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【書籍化、コミカライズ進行中】私、一夜の夢を売る毒婦らしいのですが、英雄を溺愛に目覚めさせてしまいました  作者: 琴乃葉
第1章

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廃坑にあるもの.2

第3回アイリスIF大賞にて、拙作『いつも病弱の従妹を優先する婚約者なんて〜』が銀賞を受賞しました!


本日2話目です。


  

  荷馬車の中にはマントル司教がいた。

 一番奥にもたれかかるようにして後ろ手で縛られ、猿轡をされている。


 荷台には木枠が組まれ幌が掛けられている。中腰で移動できるほどの高さはあるけれど、外から内側は見えない。

 髭面の男だけが荷台に乗り込むと、荷馬車は動き始めた。


「奥に行け」


 腰をかがめマントル司教から少し離れたところに座ると、男はマリアドールの首にナイフを当てた。幌の内側は薄暗い。木組みの中央にあるカンテラが揺れるたびに、幌に映り込む影も動いた。


 ささやかな灯の下、鈍く光るナイフの冷たさにマリアドールはゴクンと喉を鳴らす。

 揺れが大きくなって、ちょっと手元がくるえば、そのままざくりと刺さるだろう。


「マントル、大声を出したらこの女を殺す。お嬢ちゃん、お前も同じだ。マントルに生きていて欲しかったら大人しくしておけ」


 頷くマントル司教に対し、ナイフを当てられたままのマリアドールは瞬きで答える。男はにたりと笑うと、二人の猿轡を取り腕の縄を解いた。その代わり、鉄の足枷をつけられた。


「パンだ。少々黴ているが食えなくはない。親切だろう?」


 ぽいっと放ってよこしたパンは、荷馬車の床をころころと転がる。

 持ってみれば案の定、石のように固い。

 

(毒を入れるなんてまどろっこしいことはしないでしょう。体力を落とさないようにしなきゃ)


 ばきっと音がしそうなそれを割き、歯を立てて齧る。

 口の中でふやかせば、水分が持っていかれてしまう。


「水があれば頂けますか?」

「はいよ。お嬢ちゃん」


 これまたポイっと布水筒を投げてよこしてきた。ついでとばかりに古びた毛布も二枚投げられる。


「移動は一日ちょっと。寝るのはここだ。なかなか親切だろう?」


 はは、と笑うと男は荷馬車に積んでいた木箱からワインを取り出し、ナイフをコルクに刺して開けた。

 初めて会った時のジェルフと同じ仕草が、髭の男への嫌悪感を余計に強くする。


(乱暴な開け方なのに、ジェルフ様は洗練されていたわ。レガシー達は無事かしら)


 ジェルフとの待ち合わせにはまだ時間がある。

 でも、クレメンスが縄を解き、レガシーが騎士団へ馬を飛ばしていれば、そろそろジェルフの耳にも入っているかもしれない。


「どうしてこんなことをしたのか聞いてもいいかしら」


 なんとかパンを飲み込んだマリアドールが聞けば、男は口の端から垂れたワインを袖で拭き、嘲るような笑みをマントル司教へと向けた。


「マントル、お嬢ちゃんが知りたいってよ。教えてやれよ。お前が何をしたか、この女に何をさせようとしたか。ついでに聖職者ぶったお前が過去に犯した罪もな」


 何がおかしいのかクツクツと笑うと、再びワインを喉に流し込んだ。

 どうやってもマントル司教から説明させたいようだ。


「マントル司教、ご存知なことがあれば教えてください。あの絵が関係しているのですよね?」

「……はい。申し訳ありません。関係ないあなたを巻き込んでしまった。全てお話しします」



 ゆらゆらと揺れるカンテラのもと、ぼそりぼそりとマントル司教は話し始めた。


  ※※


 私の息子は病弱で、子供の頃から頻繁に熱を出し生死を彷徨ったことは一度や二度ではない。

 大きくなれば少しは丈夫になるだろうと思っていたが、成長するとともに寝込む回数が増えていく。

 二週間もの間高熱が続くことも珍しくないし、少し動けば息切れをするほど体は弱っていた。

 医者からは、長くは生きられないから覚悟をするように、とまで言われ私と妻は悲しみのどん底に沈んだ。


 でも、医者になんと言われようと、親として諦めることなんてできるはずがない。


 よい医者がいると聞けば金額に糸目をつけることなく診てもらった。そのせいで男爵家の家計は火の車だ。

 さらに、唯一の収入源である鉱山の採掘量がみるみる減っていった。


 鉱山を数か月後に閉鎖する、その話を私が聞いたのはスタンレー公爵の執務室だった。

 スタンレー公爵はその日も酔っぱらっていた。いや、酔っていないときのほうが少なかっただろう。

 実務は執事と息子のジェルフがほとんどしているとの噂だけれど、印章を持っているのはスタンレー公爵だ。


 私は常々腹が立っていた。

 こんな酔っ払いに立派な息子がいて、どうして真面目に働いている自分の息子が苦しまなければいけないのかと。やっかみだ。

 そこに、鉱山の閉鎖ときた。

 息子の治療には金がかかる。せめて何か他の仕事をくださいと頭をさげたところ、スタンレー公爵は立ち上がるとふらつく足で本棚へ向かった。


 何をするつもりだろう、それにしても今日はやけに酔っ払っているな、出直した方がいいだろうか、そんなことを考えながらスタンレー公爵の後ろ姿をみていると、あろうことかスタンレー公爵は本を数冊床に投げ落とし、棚の奥に手を差し入れた。


 ここまで酔っ払っていては話にならないと、出直しますと言おうとしたとき、ガチャリ、と金属音がした。

 何の音だ? と部屋の中を見渡す私の前でスタンレー公爵は棚を横にスライドさせるではないか。


 隠し部屋。高位貴族の部屋ならあると噂に聞いていたが本当だったんだ、とどこか感嘆にも似た気持ちと一緒に、私の前で開けてはいけないだろう、と呆れてしまった。


 酔うにも程がある。これでは隠し部屋の意味がないだろうと呆気に取られる私の前でスタンレー公爵はふらつく足で部屋の中に入っていった。


 「どこに置いたかな」「これじゃない」とガサガサ隠し部屋を漁ると、スタンレー公爵は一枚の紙を手にして戻ってきた。

 顔には下衆な笑みが貼り付けられ、嫌な予感に背筋が冷たくなる。


「ちょうど良い話がある。商船が近々異国へと出発するそうだ。行けば二年は帰ってこれないが、どうだ、やってみるか? 金は無事この国に帰ってきたらやるから取りにこい、ははは、どうだ、お前に打ってつけの話だろう」


 ゲラゲラと笑いながら、商船の行き先が書かれた紙をひらりと床に投げ捨てた。

 私の視界に映るスタンレー公爵の手は、酒の影響か小刻みに震えている。

 船員など到底男爵がやるような仕事ではない。ましてや、金が後払い、二年後なんてそんな悪条件聞いたことがない。


 その間、息子にあえない。

 治療もできない。

 俺を馬鹿にするために敢えて選んだ仕事なのだろう。頭が怒りで真っ白になった。全身が震えて奥歯はギリギリと音を立てる。


 殴ってやろうか、拳を握り床に落ちた書類から目線を上げたその時、隠し部屋の中にそれが見えた。

 スタンレー公爵家の財宝であるブラッドルビーが無造作に棚に置かれているではないか。


 ブラッドルビーの指輪は代々、スタンレー公爵夫人がしていたもの。

 亡くなったあとずっと、そこに置かれていたのだろうか。


 私がブラッドルビーの指輪に気を取られているなんて気づきもしないスタンレー公爵は、ふらふらと千鳥足で本棚へ向かうと再び本棚をスライドさせ、カチリと鍵をかけた。


 全く隠し扉の意味がない。そして一度目ば気づかなかったが、鍵を掛ける音は二回した。おそらく鍵は二つあるのだろう。


 自分が何をしているのか分かっていないスタンレー公爵は、すっかり酔いがまわり酩酊状態。

 トロンとした目を彷徨わせながら、鍵の一つを首にかけもう一つを机に置いた。


 そして、再びグラスに酒を注ごうとする。


「……仕事については妻と相談いたします。お礼にお酒をおつぎしましょう」


 ゆらり、と立ち上がった時にはすでに頭の中に計画ができていた。


 私は琥珀色の液体をグラスになみなみと注ぐ。

 スタンレー公爵が美味しそうに呑めば、再びグラスを酒で満たした。


 たっぷり呑ませると、スタンレー公爵は最後には机に突っ伏して眠ってしまった。

 もともとかなり酔っ払っていたので、そう時間はかからなかった。


 赤ら顔でだらしなく目を閉じる男に、腹の底から憎悪がこみ上げてくる。

 それを押し下げるように深呼吸をすると、私は机の上に置かれた鍵をポケットに入れ執務室を後にした。


 

スタンレー公爵は、アルコール中毒に近いです。

次話もマントル司教のお話が続きます。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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