廃坑にあるもの.1
本日1話目
ハーレン侯爵家から帰ったのは夕暮れ間近。
すっかり長居をしてしまった。
(もうすぐジェルフ様が迎えにくる時間だわ)
最近は三日に一度ぐらいの頻度で会って食事をしている。
これもまた、フレデリック殿下による「ジェルフがマリアドールにメロメロ作戦」の一環だろうと考えていた。
(仲の良い婚約者だと思わせるよう出歩く回数を増やしているのでしょうけれど、まるでデートのように思ってしまうわ)
終始優しくエスコートされ甘い笑みを浮かべられては、それが演技と分かっていてもドキドキしてしまう。勘違いしそうになる。
今日だって、どのドレスを着ようかしら、とウキウキしているのだ。
緩む頬を引き締めながら画廊の扉を開けたのだけれど。
「レガシー、どこにいるの」
店内にいるはずのレガシーの姿が見えない。
ターリナ、クレメンスと続けて名前を呼ぶけれど、こちらも返事がない。
「おかしいわね。二階かしら」
階段下のクレメンスの部屋を覗いてから、マリアドールは二階に向かう。
ギシギシといつものように階段は鳴るのに、それを聞きつけ現れるはずの家人がまったく姿を見せないのだ。
(どうしたのかしら。お店は開いていたから留守ってことはないと思うのだけれど)
レガシー達の部屋をノックしてみようか、と思ったところで自室から物音がした。
マリアドールの部屋には領地経営の資料も置いてある。普段、勝手にレガシーが入ることはないけれど、至急の時は構わないと伝えていた。
(領地で何かあったのかしら)
絵の仕事が重なっていたこともあり、最近はすっかりレガシーとジェルフに任せてしまっていた。もちろん書類には目を通していたけれど、それに不備があったのかもしれない。
「レガシー、ここにいるの? 領地で何か……きゃぁぁ、グッ……」
部屋に見知らぬ男が二人。その姿に悲鳴をあげた瞬間、扉の陰からもう一人出てきてマリアドールの口を塞いだ。
「静かにしろ」
耳元で囁くのは、壮年の男。口髭に白髪が混じっていて、目がギラギラと輝いている。
「おい、その女はどうする? 連れて行くのか?」
問いかけてきたのは腕っぷしの強そうな男だ。角刈りの頭で歳は髭の男と同じぐらいだろう。
「この絵があればいいんじゃないですかね。人攫いは……」
「お前、やる気があるのか!? 仲間に入れてやったんだ。ビビってんじゃねーよ」
ひげの男に怒鳴られビクッと震えたのは、小柄な赤毛の男。へこへこと頭を下げるところから、この男が一番下っ端のようだ。
小柄な男が手にしているのは、マントル司教に頼まれた絵。角刈りの男に命じられ、手近な布で雑に包んでいる。
ベッドの脇には猿轡をかまされ縄で縛られたレガシーとターリナがいた。レガシーの左頬が腫れているので、殴られたようだ。
「コバルトの話では、この女は夢を見させることができるそうだ。夢の中とはいえ地図を見ている。連れて行けば役に立つこともあるだろう」
(地図? 夢で見たということはあの鉱山の地図のことを言っているの?)
「そうだが、あの男は随分酔っ払っていたんだろう。その話、どこまで信じられるんだ」
「マントルがこの絵を頼み、ここに鉱山の地図がある。信憑性はあるだろう。とにかくこいつも連れて行く。縛って荷馬車にマントルと一緒に突っ込め」
髭の男が角刈りの男に指示を出す。なんとなくだが三人の上下関係が掴めた。
(マントル司教も捕まっているの!?)
話が全く見えないけれど、男達が鉱山の地図を探していたのは理解できた。でも、何のためにそれが必要なのかが分からない。あの山は廃坑しているし、熱によって色の変わる岩石については、知っている人が限られている。そもそも絵の具が大金に繋がるとは思えない。
(クレメンスの姿が見えない)
階段下の部屋にもいなかった。レガシー達の部屋に隠れているのだろうか、と視線を動かしたところで、新しく設えた洋服ダンスからはみ出すカーキ色の服が見えた。
レガシー達と異なり、クレメンスがマリアドールの留守中に部屋に入ることは多い。欲しい絵の具があるなら勝手に使ってよいと言っているからだ。
(そのまま隠れていて)
今出てきたところで、男三人に勝てるはずがない。
それならずっとそこにいて、ジェルフに見聞きしたことを伝えて欲しい。
教育係といえど騎士団に所属しているジェルフがこのことをしれば、必ず大掛かりな捜索が行われる。その方が助かる可能性がずっと高い。
(行き先は廃坑。それさえ分かれば必ず追いかけてきてくれる)
角刈りの男が猿轡を持って近づいてきた。
「むぐっっ」
「お嬢ちゃん、大人しくしてな。そうすれば酷い目には合わせねーよ」
ひひひ、と笑う顔が歪んでいる。
到底信用できない言葉だ。それでも、マリアドールを必要とする間は手を出してこないだろう。
手を後ろで縛られると、ドンと背を押されて「歩け」と命じられる。レガシーが立ちあがろうとするも、膝を抱える体勢で縄を巻かれているためゴロリと床に転がった。
角刈りの男がレガシーの背中を蹴る鈍い音が室内に響いた。
ターリナは必死でレガシーの身を庇う。マリアドールは(クレメンス、我慢してそこにいるのよ)と念じることしかできない。
「おい、いくぞ」
「ああ」
「は、はい」
髭の男の声に、二人が後に続く。
マリアドールが大人しく三人に従い裏口を出ると、そこには古い荷馬車が停められていた。
物語もクライマックスになってきました。是非最後までお付き合いください。
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