君も思わなかったかい? なんか違和感があるって」


「……そう言えば」


 社長さんの言葉で俺はゲーム中に出てきた、浮いている部分を思い出す。


 ディスプレーに飾られた燃え盛る剣や、取ってつけた様なNPC。


 違和感のある仕様は多々あった。


 社長さんは人差し指を立てて小声で続けた。


「サービスもそう。あんまり評判が良くないだろ? 急きょ立ち上げた話だからノウハウがないのさ」


「ああ、それは日々感じる所ですね」


 なるほど、言われてみれば造りが甘い部分は急ごしらえである証明なのかもしれない。


 社長さんに言わせればその部分こそが付け入る隙ということのようだ。


「だからこそこっちとしては助かる。僕がモンスターと魔法に絞って色々やっていたのもその辺りが原因なんだけど」


 これは社長さんの持ちキャラ『アイスクイーン』のことを言っているのだろう。


 そういえば、チートといっても社長さんのやったことは一見してわかりにくいものが多かった。


 結果的に成功したということなのだろうが、つまりは付け入る隙は見つけたものの、すべてを解き明かすような部分までは踏み込めなかったということらしい。


「ああ、他は手も足も出なかったと」


「……言わないで」


 ショボンと落ち込む社長さんだ。悪い事を言ってしまった。


「すいません。つい」


「いやいいんだ、事実だし。そこでさっきの姫様の話だ。君の話に出てきた黒い裂け目って言うのがどうにも気になる」


「ああ、そんなこと言ってましたね」


 おじさんは黒い裂け目に飲まれてお姫様は姿を消した。とそう言っていた。


 社長さんはその部分に注目したようだった。


「なんで今の状況になったかまではわからないけれど、テラ・リバース内でのモンスターは、元の生物のデータをいじって作ってるんじゃないだろうか? そのお姫様が元々人間だったって言うなら――」


 そこまで言われて俺にもピンときた。


 もしその黒い裂け目によってあのモンスターが姫から変化させたものであるなら……ひょっとすると社長さんなら――。


「元に戻せる?」


「そうだ! ……と言いたい所だけど、たぶん普通は無理だろうね。人間自体のデータは非常に複雑だろうし」


「なんだ。ダメじゃないですか」


 期待して損した感じだった。


 俺が露骨にがっかりすると、待ってくれと社長さんはここからが本題だと身を乗り出した。


「だけど――それは通常プレイでの話だ」


「え?」


 声を出した俺の反応に社長さんは気をよくして、人差し指を立てて身を乗り出した。


「データが更に簡略化される場所があるんだよ。リアルタイム配信で不具合がでにくいようになのかな、オンライン対戦ともまた少し違う。そして恐らく今、日本中でそのチャンスを物に出来るのは君だけだ。君はついてる。」


「まさか……」


 何かありそうにそうな社長さんに俺は嫌な予感を感じた。


 なんだかまた厄介そうなことになりそうだと思ったわけだが、やはりそれは厄介な提案であった。


「ああ、そうさ、大会だよ。あの大会はキャラデータをより簡略化してある。わざわざ専用の施設まで用意しているのはそう言う事だ。そこまでお膳立てしてくれれば、後は僕の得意分野さ」


「……」


 自信をうかがわせる社長さんの瞳は、端的に言えばとても燃えていたわけだが、結構提案は無茶だった。


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