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生まれた意味を考える


目が覚めたとき、天井は相変わらず可愛いピンク色で、そこは天蓋付きベッドの中だった。


「…夢じゃなかった」


昨日のことを思い出して、布団を引き上げ潜る。

何から思い出せばいいのか。結果として勘違いしていたのは私で、沢山の人の前でハロルド殿下の婚約申し込みに頷いたことになっている…のだろうか。

どこから本当で、どこまでが勘違いなのか、よく分からないけれど。婚約ってことは、また会えるのかな。なんて考えてしまって、布団の中で悶え転がった。


「いえ、まだ分からないわ!」


布団をはね除け、決心する。ちゃんと見極めよう。ここでうだうだしてても仕方ない。

ボサボサになってしまった髪を整えてもらい、食事を部屋で済ませることにした。

丁度、朝食を終えた頃、それはやってきた。


バンッと勢いよく部屋の扉が開く。


「お姉様!お茶しましょう!」


シャーロットだった。

お嬢様ノックを忘れています、とエマが慌てて後ろから出てきて、私にお辞儀をした。

シャーロットはエマの言葉を気にする様子もなく、仁王立ちしている。

朝食の片付けをしていたルージュがため息をついている。


「私もシャルとお話したいと思っていたの」


相談できる相手なんて、シャーロットくらいしかいない。ジャックは薔薇の話のときも乗り気じゃなかったし、お父様とお母様では相談ではなくなってしまう。友人達ともあまり仲良くしていないし、いきなり会うなんてのは難しい。


テラスに置かれたテーブルセットには、紅茶とお菓子が準備されていた。食後だから、お腹はいっぱいだけど、紅茶は嬉しかった。気持ちが落ち着くかも。

席についた途端に、シャーロットは身を乗り出してきた。


「お姉様、昨日は早々に帰ってきたんですってね。何かありましたの?」


昨日の今日で、流石に詳しくは知らないみたいだ。話したいとは思っていたが、何から話しをしたらよいのか、うまく纏まっていなかった。早速本題に入られてしまって、えーっと、なんて言いよどむ。


「ハロルド殿下にプロポーズでもされました?」


「なっ…!、ぜ」


お父様にもまだ詳しくは話していないのに。

昨夜、帰りの馬車では黙ったままだったし、帰りついてからも、「今日はゆっくりおやすみ」と言われて、おやすみなさいの挨拶をしただけだ。


「やっぱり!あの薔薇ね」


驚いた私の反応を見て、シャーロットは肯定ととったようだ。そうだと思ったのよ、と頷きながら妙に納得している。


「どうして、薔薇のことを?」


「ハロルド殿下にいただいたものだってすぐ分かりましてよ!それに薔薇の花言葉!」


「そ、う…」


思い出してまた頬が火照る。

やっぱり気付いていなかったのは私だけだったのか。勘違いするまいと意気込んでいて、逆に勘違いしていたのは私だけだったとは。いや、でも普通に考えたら、義理だと思うじゃない?貴族的な考えだとむしろ私のほうが異端だったのかしら。


「その様子だと、お姉様…まだ義理だなんて思ったまま夜会に行ったら、ハロルド殿下に不意打ちを食らったってところかしら」


今日のシャーロットはとても冴えている。

凄腕の探偵に追い詰められていく犯人みたいだ。悪いことをしたわけでもないのに、秘密が暴かれていく気分になる。私は観念してすべてを話すことにした。


「ええ、その…セントフォード家の体裁を保っていただいたことの感謝を伝えて身を引こうとしたら、婚約を受け入れるなら2曲目を踊って欲しいと手をとられて。驚いて、そのまま踊ってしまいました」


「きゃーっ、ロマンチックですね!」


それで、それで、と前のめりに続きをせがむ。

凄腕探偵の雰囲気は崩れ、いつもの幼いシャーロットに戻っていた。本を読んであげた時のように、楽しそうに目を輝かせていた。

シャーロットは恋愛物語が好きだった。特にロマンチックに描かれた王族の馴れ初め物語が好きだ。彼女の頭の中では色々と補完されて物語調にされていそうだ。


「私それでもまだわからなくて、殿下のお気持ちを大切にしてくださいってお伝えしたら…薔薇の花言葉を…」


囁かれた。吐息がかかるくらい至近距離だった。

話をしているうちにどんどんその時のことを思い出して、顔が熱い。


「私、愛してるだなんて、はじめて、言われまして…とても嬉しかったのですが」


思い出すほどに感情が抑えられなくなってきて、どんどん言葉が溢れてきた。昨夜から悶々と心の内で考えていたことが、溢れてくる。


「夢だったんじゃないかって、信じられなくて。私ちっとも良いところなんてないわ。だから何か勘違いじゃないかって」


「お姉様は最近とても優しくて、素敵ですよ。聖母みたいです!」


「それはシャルが可愛いからよ。殿下とは何もないのに…我儘令嬢が大人しいなくらいにしか思われてないわきっと!」


「お姉様はお綺麗ですから"一目惚れ"ではないでしょうか?お茶会の時だって殿下はずっとお姉様を見ていらしたわ」


「お茶会?」


一目惚れです、と言ったハロルド殿下の声を思い出す。お茶会の時のことを言っていたのだろうか。

あのお茶会は断然"なし"だと思うんだけど、一体どこで? イザベラは顔立ちは綺麗だから、容姿が好みだったということ? そんな風には見えなかったけど、ハロルド殿下は、中身より容姿重視なのかしら。


「にこにこしながらずっとお姉様を見てたわ。気付きませんでした? てっきり、それで、二人で遊ぶためにお庭に行くって言ったのかと…」


まあ、私も置いてかれるのは嫌でご一緒してしまったんですけど。とシャーロットはゴニョゴニョと小声になって、お茶に口をつけた。

視線が下がって、お菓子が目についたのか、パッと顔が変わってクッキーに手が伸びる。

ころころと興味の的が変わる。表情も明るく、感情豊かだ。とても子供らしく、可愛らしい。こんな姿なら一目惚れもわかる。ふわふわな髪の毛を撫でてやりたい気持ちになる。

それに引き換え私は、前世の記憶を思い出したものだから変に大人びていて子供らしくないと自分でも思う。

記憶が戻る前も、我儘なところは子供っぽいが、それ以外は変に大人びていたなと思う。陰湿な嫌がらせなんて、小学生のそれというよりは、女性社会のギスギスした感じに似ていた気もする。

お茶会の時なんて、お母様達には見えないように殿下を牽制してたわ。あれのどこを見て容姿が気に入るかしら。

…もしかして、ハロルド殿下って、冷たくされるのが好きなのかしら!あのプロポーズも断られることを前提で、私が殿下を突き飛ばすと思っていたとか!


「あー!」


シャーロットが声をあげてガタッと椅子から立ち上がり、驚きで思考が中断される。

タイミング的に、頭の中を読まれたんじゃないかと思って心臓がドキドキする。


「シャル…やっぱり勘違いよ、ハロルド殿下が私に惚れるなんてそんな、あり得ないわ」


「お姉様見て!ネコチャン!」


「そうよ、ネコチャンも…え?」


シャーロットが指を差す方を振り返ると、庭の植木から黒猫が飛び出してきた。玄関の方へ駆けていく。その後ろ姿を見ていると、視界の端からシャーロットが飛び出てきた。

この間は黒猫にやっと触れたのだと喜んでいた。シャーロットは猫がすごく好きなようだった。


黒猫が足を緩めたかと思うと、そこにはハロルド殿下がいた。足元に黒猫がすり寄っていく。


「ハロルド殿下!こんにちは」


「こんにちは、シャーロット様」


駆け寄って行ったシャーロットは殿下に挨拶をしたあと、猫に話しかけた。


「…あなた、殿下のところの子だったのね」


一緒に遊んできてもよろしいですか?とシャーロットが許可を請うと、殿下は「優しくしてあげてください」と黒猫を抱えて渡した。

シャーロットは「動物の扱いには自信がありますの」と黒猫を受け取り、大事そうに抱えた。


「お名前はありますか?」


「…ダン、かな」


「ダン!可愛いですね!」


メイドさんに部屋から何やら持ってくるように言って、黒猫を抱えてテラスに戻ってきた。そういえば次に掴まえた時の為にと色々と猫グッズを作っていた。

シャーロットはにこにこと本当に嬉しそうだ。

急にハロルド殿下が現れたことにはノータッチなくらい黒猫に夢中になっている。

私はというと、さっきまでの火照りは消えて、最早冷や汗が額を伝っている。


「イザベラ様、こんにちは」


ああ、目を合わせるのが怖いな。

昨日のあれは周囲へのパフォーマンスです。なんて言われたらどうしよう。まさか聞こえていないだろうけど、さっきまでの浮かれた会話と顔を見られていたらと思うと恥ずかしくて死んでしまう。


「…こんにちは、殿下。急にいらっしゃるなんて、何かありましたか?」


作り笑みを浮かべながら、席を立ち、挨拶をする。

ハロルド殿下はこちらに近付いてきながら、伏せ気味な視線で、眉を下げた。


「イザベラ様に謝罪しなければならないことがあり、来ました」


ああ、やっぱり。浮かれた私が悪かった。

「少しお庭で話しませんか?」との提案を頷いて受け入れる。テラスの床に座り込んで黒猫と遊ぶのに夢中なシャーロットと、壁際に立っていたルージュをちらりと見て、それからテラスを降りた。

二人きりでないと言えないことなんだろうな。

何歩か歩いてから、殿下が振り返った。


「昨夜は、あのような断れない状況で婚約を迫って申し訳ありませんでした」


「私は嬉しかったですわ。…例え殿下にとって不本意であっても」


強がりを口にする。

不本意であることはわかってましたのよ。その上で喜んだんです。一生に一度あるかないかの体験ですからね。あんなロマンチックなこと。

婚約破棄でも、なんでも受け入れます。

殿下はいつものにこやかな表情をしていた。


「良かった!実はもうひとつあるんです」


殿下が私の手を握って持ち上げた。

…良かった?


「ここ1ヶ月の間、イザベラ様がどのように過ごされているのか、内緒で身辺調査をさせてもらいました」


「身辺調査?」


「庭師やメイドとのやりとり、シャーロット様との仲も知ってます」


"?"が次々に頭上に浮かぶ。思考が追い付かない。

ハロルド殿下は今日もイケメンだな、なんて視覚情報ばかりに占められている。言葉のひとつひとつの理解に時間がかかった。


「本当にお優しく聡明な方で、勝手ながら、私はそういうところにも惚れたんです」


ぎゅっと握る手に力が入った。

何から何を見られていたのか、不安になった。


「殿下、まさか、お部屋は覗いていないでしょうね…?」


着替えの時のうめき声や、お風呂で鼻唄を歌ったりしたのや、ましてやトイレなんて見られてたら恥ずかしいなんてもんじゃない。


「滅相もありません!私が許しません!調査させたのはお庭や廊下での姿だけですよ!」


「よかったですわ…それに、殿下が直接来られていたわけではないんですね」


そうかだよね、お忙しいもの。

…何をがっかりしているんだ私は。


「本当は私が来たかったのですが、主観が入って報告の信憑性がなくなってしまうので」


「報告…どなたに、ですか?」


「父上と母上にも報告されています」


「な…!私、変なことは言ってなかったでしょうか」


「いいえ。周囲のことをよく気にかけ、シャーロット様には特にお優しく、公爵家として立派なお考えをお持ちだとわかりました」


「それでその、陛下はなんと?」


「申し分ないと、婚約の許可も事前に貰っています」


なんて用意周到なのか。

いやいや、何の用意のこと?婚約の許可なんて、貰う必要ないのでは?


「…えっと、殿下は、昨日のことは義理立ての為仕方なくで、その断りを言いに来たのでは…?」


「いいえ、私は本気です。しかし、イザベラ様は嫌だったんじゃないかと…」


「ハロルド殿下に手をとられて喜ばない令嬢はおりませんよ」


「それは私が王子だから、でしょうか?」


首を少し傾げ眉を下げながら、自信無さげに尋ねられると、いたたまれなくなる。


「それもあるでしょうが…。王子でなくとも、ハロルド殿下はとても魅力的です」


殿下の眉は下がったままだ。


「格好いいですし、ダンスも完璧で、いつもお優しいし、民のことをよく考えて執務にも励まれていて…まさしく理想の王子様ですわ」


頭の中が混乱したまま話し始めたからか、シャーロットと話していた時のように、言葉がどんどん溢れてきた。


「イザベラ様にとってもですか?」


「ええ、もちろん!」


昨日とはうってかわって、自信なさげなその姿は13歳の少年のそれだった。

握られたままだった手に、反対の手を添えて強く握り返す。すると、ハロルド殿下はいつものにこやかな表情に戻って、そして手を握り返してくれた。


「良かった」


いつものハロルド殿下に戻ってほっとしたのも束の間、ふと我にかえる。

この一連の流れ、もしかして、本当にハロルド殿下は私と婚約したかったということで間違いないのかしら?対して私は、婚約されて嬉しかったと、そして本人を前に殿下がどんなに素敵かなんてのを力説してしまった。これでは殿下に好意を抱いているのがまるわかりだ。

手を握っているからか、殿下の顔が近い。昨夜のダンスの時のようだ。

みるみると顔が火照り、全身から熱が出るのを感じた。


「あの、ハロルド殿下、本当に、私でよろしかったんでしょうか?シャーロットでも良かったのでは…」


「私はイザベラ様に一目惚れしました。そして私にはもう、あなたしか考えられません」


真っ直ぐとこちらを見る殿下の青い瞳には、どんな風に私が写っているのだろうか。


「改めて、私と婚約してくれますか?」


「はい」


泣くまいと固く結んだ口から、辛うじて返事を返す。

ぼやけ始めた景色の中で、ハロルド殿下は、いつもより無邪気に微笑んでいるように見えた。

嬉しそうだ、と思ってもいいのだろうか。


「二人っきりのときはハロルドって呼んでくれると嬉しいな。ねえ、イザベラ」


素敵な家族に囲まれて、きらびやかな世界で、のんびりまったりライフを過ごしてる。そしてロマンチックなプロポーズもしてもらえて、とても素敵な婚約者がいる。

前世では考えられない幸せだ。

前世に戻りたいとも思わない。

本当にいまが楽しくて嬉しい。

夢ならもう覚めないで欲しい。


「…私、生まれてきて良かったですわ」


精一杯、二度目の人生を生きよう。


「ありがとうございます、ハロルド」


ほろり、と涙が一筋イザベラの頬に流れて、ハロルドがそれを優しく拭った。そして、向かい合ったままぎゅっと手を握りあい、二人を呼びにくる声がするまで、ずっと黙って微笑み合い続けた。



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