もうひとつのハチ公物語「八重とハチ」第一話
2026年 渋谷
東京、渋谷駅前のハチ公像の前には今日も長蛇の列ができている。
そのほとんどは外国人旅行者で、「ハチ公前」は大人気の観光スポットだ。
リチャード・ギア主演のハリウッド映画「HACHI」が公開されて人気を集めたこともあり、ハチ公は今や世界で一番有名な犬になった。
ハチ公像の隣に立って一緒に写真を撮ることは日本旅行の定番のようだ。
アメリカから来た女性は、
「ハチに会いたくて日本に来ました。やっと会えました!この駅で教授の帰りを待っていたんですね…」
と、しみじみ語った。
子どもを連れて中国から来た男性は、
「ハチの映画を見て感動しました。ここに来れて最高です」
と、笑顔を見せた。
ポルトガルから来た老夫婦も、
「私の国でも、ハチは有名です。銅像を見て、物語を思い出しています」
と、優しい目でハチを見ていた。
ハチ公の物語は世界中を感動に包んでいる。
しかし、そんな忠犬ハチ公に、もうひとつの感動ストーリーがあったことはほとんど知られていない。
それは一人の女性とハチとの物語である。
最愛の人を亡くして人生が一変しながらも、生涯をかけて同じ人を愛し続けた女性と、ハチ。
様々な困難を乗り越えて強まる絆。
そんなふたりの愛と感動の物語をお届けします。
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「八重とハチ」第一話 春の出会い
1887年(明治20年)、坂野八重は浅草の庶民の家に生まれた。
十四歳で尋常高等小学校を卒業したのちは家事を手伝いながら、裏千家の街の師匠に付いて茶道を学んだ。
その頃は女学校はまだ良家の子女たちのためのもので、女性の人生は専ら結婚相手によって決まる時代だった。
八重は二十代になり、親から見合いで結婚するように言われたが、親から勧められる相手と結婚するのは気が進まず、自分の人生は自分で決めたいと思っていた。
茶の湯が女性のあいだにも広がったことで、八重は茶道を教える仕事を始め、少しずつだが収入を得るようになった。
女性が仕事を持って自立して生きることはまだ一般的ではなかったが、八重は自らの力で生きていく道を選ぼうとしたのである。
とは言え、親は相も変わらず結婚を進めてくる。
娘の幸せを願う気持ちは伝わってくるのだが、そのたびに口論のようになることもあった。
そこで八重は思い切って親元を出て一人暮らしをすることにした。
生活は決して楽ではなかったが、いつかは自分の茶室で茶会を開きたいという夢を抱いていた。
八重が一人暮らしを始めてしばらく経った頃、母親が訪ねてきた。
母の直子は娘の苦しそうな暮らしぶりを見て溜息交じりに言った。
「こんな暮らしをずっと続けるつもりなの? いいから、うちに帰ってらっしゃい」
八重は真剣な表情で答えた。
「どんな暮らしでも私は自分の力で生きていきたいんです。家を出たのは、そんな生き方をお父さんやお母さんは理解してくれないと思ったからです」
母は苦笑気味に言った。
「理解はできないわ。やっぱり女性は良い人と結婚して暮らすのが幸せだと思うから」
「でもそれは・・・」
「良い人を探してあげるから、すぐに戻ってらっしゃい」
八重は語気を強めて言った。
「こうやって言い合いになるのが嫌だから家を出たんです。私はここで一人でやっていきたいんです。どうかお願いします」
頭を下げたままの八重に、母は言葉を失った。
時代は、華やかな大衆文化が花開く大正期に入る。
大正元年、八重は25歳になっていた。
早春のある日、師匠から大事な茶会の主催を任された。
「正客はあなたもよく知っている、私の恩師に当たる方です。よろしく頼みますね」
「かしこまりました」
八重は早速茶会の趣向を考え、正客となる恩師に連絡を取り、招きたい客を尋ねた。
すると恩師は八重の補佐役も兼ねて、相弟子の松村美佐代を呼ぶことを提案してくれた。
「ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」
生来愛情深く、細やかな気配りができる八重は、茶の湯の席でもてなしをすることを喜びにしていた。
そしてすぐに当日はやって来た。
「花の会」と銘された今日の茶会は、師匠の恩師である六十代の女性、八重の相弟子で2歳下の23歳の美佐代、恩師の知人の東京帝大の岩尾教授、その同伴者の外国人夫妻の五名を迎える。
神楽坂の通りを入った屋敷には茶室と四季の花を眺める庭がある。
庭の手入れは出入りの庭職人が行なうが、八重は樹木や花が好きなことから、その手配や細かな采配を任されている。
季節の移ろいと共に顔を見せる花々を八重は慈しんだ。
さて、客の到着までは30分。
八重は門前に舞い散った桜の花びらを少しだけ残すように端に掃き集め、打ち水をして門を入ろうとした。
と、その時だった。
歳は40手前ぐらいだろうか。着物姿に大きな風呂敷包みを持った男性が八重の後ろから声をかけてきた。
「すみません。本日のお茶会のご亭主様でいらっしゃいますか?」
八重は振り返って答えた。
「はい。さようですが…」
八重はこの男性が今日の客ではないことに思いを巡らせ、少し怪訝そうな顔をした。すると、知的な顔立ちの男性は涼やかな笑顔を見せた。
「失礼を致しました。私は岩尾教授が突然来られなくなったため急遽代理で来た者です。上野英三郎と申します。本日一緒に参加をする外国人のご夫妻のお世話ができる者ということで指名をされまして…」
「ああそうでしたか。たしか、イギリスからのお客様でしたね」
「はい。もうすぐ人力車でお越しになります。私はここで待って一緒に中へ入ります」
「かしこまりました。それではお待ちしております」
そう言った八重は彼の大きな風呂敷荷物に目を落とし、微笑んだ。
「…それで大きなお荷物をお持ちなのですね。ご夫妻のお仕度の分まで」
英三郎は空いているほうの手で頭を触りながら苦笑した。
「そうなのです。初めての来日ですが、日本の茶の湯を本格的に体験したいということでして。しかし、私もそう経験がないので不安です」
「大丈夫です。少しでも心地よくお過ごしになれますよう精一杯おもてなしをさせていただきます」
「はい。よろしくお願いします!」
率直で誠実そうなこの男性に八重は表情を和ませ、奥へと消えて行った。
客は全員揃い、待合で用意を整えた。
女性二人が掛け軸や茶碗のしつらえ、庭の風情などについて交わす会話を英三郎は外国人夫妻のために通訳した。
やがて庭の向こうに、茶会の亭主が客を迎えるため姿を現した。
その時、英三郎は八重の美しい出で立ちに目を奪われた。
八重は薄い若草色の上品な付け下げに着替え、春の淡い日差しの中で茶会の亭主の顔で凜と立っていた。この時の亭主と客とは言葉を交わさず挨拶をするだけなのだが、つい先刻、初対面にも関わらず気軽に喋ったことに比べて距離感を感じ、なぜかもどかしいような気持ちを覚えた英三郎だった。
そして、事件はそのあとすぐに起こった。
通常この人数ならば躙り口のある四畳半の茶室を使うのだが、今回は外国の方が途中からでも椅子とテーブルを使う可能性を考え、八重は八畳間を使うことにした。
このことは岩尾教授を通じて夫妻にも伝えたはずだったが、話は伝わっておらず、ベイカー氏は写真で見た本格的な茶室で文化を体験するつもりだったと抗議したのである。
英三郎は八重の考えを聴き、夫妻に伝えた。
「(英語で)ご亭主の八重さんは、外国の方が茶会の途中で足のしびれのために辛い想いをしたり、やむなく別室に退出することになった経験を多くなさってきました。そこから医学書を読み、外国の方が日本人に比べ関節が硬く正座がしにくいことも調べたそうです。ですからいつでもお椅子に移れるようにと広いお部屋での会にしたのです。一生にただ一度限りの、この場の出会いを大事にするためにも、信じていただければ嬉しいとおっしゃっています」
英三郎の丁寧な通訳によって八重の気持ちは夫妻に通じ、広い部屋での会となった。
夫妻は無理をすることなく、途中から椅子とテーブルを使うことにした。
茶会はつつがなく進み、夕方にはすべての客が八重に感謝し、心豊かに帰って行った。
ベイカー夫妻のくるまを見送った英三郎はほっとした様子だった。
「お陰様で岩尾教授に良い報告ができそうです」
横に立って共に夫妻を見送った八重は、英三郎を頼もしい人だと思った。
「上野様。本当にありがとうございました。わたくしも今日のことはずっと忘れません。英語がお上手なのですね」
八重のまっすぐな笑顔に英三郎は視線をそらして照れ笑いをした。だが、すぐに向き直って真面目な顔で言った。
「また伺ってもよろしいでしょうか? 茶会の客として、いや、僕も茶道を習おうかな」
八重は柔らかな笑顔でうなずいた。




