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「……とりあえず全員なんとなく自己紹介も済んだところで、これで目的は果たしたから解散でいいの?」


 若干寒々しい空気になってしまったので、なぜか俺が仕切り直してみた。


 後はもう俺は必要ないだろうなと席を立とうとすると、何故か小学生に慌てて止められたのだ。


「あ、いえ、あの。本当はもう少し貴方ともお話したいなと思ってたんですけど」


まだアイドルさんとの会話の余韻で敬語である。だけど、アイドルの人はそれを見咎めて、小学生を嗜めた。


「やめときなさい。こいつはとんでもない男よ。それに小学生がさすがに面識ない男と二人っきりで会うのは……」


「それもう俺がやりましたんで」


「そう? ならいっか。それじゃあ、私が念のため保護者の方に電話してあげましょう。こいつが連絡すると余計なトラブルを招く恐れがあるから。お土産にサインでも持っていけば安心するでしょう?」


「ほんとですか!」


 思わぬ棚から牡丹餅的な幸運に、小学生の興奮は最高潮に達したようである。


 どういうわけか、アイドルさんはサービス満点だった。


 俺なんてこんなアイドルさんを見ては確実に裏があると思わずにはいられないって言うのに、世間一般はそうではないらしい。


「ええ。そのくらい大丈夫。……ところで君すごいわね。あの大会ってネットのトップランカーが招待されてるんでしょう?」


「はい。でもまだサービスが始まってそんなに経っていないし。運が良かったんです。僕は最高の相棒と会えたので!」


「相棒ってあの戦士の人だよね?」


「はい! ゴトウって言うんです!」


 思い出されるのはあの荒々しい戦い方をする鬼神の様な戦士だ。


 敵の数など物ともせずに、相手を蹴散らす様は確かに圧巻だった。


 ここまで言うのだ、どれだけ相棒に自信があるのか、結果も含めてはったりでもないことはよくわかる。


 小学生は、アイドルさんに向き直って、俺のことなど忘れて宣言していた。


「僕、絶対負けませんから! ライラさんの敵も任せてください!」


「ええ。頑張ってね」


「……」


 気合いの入った小学生にアイドルさんも笑顔全開で握手していたが、こっそり俺に小声で呟く。


「……ずいぶん敵視されてない?」


「あなたも似たような感じでしたよ?」


「そうだったかなぁ?」


 俺から見たら、彼女の方がもっと敵対心剥き出しだった気がするけど。そこまで言うとまた怒らせそうだからやめておこう。


「……えーっとじゃあ当日、お互い頑張りましょうって事でいい?」


 コホンと咳払いして、小学生にあくまで紳士的に語りかけた俺に、小学生も不敵に笑いかけてきた。


「ええ。楽しみにしてます」


 その後はアイドルの人がどこから取りだしたのか色紙にサインを書いて、小学生に渡す。ヒャホウという感じの小学生はこれで彼女の用事は大方終わったようだ。


「はい。これサインね。電話は外でね」


「あ! ありがとうございますぅ! 宝物にしますから!」


 俺に向けられる敵意もすでに消えている。


 シリアスが長続きしないみたいで助かった。




 外で電話を掛け終わったのかチリンチリンと入り口のベルが鳴って、戻って来たのはアイドルさんだけである。


 てっきりそのまま帰るのかと思っていたんだけど、なんで戻って来たんだろうか?


 帰ってくれた方が面倒がなかったのに……とは言わないが。


 アイドルさんはそのままつかつかとこちらまで歩いてくると、今度は俺の向かい側に座った。


「……」


 またもや、喫茶店で女の子と二人っきり。


 しかも目の前に座っているのは世間で注目を浴びている話題の人物ともなれば……ここは一つ。


「えっと……もうこの世界は俺の物! くらいのテンションではしゃいだ方がいいんでしょうか? この場合?」


「むかつくからやめて」


 軽い冗談でそう言ってみると、馬鹿じゃないのと蔑まれた。


 リアルの女子、すごい怖い。なに話していいかわかんない。


「そりゃそうなんですけどね。ええっと、それじゃあ……改めましてこんにちは。急な呼び出しに応えていただけて、私はとてもうれしいです?」


「硬い硬い。まぁ急な呼び出しって所は気を付けなさいよ。ちょうどよかったんだけどさ」


「と言いますと?」


「私もあんたに用があったから来たの」


 思ってもみなかったことに、俺はお手拭で何となく手を湿らせた。


 俺に用ですと? それはどういう事だろう?


 身構える俺だったが、向こうは至ってすまし顔である。


「……え? なんですそれ?」


 尋ねる俺にアイドルさんは、当たり前だろうと足を組み、俺の鼻先に長い爪の先を突き付けた。


「なに? まさか本当に私があんたに呼ばれたってだけでここまで足を運んだと思ってたの? うぬぼれないでよ」


「……また嫌な予感がする事を」


 なんか穏やかじゃない。アイドルの人はしかし何故か愛想のある笑みを俺に向けたのだ。


 俺は戦慄した。


「私、イメージキャラクターは続けることになったから。実況も次から私がやることになったの。次も顔合わせることになるだろうから挨拶しとこうと思って」


 腕を組み、椅子にふんぞり返るアイドルさんはめちゃくちゃ得意げだった。


 たぶん挨拶とかじゃなく、これを自慢したかったんだなぁと俺は確信した。


「マジでですか?」


「もちろん大真面目よ? ありがたく思いなさい?」


 どちらかと言うと後ろから刺されそうな危機感が募ると言ったら怒られるだろうか? 


 内心、面倒事じゃなくてよかったのと、この人との縁がまだ続くのは微妙である。


「……よかったですね、スケジュール開いちゃったら暇ですもんね」


「え? 何? ぶっ飛ばしていいの?」


「……ごめんなさい、駄目です。俺が悪かったですから許してください」


「まったく……あんた結構言うね」


「まぁ、遠慮する理由もないんで」


 わかっていてもついつい余計なひと言を付け加えてしまうのは俺の悪癖だと思う。


「それともう一つ、二回戦からは、一部狩り用のアイテムが使用禁止になったからそれは伝えておこうと思って。ちゃんとチェックしときなさいよ?」


「はい? なんですかそれ!」


 だがおまけとばかりに付け加えられた情報こそが本命だった。


 狩り用アイテム禁止って……俺の主力じゃあないか! 誰の戦力を減らした以下なんて明白じゃぁないか!


 だというのに、アイドルさんは残念だと首を横に振っているのに対して、表情は最高に悪魔的笑いだった。


「まぁ、誰のせいなのかは言わなくてもわかると思うけど。ちょっとジャンルが違ったもんね」


「いやいや、いい戦略ゲーだったと思いますよ!?」


「……いちおう、バトル物のくくりじゃないの? あのゲーム。戦略がないとは言わないけど」


 ホントいい加減にしろ運営って話だ。対応が後出しすぎるだろうと。


 なおも不満が尽きない俺だが、ここでアイドルさんに言ったところで何の解決にもならない。


 アイドルさんはとにかくと仕切り直して、トントンと机をたたく。


「いい? 昨日も言ったけど、あんたには簡単に負けて貰っちゃこまるの。少なくても次の試合くらいまでは勝ってもらわないと、私のイメージに傷がついちゃうでしょ?」


「それやっぱり俺、関係ないですし」


「あるのよ。なんとしても勝ってもらう。そうじゃないと私が嫌」


「嫌とか言われても」


 あくまで釈然としていない俺に痺れを切らしたのか、アイドルの人は若干血走った顔で、グイッと身を乗り出した。


「いい? ……想像してみなさい? あんたが負ける→相対的に私が比べられる→ああ、所詮アイドルなんて金貰ってやってるだけなんだな→真剣さが足りねーよ→スレが立って罵倒の嵐→飛び火してブログ炎上→イメージダウンして私、精神的に追い詰められる→お察し……」


 さすがにそのネガティブすぎる妄想に驚きである。


「ちょっと待ってください! 想像力豊かすぎでは!」


「そんな事ないと思うんですけど! 私は弱く見られるのも、馬鹿っぽく見られるのも許せない! そのためには協力するから死ぬ気で頑張んなさい!」


 アイドルさんはあくまで真剣で、俺の顔数センチの所まで顔を寄せて睨みつけて来た。何を言っても無駄だと確信するのには十分だ。


 あまりの理不尽さに俺はクラリと眩暈を感じた。


 この人ほんとに面倒である。


「……もし断ったら?」


「私のイメージ戦略のために、あなたの評判をさらに地に落とすことになるかも。少なくてもこのゲームが続けられるかどうか……」


「それってひどくない!?」


「……もちろん冗談よ。そんなことするわけないじゃない」


「う、嘘くさい……。冗談だって言われて、ここまで人を疑える日が来るとは思わなかった」


 オーバーに首を振るアイドルさんだったが目が半ばマジだ。


 その時の彼女は下手な台詞を口にしたら殺すと言わんばかりのそんな鬼気迫る雰囲気で、俺はずずずっと手元の改めて頼んだメロンソーダをすすると、甘く感じなかった。


 俺はいったん落ち着いて、たまらず言葉をひねり出す。


「なんていうか……世の中には不思議な事もありますよね」


「全くね。例えば絶対勝つはずだった試合に負けたりとかね」


「……絶対勝てる試合って自分で言っちゃいますか?」


「いいじゃない、結果ダメだったんだから」


「まぁ勝ちましたけどね」


「……! グッ! 嫌な奴」


「お互い様でしょうに。おかげで邪神ですよ?」


 アイドルの人は心底悔しそうな顔である。彼女は思っていたよりずっと表情が豊かなようだ。


 まぁ、ひょっとしたら俺って外を歩けないかも! なんて思ったが、そんな事もなかったので今のところは困っていない。


 アイドルさんも別に呼び名については気にしてもいなかった。


 この辺りはお互い様だとそういう認識なのだろう。


「私に勝てばある程度目立つことくらいわかってたでしょう? 呼び方については知らない、私のせいじゃないしさ」


「そりゃまぁそうなんですけど。俺も割り切って気にしない感じで行くことにしました」


「でしょうね、あんただし。ここだけの話、私はあんたのその相手が誰だろうと全力を尽くす感じ、結構いいと思う。手を抜かれたって面白くないのは同感。それで? アンタの方は私を呼んだのはまさかほんとに対戦相手に塩を送りたかっただけじゃないんでしょう? どうせ」


 丁度アイドルさんはいつの間にか注文していたらしい紅茶を喫茶店のマスターから受け取り、どこかのお嬢様のごとく俺を見る。


 その目は次は何を考えてるんだ? と完全に疑っている眼差しだった。


 俺はこの視線もまた自業自得と割り切ってさっそく切り出した。


「最初は、対戦相手のご機嫌取りのつもりだったんですけど」


「……あんた大概ねホント」


「ですけど! 本人に会って気が変わりました。それで……まぁお願いしたいこともあるんですよね、大したことじゃないけど」


「いちおう、聞いてあげましょう」


「あれだけ協力すると言っておいていちおうですか?」


「それはそうよ。教育上不適切なお願いとかされたら、気持ち悪いし」


「……それだけは、ぜってーねぇよ」


「なんでそこだけ地を出すの!」


 不本意だからに決まっているだろう、疫病神め。


 俺はアイドルさんにかくかく云々今回の大まかな作戦を説明した。


 黙って聞いていた彼女は呆れ顔になり、信じられない人間を見る顔になり。


 最後はコメカミを押さえてしばし考え込む。


「というわけで、少し度胸を着けたいなと。何かいい方法ありませんかね?」


 そして仕切り直して顔を上げると心底げんなりした顔をしていた。


「……よくもまぁ、そこまで汚い事を思いつくわね?」


「仕方ないでしょう? 勝つためです」


 言い切った俺を前に、アイドルの人は言いたいことを押さえるように口元を押さえていたが、言いづらそうに俺に言う。


「いや、でも……さっき褒めておいて、こう言っていいかはわからないけど、それあんた的にいい事って一つもないでしょう? また評価下がるよ?」


 それは的確に痛い所だった。


 確かに、こんな大会で知名度も何もない高校生が小学生相手に汚い手で勝っても評価なんてされるわけがない。それどころか全力で貶められるはずである。


「でしょうけど……それは仕方ないです。勝負なんで」


 しかし譲れないのだ。


 大会とは同じ条件で戦い、どうにか勝ちをもぎ取る事を楽しむことにこそ比重を置くべきものだ。ゲームとは勝ち負けを楽しむもの。そして俺は勝負をしたい。


 そこの所を間違えてはいけない。


 俺だって普通に友人同士で遊ぶなら、楽しむためのプレイもするだろう。


 だが今は当てはまらない……と思う。


 確固たる信念は、アイドルさんの顔色を少し変えるくらいには伝わったようだ。


 彼女は俺の顔を呆れ顔で。だがすぐに窓の方に視線を逸らしてどうでもよさそうに呟いていた。


「ふーん。それでいいならいいけどさ。私的には都合がいいわけだし。……わかった、じゃあさっきのお願い、少し協力して上げましょう」


 アイドルさんが承諾すると、あっさり恐ろしい雰囲気は霧散して、元のさっぱりとした爽やかな雰囲気に一瞬で立ち戻る。


 だが気になるのは、何かいいことを思いついたらしいアイドルさんの顔だった。


 あの顔は絶対なにか企んでいる。この人は結構顔に出る。


「まぁ具体的な案は特にないんですけどね」


 だからちょっと距離をとった。


 俺のお願いは大したものじゃない。


 今回は小学生の女の子だ。アイドルさんの時とは違って俺にだって罪悪感くらいわくだろう。相手に恨みも無いわけで。


 作戦の前段階としてポーカーフェイスを保つため、『戦う前に気分を落ち着けたいからいい方法がないか教えてくれませんか?』的な、その程度の細やかなものだ。


 人目を集めるアイドルさんなら、何かいいリラックス法でも知ってるんじゃないかなぁなんていう軽い気持ちだったとだけ言っておこう。


「ふぅん……じゃあ、こう言うのはどう?」


 両手を組み、クスリと笑みを浮かべるアイドルさんの表情をみて、何故か俺の背筋にはゾクリと寒気が走り、思わずずり下がった眼鏡を直した。


 そうしてアイドルさんが言い放ったのはとんでもない一言だったのだ。


「今からデートをしてあげましょう」


「はい?」


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