星涙湖公園攻防戦
ユーリとの戦闘が開始して早数十分。
アリスと優太の度重なる斬撃を以てしても、闇夜を連想させる暗青色の全身鎧を身に纏った彼女を斬り崩せないでいた。
ー ヒュィンッ! ー
「ふっ。」
ー ヒュオォンッ! ー
ー ガキィイイイン! ー
優太の剣を皮一枚の距離で避け、通常の防具なら腕ごと易々と斬り飛ばせるアリスの斬撃も、大きく特徴的な籠手によって問題なく受け止める。
「くっ!」
悔しげに呻いたのは優太かアリスか。または両方か。
2対1という有利な状況にも関わらず、敵に有効打を与えられない状態が続けば、悪態が洩れるのも仕方のない事である。
それでいてーー
「はっ!」
ー ガギィイイ! ー
「ぐぅっ!?」
カウンター気味に放たれた拳撃を辛うじて騎士盾で防いだ優太であったが、打ち込まれた衝撃で強制的に後退させられる。
見れば防御強化魔法が施されているはずの盾の、拳を受けた部分が潰れ陥没していた。
「しっ!」
「っ!」
間髪入れずユーリが優太へ接近し、彼の顔面へ右ストレートを放つ。
直撃すれば頭部が吹き飛ぶ必殺の一撃。
ー キィイイイン! ー
しかし、既のところで割って入ったアリスの剣に打ち払われ、優太の頭部でなく虚空を穿った。
空振ったユーリに対し、アリスが横薙ぎで応戦する。
だが、この追撃は左の籠手に阻まれ、ユーリは剣と打ち合った衝撃を利用して優太達から距離を取った。
「ぬう・・・」
「報告にあった通り見え辛い刀身は厄介だが、避けずに受ければ問題ないな。」
悔しさを滲ませるアリスに対し、ユーリは冷静にアリスの聖約武器への対処方法を確認する。
「やり辛いな・・・」
優太も悔しさに唇を噛み、ユーリの籠手を睨んだ。
彼女の武器は防具でもある籠手であり、扱う技は徒手空拳。
剣などの武器より攻撃範囲が短いが、その分隙も少なく、何より身体の一部なので自由自在に扱える。
更に、通常の徒手空拳であれば通常の武器より攻撃力が劣っていたり、防具で身を固めた相手に対しては無力だったりするが、鎧によって身体強化されているユーリの徒手空拳は、破滅的な破壊力を伴い、逆に相手する防具の方が無力となった。
白騎士の剣術を上回る攻防一体を体現する魔王崇拝教の幹部は再び攻撃を仕掛ける。
ー ヒュッ ー
風切り音と同時にユーリの姿が消え、一瞬でアリスの眼前へと迫った。
「しっ!」
そのままノータイムで喉突きを繰り出す。
「はっ!」
対するアリスも、身体強化の恩恵でユーリの動きが見えており、且つ、無防備な頭部への攻撃は慣れている為、身体ごと横移動して彼女の攻撃を避けると共に反撃に移った。
だが、ユーリの胴への一撃は、またしても左の籠手によって防がれる。
しかし、それを見越していたのかアリスの攻撃は続き、打ち合った衝撃を利用して腰を落とした状態で回転し、ユーリの足元を鋭く切り払った。
ふくらはぎを狙った一閃は、籠手で受け止めるには位置が低過ぎる為、彼女は跳んで回避する。
ただ、その回避手段はアリスの思惑通りであった。
「今じゃ優太!」
彼女の合図と同時に、優太は剣先をユーリに向けて突進する。
朝の鍛練で何度か練習した連携攻撃であった。
ユーリは空中の為、避けられない。
「はあっ!」
白い彗星の如き突きが彼女と衝突する。
ー ガキィイイン! ー
鉄同士がぶつかり合う激しい音が辺り一面に響き渡り、ユーリの身体が後方へと吹き飛んだ。
攻撃が成功したかのように見えたが、兜の中の優太の表情は浮かない。
何故なら今の攻撃で剣と打ち合わさったのは、幾度となく攻撃を阻まれた籠手だったからだ。
避けられないと感じたユーリは突きの軌道を見極めて籠手で防御したのだ。
彼女はそのまま難なく綺麗に着地する。
「アリス王女はもちろん、そちらの白い騎士もなかなか良い動きをする。」
ただ、とユーリは残念そうに付け加える。
「先程の突き自体は見事だったが、殺意が全然足りない。
殺す覚悟がない者は戦場に立っても死ぬだけだ。」
「・・・っ」
図星を指された優太の顔が悔しげに歪む。
頭では分かっていても、これまでの人生の中で染み付いた『生物を殺す』という忌避感はそう簡単に拭いされるものではなかった。
ゴブリンでさえやっとのところ、人間相手では、まだ覚悟が決められない。
殺す覚悟がない事は戦場では致命的であり、自分自身はおろか、味方まで危険にさらしてしまうおそれがある。
ただでさえ弱い自分が、仲間の足を引っ張っている事実に、優太の心は苛まれる。
本当に自分なんかが騎士で良いのだろうか。
だがーー
「良いのじゃ。」
自責の念にとらわれかけた彼に、優しく包み込むように声を掛けたのは、他でもない主人であった。
剣を構え視線をユーリに向けたまま、彼女は言葉を紡ぐ。
「わらわが我が騎士に求めているのは、敵を殺す能力などではない。そんなもの、訓練すれば誰でも身に付くし、手っ取り早く済ませるなら殺人者と契約すれば良い。
じゃが、そんなのは嫌じゃ。
わらわが騎士に求めておるのは、わらわの理想の為に共に戦ってくれる気高き意志じゃ。心身ともに支えあえる者、そなたじゃなきゃ駄目なのじゃ。
優太よ、そなたはわらわの騎士じゃ。じゃから命令する。
殺意に囚われるな。殺すのではなく倒すのじゃ。より困難じゃが、そなたならできると信じておる。」
「アリス・・・」
彼女の言葉は一見、殺人不覚悟の気休めと綺麗事の無理難題のようにしか聞こえない。
しかし、その言葉で優太は心が、身体が自然と軽くなった気がした。
「ああ、どんなに困難な茨の道でも、俺もお前の理想に付き合いたい。」
同時に改めて心に決める。
彼女の騎士でいたいと。
対してユーリは鼻で笑い、冷ややかな声でアリスの理想と優太の弱さを否定した。
「理想論で騎士を慰めるとはアリス王女も随分甘いようだ。
それに、私を殺さずに倒すなど舐められたものだ。弱者は戦場では生きられぬのが理だと、死を以て理解してもらおう。」
更に彼女は挑発するように、リリヘ言葉を向ける。
「そこの使い魔は見ているだけで参戦しないのか?」
(御冗談を。御主人様達が窮地に追い込まれていらっしゃる訳でもありませんし、これ以上攻撃人数を増やしても同士討ちの危険が増えるのみです。
それに・・・不穏な気配が漂っていますので。)
リリは警戒するように夜空をチラリと見上げた。
「何だ気付いていたのか。ならばタイミングを見計らう必要もないか。」
ユーリは拍子抜けしたように肩をすくめ、相棒を呼ぶ。
「やれ、『ヴェガ』。」
ー ヒュオッ! ー
(っ!)
「きゃっ!?」
彼女が呼び掛けた直後に上空で風が鳴り、変化した気付いたリリが灯音を咥えて大きく跳び退いた。
ー ズゥウウウウン! ー
間髪入れず何かが地面へと落下し、衝撃でベンチもろとも周囲の地面が捲れ上がった。
「リリ!灯音!」
(こちらは大丈夫です。)
心配するアリスに対して、回避に成功したリリは落ち着いた声音で応じる。しかし、その視線は鋭く、土埃を纏った何かから外さない。
やがて土埃が晴れて、唸り声と共に1匹の魔獣が姿を現す。
その魔獣は、鷲のような頭と翼、人型の身体を持ち、全身がユーリの鎧と同じ暗青色をした石で覆われていた。
鷲頭の左右に捻れた角を生やし、鞭のように細く長い尾を揺らすその様は悪魔を連想させる。
(『魔石人鳥』ですか。)
「その通り。君は博識だな。」
リリは魔獣の正体を看破し、ユーリはその答えを肯定した。
ヴェガと呼ばれた人鳥は、今にも飛び掛からんとばかりに、敵意剥き出しでリリを威嚇する。
「それでは使い魔は使い魔同士、仲良く戯れてくれ。」
ユーリの言葉を合図に、ヴェガはゴリラのような前傾姿勢でリリヘと突っ込んだ。
対するリリは、傍にいた灯音に遠くへ離れるよう指示し、自らもヴェガへと接近する。
自身の攻撃範囲にリリが入ったのを見計らい、ヴェガは柱のように太い腕を振り上げて、彼女の頭部を狙って殴りかかった。
迫りくる豪腕に怯む事なく、リリは僅かに身体を横にスライドさせ回避する。
彼女を狙った拳は空振り、ヴェガの懐に入ったリリは喉を噛み千切ろうと跳び付いた。
ー ガキィ! ー
(やはり硬い。)
しかし、外皮である石に阻まれ、噛み千切るどころか、ダメージを与える事もできなかった。
鞭のようにしなる尻尾の反撃を避け、リリは距離をとる。
(一筋縄ではいきませんね。)
「幹部内で最硬を誇る私達を甘く見ては困るな。」
(そういう貴女こそ、あまり私の御主人様とその騎士を見くびらぬ方が身のためですよ。)
ー ヒュンッ! ー
ー ギィイイイン! ー
リリの忠告が終わらないうちに、ユーリの首元へ鋭い一閃が迫るが、彼女は籠手で難なく受け止める。
「余所見をするとは随分余裕じゃのう。」
「おや?アリス王女、もう休息は終わりか?」
「ああ、おかげ様でな。お礼に少しだけ変わったわらわ達を見せてやろう。」
「はっ。たった数分で何が変わるというのか。」
「そのまま、せいぜい侮っておけ。最後までなっ!」
ー ガキィイイ! ー
再びアリスとユーリ、そして、優太が激突し、距離を置いてリリとヴェガも戦闘を開始した。
セラフィリアス第三王女勢力と魔王崇拝教幹部の戦いは規模を拡大し苛烈を増していく。




