廃坑にあるもの.3
朝から暗め。1話目
数日後、私は再びスタンレー公爵に呼び出された。
こうなることは分かっていた。むしろ遅いぐらいだ。
案の定、私が部屋に入るなりスタンレー公爵は「お前が帰ってから鍵が一つ紛失した。盗んだのだろう」と酷い剣幕で怒鳴ってくる。
相変わらずの赤ら顔に嘲笑が浮かびそうになるのを必死に耐え、私は眉を下げ「滅相もない」と両手を胸の前で振る。
そして、そのまま腕を降ろさずに、執務机の向こう側にいるスタンレー公爵に近付いた。
「私は何もしておりません。もしお疑いならまずは私の身体を、それから屋敷を探してください」
そう言いながら、靴の裏に粘土で張り付けた鍵をもう片方の靴先で剥がし取り、執務机の下に滑り込ませた。
執務机の向こう側にいるスタンレー公爵からは、一連の動きは死角になっていて見えない。
スタンレー公爵は「見つけたらタダではすまないからな」と喚き立てると、執事を呼び寄せ私の身体を調べさせた。もちろん鍵は見つからない。
それなら男爵家の屋敷を探せ、と命じたところで執務机の下を指差してやる。
「そこに鍵のようなものがあるのですが」
その言葉に執事は慌てて這いつくばり、私が蹴り入れた鍵を拾った。
当然二人は、私に疑いの目を向けた。そりゃそうだろう。執務机の下なんて何度も探しているはずだ。その時になかった鍵が、私が来てから見つかったのだから、実に怪しい。
「やはりお前が持っていたんだな! 俺に追求されたからこっそり執務机の下に投げ込んだのだろう!!」
「スタンレー公爵様、お気持ちは分かりますが、私は入室してからずっと手を上にしていました。この姿勢ではポケットから出すなんてことはできませんよ」
「そ、それは……うむ」
黙り込むスタンレー公爵に、疑いの目を向ける執事。私はさらに言葉を続ける。
「もし私が持っていたとして、どうやって鍵を執務机の下に隠すことができたのか、説明をしてください。私とて、濡れ衣はごめんです」
「う、うむ。確かにそうだな。それに……お前がきてから何日たったか?」
「四日です。なんの鍵か知りませんが、大事な鍵なら無くしてすぐに気づかれるはず。スタンレー公爵様が何日も紛失に気づかなかった、などということはございませんでしょう。」
「うむ。そうだな。ではなくしたのは昨日か」
考えるのが面倒になったのだろうか、スタンレー公爵は頷くと執事を部屋から出した。
もしかしてこの様子なら、私の前で隠し扉を開けたことすら覚えていないのではないだろうか。
慎重に言葉を選び聞き出したことをつなげると、どうやらスタンレー公爵は私に廃坑を告げたこと以外は覚えていないらしい。
それすら、手元の手帳を見ながら確認していた。さらに、覗き見た手帳の字は執事のもので、ここまで記憶が怪しくなっているのかと嘲り笑いたくなった。
「ところで、スタンレー公爵様、良い酒を持って参りました。うっかり馬車に置いてきてしまったので取りに行っても良いでしょうか」
「おお、酒か。すぐに持ってこい」
「はい、畏まりました」
私は足早に馬車に戻ると、靴裏の汚れた粘土を剥がし、新しい粘土をポケットに入れる。それから二本の酒を手にし、執務室に戻った。
酒にはあらかじめ睡眠薬を入れている。
数杯飲んだのちスタンレー公爵は前回と同じように机に突っ伏しいびきをかき始めた。まったく、酒とはそこまで美味いものなのだろうか。
私は慎重にスタンレー公爵の首元に手を伸ばすと、その首にある紐を頭から抜き取った。
おそらく、普段なら一つの鍵は引き出しにしまい、もう一つは常に身につけているのだろう。
しかし、そこまでの用心深さも酔っ払ってはだいなしだ。
鍵を慎重に粘土に押し付け型を取ると、再びスタンレー公爵の首にかけ元に戻す。この鍵まで紛失したら、私が確実に疑われるので今日は型を取るだけだ。
鉄が採れる鉱山を管理しているつながりで、私には鍛冶職人の知り合いが多くいる。
前回盗んだ鍵は、知り合いの鍛冶職人に頼みすでに複製済み。
今回は別の職人にこの粘土型を渡し、それをもとに鍵を複製してもらう予定だ。
そうすれば、二つの鍵の出来上がり。
あとは汚れ仕事をする奴らを雇い、完璧なアリバイのある日に実行させるだけ。
俺は悪いことはしていない。
スタンレー公爵には溢れるほどの金と立派な息子がいる。
もう使わない指輪ぐらいもらっても構わないだろう。
いや、別に誰に許されなくてもいい。それで息子の命が助かるなら。
※※
……そこまで話すと、マントル司教は水を一口飲んだ。
「そこの男、ザックと知り合ったのは、悪どい金貸し屋です。高額の利子を吹っ掛けるその店の取り立て屋でしたが、間もなく金貸し屋は摘発されました。ちょっと人を使って調べたところ、彼が入り浸っているという酒場を知り、そこでこの計画を持ちかけました」
「スタンレー公爵家の財宝を盗んだのはマントル司教様だったのですか」
「ええ。計画したのは私です。しかし、実行犯はザックとその仲間に頼みました。一度目の鍵が紛失した時私が疑われていますからね。二度目の鍵は盗まれた形跡がないので大丈夫だと思いましたが、念のため決行は夜会のある夜にしました」
夜会で、マンテル司教ができるだけ多くの知人と話をしている間にザック達が盗みに入る。取り立て屋をやめたあと窃盗団を作ったらしく、実に手慣れたものだった。
「しかし、すぐに換金しては足がつきます。とはいえ持っているのは危険ですから、それを隠すことにしたのです。それが、あの廃坑です」
盗みを決行したのは、廃坑になることが決まったあと。
半年ほど隠し、そのあとは異国に売る予定だった。
鉱山の中はアリの巣のように複雑なので、地図にブラッドルビーのありかを記したのだけれど、ここで予想外のことが起きた。
マントル司教の屋敷が全焼し、地図が焼失してしまったのだ。ザック達はマントル司教を責め、また無謀にも地図なしでブラッドルビーを探そうとしたけれど、結局見つけることができなかった。
ザックはマントル司教に多額の手切金を請求した。それを支払い、爵位返上したことで、ブラッドルビーの捜索は一旦打ち切りとなったのだ。
「では、私を呼んだのは、地図を復元させるためだったのですか?」
「申し訳ありません、そうです。万が一にも見つからないようにかなり奥に隠しましたから、地図がなければブラッドルビーのありかが分からないのです」
そこまで話すと、マントル司教の声が涙でかすれた。
「罰が当たったのです。悪事に手を染めてまで助けようとした息子は火事で死にました。息子だけじゃなく妻も、昔から働いてくれていた従者も幾人か火事に巻き込まれました。私は全てを失くし、神の怒りをかったのだと思ったのです」
「それで修道院に入られたのですね」
「せめて、そこで妻と息子のために祈りたかった。それしか私にできることはありませんから。でも、そんなときにハーレン侯爵から貴女の話を聞いたのです。それで、地図を描いてもらおうと思いました」
「宝石を取り出し、換金するつもりだったのですか?」
「違います。ジェルフ様にお返ししようと思ったのです。ジェルフ様は私を心配してくださり、また弟夫婦にもよくしてくださっています。弟が作る剣を騎士達に紹介してくださるおかげで、弟は鍛冶職人としてやっていけているのです」
まっすぐにマリアドールを見る瞳に嘘はない。
「それを彼らが知ってしまったんです」
ザックが酒瓶を床に転がした。マリアドール達が話をしているうちに一本空けたようだ。
「コバルトを酔わせ鍵のありかを吐かせようとしたら、予想外のことまでペラペラ話し始めた。始めは冗談かと思ったよ。正直、金目の物を盗んだ時点では信じていなかった。でも、ちょっと興味はあったから調べたところ、どうやら本当らしい。しかも、マントルのところに行くっていうのがなんとも運命的じゃないか」
「よく私が廃坑の地図を描いていると分かりましたね」
「マントルから聞き出した。なかなか口を割らなかったけれど、お仲間の司教やシスターの名前をだせばすぐに教えてくれたよ」
「申し訳ありません。マリアドール様からもうすぐ絵を受け取るから、それまで待ってくれと言ったんですが聞いてくれなくて」
「最近あの鉱山で動きがあったんだよ。理由は分からないけれど、再び採掘を始めたようだからゆっくりはしてられねーんでね」
そこまで調べたのかと、マリアドールはザックを睨みつける。
熱によって色が変わる岩石の採掘はマーベリックの知り合いを中心に行われているけれど、採掘量が分からないから大々的にはしていないはずだ。
「あの街に知り合いがいるの?」
「俺達の情報網は広いんでな。それに最近、あの街出身で仕事がなくて王都に来たヤツと偶然酒場で知り合い、仲間に引き入れた」
そう言って、荷馬車の前を顎で指す。おそらく御者席に座るあの小柄な男のことだろう。
(話は全てつながったわ。あとは宝石を見つけるだけってことね)
ザックの傍にはマリアドールの描きかけの絵があった。
何にせよ、まだ時間はある。
ここは大人しくしていようと、黴臭い毛布を引き寄せマリアドールは瞳を閉じた。
ジェルフ登場まで少々お待ちください。ラスト3話は明るいので!
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