第1話 蛮勇だ、拙速だ
「上手く描かなきゃ」と力むほど、指先は動かなくなるもの。かつての自分が持っていた「蛮勇」をもう一度呼び戻してみませんか。
創作の苦しさも、誰かに認められたい焦りも、全部抱えたままで大丈夫。
道に迷い、一度立ち止まったからこそたどり着いた「発見」のお話です。
「描く」を「書く」と読み替えれば小説にも通じますね。
■ 第1話:蛮勇だ、拙速だ:「完璧」よりも「完成」を。子供の頃の自分に教わる、軽やかな一歩。
■ 第2話:創作と承認欲求:誰かのための評価より、自分のための「満足」を。心を守る、ものづくりの境界線。
■ 第3話:気づいた時・自滅から解放へ:頑張り過ぎたその先に、本当の自分が待っていた。心穏やかに「生き直す」ための物語。
昔は下手でも、とにかく手を動かし完成させる“蛮勇”があった。
しかし知識がブレーキになる時が来る。
多過ぎる情報や他人との比較は毒かもしれない。
とりあえずやってみる・・・そうだ、蛮勇と拙速だ。
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子供の頃というのは、今を思えば不思議な力があった。
思い返すと、当時の自分はずいぶん無計画に生きていた。絵を描いたり、漫画を描いたり、思いつきで工作をしたり...
とにかく手を動かしてばかりいた記憶がある。
知識など大して無い。手本も乏しい。
今のように検索すれば何でも出てくる便利な時代でもない。
だからまあ、だいたい全部、思いつき、そして手探りだった。
当然ながら、出来上がるものはそれなりである。今の目で見れば、なかなか味わい深い出来栄えだ。遠慮なく言えばボロっちい。泥臭い不器用な仕上がり。
それでも当時の私は、特に気にしていなかった。
「まあ、こんなもんだろう。とりあえず完成した。めでたし」
くらいの気分である。
今思えば、非常におおらかだ。そして、あれは悪くない感覚だったようにも思う。
上手いかどうかよりも、「自分で何かを作った」という満足が大きかった。
だいたい、人に見せて褒めてもらうためではなかった。思いついたものを作り上げたかっただけだ。
その頃の自分を振り返ると、ひとつ思い浮かぶ言葉がある。
ーーー蛮勇ーーー
根拠のない勢い、と言ってしまえばそれまでだが、妙な推進力ではあった。結果がどうなるかなど深く考えず、とりあえず試してしまう力。失敗しても大きな問題にはならないという、ある種の気楽さ。子供というのは、案外こういう性質を持っている。
ところが、この蛮勇というものは、いつの間にか薄れていく。
成長するにつれ、知識は増え、比較対象は増え、世の中には恐ろしく上手い人間がいくらでもいることを知る。「もっと良く」「もう少し整えてから」「これではまだ足りない」。そうした思考が、いつの間にか当たり前になっていく。
それ自体は、自然な変化なのだろう。
だが、ある時ふと気づいた。
いつの間にか、頭ばかり動いて手が止まっていたことに。
今はWebのお陰で、世界中の腕利きの先達やプロが積み重ねてきたノウハウ、その完成形がいくらでも目に入ってくる。
それはとても便利でありがたい反面、いざ自分がいちから始めようとすると、気後れしてしまう原因にもなる。
誰もが知識を手にしているから、「その情報が違う」「それはもう既にある」「もっとこうした方が良い」...
そんな声に満ちた世界で、それらに潰されぬよう、負けぬようにと、つい「ベスト」を求め過ぎてしまう。
「もっと資料を集めてから」「もっと技術を磨いてから」「まだ形になっていない」「まだまだ手直しが必要だ」...
そうして足踏みしているうちに、時期を逸する。
何よりも、創ろうと思ったものへの熱意が消えていき、結局、作品を形にできないまま挫折してしまう。
情報はいくらでも手に入る時代だ。
それを追い風にできる人にとっては、理想的な環境なのだろう。
だが、私のようなパワー不足な人間は、つい立ち止まってしまうのだ。
振り返ってみると、どうもうまくいかなかった局面には共通点があった。
大抵の場合、致命的な失敗ではない。いや、失敗以前の問題だった。
慎重に考え、整え、準備し、より良い形を目指した結果...結局、動き出せなかったのだ。
機会というものは案外せっかちで、こちらの都合など待ってくれない。
頭の中で理想的な条件を整えている間に、するりと通り過ぎていく。後になってから「なぜあの時やらなかったのか」と思うのだが、その場ではなかなか踏み出せない。
不戦敗だ。それよりは戦って負けた方が良いはずなのに、不戦敗ばかり。
子供の頃は、あれほど気楽に形にしていたのに。
そんなことをぼんやり考えていた二十歳前後の頃、ぴったりの言葉が浮かんだ。
「兵は拙速を尊ぶ」
巧妙だが遅いより、不器用でも速い方が良い、という意味だ。
もともとは戦の話だが、どうにも他人事に思えなかった。
完璧な準備や理想的な条件など、現実にはなかなか揃わない。
であれば、多少不格好でも動いた方が良い場面は案外多いのではないか。
もちろん、何でも急げば良いわけではない。
しかしながら、「整うのを待ち続ける」という選択には、それなりの危うさが潜んでいる。
世に出なかった作品。誰の目にも触れなかった試み。本人の中で熟成され続け、静かに消えていったものたち。
これは決して、珍しい話ではない。
私自身、そういったものをいくつも抱えてきた。
だから今は、あまり難しく考え過ぎないことにしている。
拙くても良い。少し足りなくても良い。まず出してしまう。
どうせ後からいくらでも直せる。
そもそも、動かなければ存在しないのと同じだ。
修正も改善も始まらない。
あの頃の蛮勇は、別に英雄的な何かではなかった。
ただ、妙に健全な推進力だったのだと思う。
下手でもいいからやってみる。とりあえず形にする。格好は後から考える。
案外、それくらいの姿勢の方が物事はよく転がる。
とりあえずやってみる。
そうだ、蛮勇と拙速だ。




