空を行く冷血人間
どうしても反りの合わぬ人物というのは、いるものである。
彼ら彼女らが、家族や友に見せる美点も、自分と接する際には決して出てくることはないのである。
おそらく、彼らは普段は優しい人間なのであろう。……その優しさが、冷血人間には向くことがないだけで。
「逃げるな、実験生物776号!」
この国の軍が、私を追い回している。私の冷血人間としての能力を研究し、軍事利用するのが目的である。
私の名は、ガイラルアッヴァーン。冷血人間である。実験生物とやらでは、ない。
ヒュッ……カッ!
私の側の地面に、刃物が刺さる。足止めを狙ったのであろう。
死んでいなければ、状態は問わぬ……といった雰囲気である。今も、走る私の近くに、彼らが投げた刃物が刺さる。
彼らも仕事であり、私を捕らえねば給与が得られぬのであろうが、捕まってやるつもりはない。
私は、冷血人間。心の冷たい者なのである。彼らの生活が苦しくなり、彼らの家族が苦境に立たされる懸念はある。申し訳ないとも思う。されど、私の冷たい心は、自らの生存を優先するのである。
「ふう。……少し、くたびれた」
どうやら、私を追う連中をまくことに成功したようである。危ないところであった。
「私も、この地を去るべき時が来たのかもしれぬ」
「ふーん。どこへ行くの?ガイラルアッヴァーンさん」
不意に、天から伸びる縄で首を吊った女神……イシュたん殿が出現した。少し驚いたが、神とはそうした現れ方をするものなのであろう。流石、イシュたん殿である。
「確たるあては、ありませぬ」
「そっか」
「まあ、どこへ行こうが追われることにはなりましょうが」
「……なら、私の世界に来る?」
「……ああ、イシュたん殿は女神でしたな」
「うん、そう。自殺者や生け贄にされた者、戦死者なんかをね、大きな木の下へ導くんだ。彼らを受け入れる神は、少ないんだよ」
「左様ですか。ただ、私の様な、冷たい心と血を持つ者はイシュたん殿に救って頂く価値もありますまい」
「そんなこと……」
ぎゃんぎゃん、ぎゃうぅうう!
灰色の犬であった。1メートルほどもあるだろうか、舌を垂らした犬が、我々に近づいてきたのである。
「ふむ、可愛らしい犬ですな」
私は、犬を撫でようと手を伸ばした。しかし、それは間違いだったのである。
……がぶり
「……あっ」
……ぴきぴきぴき……
「あ、あああ」
灰色の犬は、私の手に噛みついたのであった。そして、傷口から流れた冷血人間の血によって凍りついたのである。
……びやう!
……ぐらり、バシャッ!
不意に強い風が吹き、凍った犬を吹き倒した。
……私の血は、液体窒素よりも冷たい。犬の体は、粉微塵となったのである。
「……」
「……」
私は、この犬を好ましく思いこそすれ、殺したいなどとは考えてはいなかったのである。
しかし、犬は死んだ。私の血によって。つまりは、私が殺したのである。
「……ガイラルアッヴァーンさん、あれは噛みついてきた犬が悪いんだよ。あなたのせいじゃないよ」
「しかし……」
……バタバタバタバタ!
その時、こちらへと飛んでくる生き物が現れた。手のひら程の大きさの、コウモリであった。
「あれ?封筒を持ってるね」
「左様ですな」
……ぽいっ
バタバタバタバタ……
コウモリは、こちらに封筒を投げ、去った。その封筒には「ガイラルアッヴァーン殿」と宛名が書かれていたのであった。
「ふむ。……おお、ザバラキィーンからの手紙か」
手紙には、ザバラキィーンが極東の古都に着いたこと、その街を気に入ったので来ないか?という私を誘う言葉が書かれていたのである。
「ふむう」
「……行ってみたら?駄目だったら、私の世界に来ればいいんだし」
「しかし、私は死を振り撒く者。友に迷惑をかけるだけでは……」
「ザバラキィーンさんなら、大丈夫だよ。『吸血鬼族を舐めるな!』とか言うんじゃないかな」
「ははは、左様ですな」
「居場所が見つかるかもしれないよ」
「さて、冷血人間に居場所などありましょうか。ただ、行ってみようとは思います」
「うんうん、それがいいよ」
「とはいえ、追手をどうにかせねばなりませんが」
冷血人間を実験に使いたい勢力、彼らとて生きているのである。
私は、冷血人間。殺戮を楽しむ者ではない。
「うーん、私が吊って飛んで行こうか?えーい!」
「ぐえっ!苦しい!」
イシュたん殿は、天から吊り下がる端が輪になった縄を召喚し、私の首に輪をかけて飛行したのであった。
「ぐ、む」
イシュたん殿は、一時間程空を跳び、我々は包囲網を抜けた。
私は、冷血人間の生命力が高いことを身をもって知ったのであった。
その後、私はザバラキィーンに無事再会したのであった。ザバラキィーンは、再会を喜んでくれた。
どこへ行っても、迷いは去らぬ。されど、私は冷血人間である。その私との再会を喜んでくれた友がいるのである。
もうしばらく、生きてゆこうと思った。




