絶望の底
「名乗った事だしそろそろやろうぜ。ゴブリン共もそろそろ我慢の限界っぽいしよ。
待っててやるからお前も王女もどきみたいにさっさと鎧着ろ。」
余裕と傲慢が混ざった態度で魔王崇拝教幹部の男、オルガは優太に指図する。
従う義理はないが、鎧を着なければオルガはもちろん、ゴブリン達からも瞬殺されるのは必至である。
「相棒、頼む・・・交戦開始。」
優太はポケットの上から御守りを握り、戦う為の言葉を紡ぐ。
優太の言葉を合図に御守りが淡く輝き、白い粒子となって彼の全身を包み込む。
やがて光が納まると、そこには白を基調とした全身鎧に身を包んだ騎士の姿があった。
白鎧は光を優しく反射しており、淡く輝くその様はさながら月光を身に纏っているようである。
見る者によっては感動さえ与える白騎士の姿だが、オルガはもちろん感動などしない。
「お前、マジか!?・・・あはははははっ!!」
それどころか、優太の白鎧姿をまじまじと見つめた後、腹を抱えて大爆笑する始末であった。
「まさかこんな形で白騎士と再会するなんてなあ、まあ、お前は白騎士もどきだがな。ああ、もどき同士お似合いじゃねえか。」
オルガの言葉に既視感を抱きつつも、優太は反論する事なく静かに敵を見据えた。
「お前もだんまりか。ますますお似合いの主従だな。
久しぶりに愉快なもん見れたぜ。褒美として存分にいたぶってやるよ。
そうしたら、散々白騎士に邪魔された俺の鬱憤も晴らせるしなあっ!」
オルガが右手を前に突き出すと、再び地面から黒い泥が吹き上がり、彼の右手に絡み付く。
出来上がった泥柱から右手を引き抜くと、そこには黒い両手剣が握られていた。
「優太っ、これを!」
オルガが優太に狙いを定めている事に気付いたアリスは、素早く彼の両手前に2つの魔方陣を浮かばせた。
魔方陣から現れたのは純白の鞘に納められた白藍の柄を持つ剣と白銀の盾。
白騎士が振るっていたとされる愛剣と愛盾のレプリカである。
「助かるっ!」
前回は緊急で鎧の所有者登録をした為、まだ武器を準備できていなかった優太は主人に感謝しながら素早く身につけ構えた。
剣と盾を持った瞬間から鎧の人工音声が兜内に響く。
ー 装備登録完了。 ー
ー 白騎士および銀翼に防御強化魔法施術完了。 ー
優秀な鎧は瞬く間に片手半剣と騎士盾の装備登録と防御強化を施し、優太が戦えるようサポートしてくれた。
「姿だけは一丁前に白騎士だなっ!」
優太が構えたのを皮切りに、オルガが攻撃を仕掛ける。
その目は優太の白鎧しか見ていなかった。
オルガが纏う黒鎧も身体強化の魔方が施されているのか、十数メートルの距離を一瞬で詰め、右腰に構えていた大剣を斜め上へと斬り上げる。
鎧の補助を受けている優太は、日頃の鍛練の甲斐もあって、その鋭い一閃に反応でき、盾でギリギリ受け流した。
しかし、それでも盾が剣にぶつかった衝撃で数メートル後退してしまう。
「優太っ!」
「俺は大丈夫だ!アリス達はゴブリンを!」
鎧の加護のおかげか、身体、装備共に無傷であった優太は、ゴブリン達が各々攻撃を仕掛ける為に接近してくるのを目にして、アリス達に対処を促した。
「っ!相分かった!すぐゴブリンどもを討ち、そなたの加勢に参るからしばし耐えるのじゃ!」
(ユータ様、御武運を。)
先にゴブリンを倒した後、3人でオルガを相手した方が勝機があると判断し、アリスとリリは各々ゴブリンを相手どった。
その姿を横目でチラリと確認した優太は己の戦いに集中する。
「おらあ!余所見する暇なんてねえぞ!」
ー ビュォオッ! ー
「ぐっ!?」
オルガは攻撃の手を休めず、むしろ大剣を振るう毎に苛烈さを増していく。
優太は迫りくる刃を避け、時に盾で受け流し辛うじてオルガの斬撃から逃れ続けた。
「ギィゲゲエ!」
「どうした?ゴブリンよ。立派なのは身なりだけか?」
一方、アリスはゴブリンの攻撃を余裕を以て避けながら、挑発し攻撃できる隙を窺う。
初見であれば脅威となっていたゴブリンの想定外の俊敏さや腕力の強さも、既にゴブリンとの戦闘を経験しているアリスにとっては、プレートアーマーに身を包んだ上位ゴブリンであっても、その強さは想定内に留まり彼女の脅威とはならなかった。
彼女はゴブリンの攻撃をまるで踊るように危な気なく避ける。
対するゴブリンは、攻撃を避けられ続け、また、挑発により上位としてのプライドを傷付けられた事で、次第に苛立ちを募らせていった。
その苛立ちは攻撃動作にも表れ、ゴブリンの太刀筋は隙の少ない小振りから大胆な大振りへと変化していく。
「ギャg・・・ッ・・・」
そして、動作が大きく雜になった隙をアリスは見逃さず、刀身が半透明の美しい剣でゴブリンの頭部と胴体とを斬り離した。
果たしてゴブリンは何が起こったのか自身では分からないまま、永遠の眠りへつく事となった。
血飛沫をあげてゴブリンの胴体が崩れ落ちるのを横目に、アリスは周囲を見渡し状況を確認する。
リリの方も、ちょうど戦闘が終了したようで、彼女の傍には幾多の氷柱で身体を串刺しにされたゴブリンの死骸が横たわっていた。
(アリス様、御無事でしたか。)
「ああ、リリも大丈夫そうじゃな。」
アリス達はお互いの無事を確認し合い、優太の加勢へと入る。
「よく捌くじゃねえか!ガキィっ!」
オルガの怒号と共に、大剣が縦から横から優太を襲う。
「姫に加勢がくるまで耐えろって言われたからなあっ!」
優太も負けじと声を張り上げ、迫りくる凶刃を避け、あるいは盾で逸らし、それでも防ぎきれない場合は剣で受け止めた。
ー キィイイイイン! ー
甲高い音を立てて剣同士がぶつかり合う。
重量で劣る大剣を相手にしても、優太の片手半剣は刃こぼれせず、優太の身を守る。
それは鎧が施した防御強化魔法のおかげであった。
だが、いかに装備が丈夫であっても優太自身の実力はまだまだで、猛攻を凌ぐ毎に疲弊し、動きが悪くなっていく。
「動きが鈍いじゃねえか!もう終わりか!」
オルガは嘲りながら袈裟斬りを放つ。
優太は、横に大きく一歩移動する事で何とか避けた。
だが、オルガは避けられる事を想定していたようで、今度は大剣を横に薙ぎ払い、回避した優太を追撃する。
ー ガキィイイイ! ー
避けようのない一閃を優太は盾で阻む。
数歩押されたが大剣を完全に受け止める事に成功した。
「よく止めた、だがなっ!」
「っ!」
受け止めた大剣に気をとられていた優太は、オルガが放った足蹴りに対応できず、数メートル転がされる。
地面に伏した優太は直ぐに態勢を立て直そうと身体を起こしたが、目の前には大剣を振り下ろすオルガの姿があった。
優太は反射的に目を瞑りそうになったが、無理矢理目を開けて迫りくる刃を見据える。
目を瞑るな。
最期まで勝機を窺え。
とはセラフィリアス王国の格言であり、主人の言葉であった。
そして、その言葉を律儀に守った故に生への活路が開く。
ー パキパキパキィ! ー
硝子にヒビが入るような甲高い音がしたかと思えば、優太とオルガの間に突如、氷柱が発生した。
それでも、振り下ろされた大剣を止める事はできず、大剣の刃が地面に到達すると共に氷柱は2つに両断されてしまう。
しかし、そこに優太の死体はなかった。
氷柱は大剣を受け止める事はできなかったが、振り下ろしの勢いは弱められたのだ。
目を開いていたからこそ、優太はそのチャンスに気付く事ができ、横に転がって必殺の一撃を避ける事ができた。
「優太、無事じゃったか!?」
優太の死を防いだアリスとリリが、優太を守るように彼とオルガとの間に割り込んだ。
「ゲホッ、あ、ああ、助かった・・・ありがとう。」
優太は蹴りの衝撃が抜けきれておらず、咳き込みながら感謝した。
「よくぞ持ちこたえた!もう大丈夫じゃ!」
そんな優太を背中越しに元気付け、アリスはオルガと対峙する。
「オルガよ。これからは3対1じゃ。もうそなたに勝ち目などない。大人しく投降するのじゃ。」
「チッ。面倒くせえな。上位ゴブリン共も使えねえゴミだったじゃねえか。
こんな事なら遊ばずにさっさと殺っときゃ良かったぜ。」
オルガはアリスの呼び掛けに応えず、舌打ちしながら愚痴る。
そして、苛立ちと嘲りを交えた声で告げた。
「おい、王女もどき。もしかして俺が本気出してたとでも思ったか?
そんなに見てえなら今から見せてやるよ!」
オルガは構えていた大剣を地面に突き立て言葉を発する。
「絶望の底に堕とせ。」
彼の言葉に応じるように黒泥が吹き出し、突き立てた大剣を包み込む。
やがて、泥が垂れ落ち、再び姿を現した大剣は、先程までオルガが手にしていたものとは明らかに別物であった。
剣全体の基本色は黒だが、所々にひび割れが起きており、中から赤いマグマのようなものが顔を覗かせている。
また、刀身は揺らぐ炎のように波打っており、まるで火山から生まれたかのような大剣であった。
『フランベルジュ』と称される波打つ刀身を持つ大剣を地面から引き抜いたオルガは、横目で自身の隣の何もない空間を一瞥し声を掛ける。
「出番だ、ゲド。」
すると、オルガが目を向けた場所に例の黒泥が発生した。
黒泥は沼のように広がり、中から何かが這い出てくる。
まずは肉を易々と引き裂けるであろう鋭い鉤爪を持つ前足が見え、次に骨ごと砕く強靭な顎と鋭い牙、血のように紅い眼がついた頭部が現れ、雄牛ほどある胴体、後ろ足と続き、最後に揺らめく炎を宿した尾が泥沼から引き抜かれた。
紅い眼を爛々と光らせ優太達を見据える獣は、揺らめく炎の尾を持つ巨大な黒犬であった。
「魔獣・・・黒炎猟犬・・・」
アリスは顔を強張らせながらポツリと呟く。
全貌を現した獣は、闇より黒い体毛を震わせ獰猛な雄叫びを上げた。
「ヴォオオオオオオオオン!」
「ゲドもやる気みてえだし、せいぜいもがき苦しんで俺らを楽しませてくれよ。」
雄叫びを合図に、オルガはフランベルジュを構え一歩踏み出す。
こうして戦いの第二部が始まった。




