決着
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!!!!!!
爆発音のような音が鳴り響く。
「クソッ……!!」
慣れてきたのか、落下してくる刃が心なしゆっくりに見える。
頭上に飛んできた刃を一歩踏み出して回避。そこに「設置」されていた刃は横に転がって回避。だがそれでも刃の雨は止まらない。そこからさらに横に飛びのき、後ろに飛んで、前方へ走って、また転がって――。
「踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ――!!!!」
少女は未だ動かず、その場でひたすら刃を生成しているだけだ。
「さあさあさあさあさあさあ!!!逃げ惑え!踊り狂え!泣き叫べ!恐怖に歪め!それらをすべて!あたしが“救って”見せよう!!さあさあさあ!!!止まれば死ぬぞ!あたしが殺す!!その終焉をあたしが綺麗に飾ってみせよう!!!!」
「何を言ってやがるんだ……ッ!?」
相対する少女は何か言っているもの、刃の墜ちる爆音と、その回避に全身全霊をかけているおかげで、聞こえていてもうまくその言葉を理解できない。
たぶんそんなに気にすることでもあるまい。
今はひたすら攻撃を避け続けて、あの少女の注意を惹き続けるしかない。
攻撃は止まない。
俺に考える暇はない。
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!!!
俺には攻撃手段など、せいぜいこの拳ぐらいしかないため、実質無いに等しい。よって俺の選択肢は回避一択だ。
相方の少女がうまくやってくれることだけを信じて、俺は囮の役割をひたすらに果たし続けた。
*****
私が見たところ、少女の注意は完全にオルグに向いている。かといって完全にそちらに意識を集中しているわけではない。
時たま周囲を見てなにかを、恐らく私の奇襲を気にしている。
どれだけ怒り心頭でオルグを絶対に殺すと決意していても、戦闘におけるいろはは心得ているようだ。
なかなか隙は見つけられない。
ポーチに手を伸ばし、その中のナイフを握る。手の平に、少し冷たいナイフの柄の感触を感じる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
落ち着けば何のことはないはずだ。
絶え間なく墜ち続ける刃の雨をもう一度見つめてみる。
その雨は変わらず降り続け、オルグは見事なまでにそれを回避し続けている。初めの姿と比べたその成長ぶりには、思わず目を見張る。
それと比べて私はどうだ。
何もできずに、その一歩が踏み出せずに、ここで立ちすくんでいるだけ。
覚悟を決めろ。
目を瞑る。
息を吐く。
現状の整理。
少女は円状の領域内に刃を落下させている。そこにオルグが囮をして、気を逸らして。そこからは、その隙に狙いを定めて私がとどめを刺すという段取り。
ならば今、私がすべきことは。
全てわかっている。大丈夫。
目を開ける。
未だ目の前でオルグと少女の戦闘が繰り広げられている。そこに今、私に必要なのは一歩踏み出すためだけの勇気。たったそれだけ。
ならば。
「がふ……っ!」
そこで初めて、オルグがダメージを受けた。
ああ、もう時間は無い。躊躇している暇などは無い。
だったら――。
危機感が募り、やっと覚悟は定まった。最後の一押しが定まった。
一歩踏み出す。
明確な隙などきっと生まれない。彼女がやっているのは刃を生成して墜としているだけ。そこに道は見えないだろう。ならば必要なのは攻撃の隙間などではなく。ただ、私が進むための気持ち。
駆ける。
初めはゆっくりと。そして、徐々に速く。
刃の領域に突入する。
少女はオルグの方を向いている。私の方には気づいていない。灰色の暗い廃墟の中で。間断なく無数に墜ちる断頭の刃を潜り抜けて。
少女に向かって、私は走る。
いける。まだ、気づかれていない。
あと十歩。五歩。三歩。二歩。
ここで気づいたとしても、すでに遅い。私はナイフを構え――。
――こちらに目線を向けた少女の横顔が、ニコリと嗤った。
それはどこまでも無邪気で、まるでちょっとした悪戯が成功した幼い子供の無垢な笑みのようで。
直感的に感じた。
これはダメだ。破られる。
すでに少女は私の手の届く範囲にいる。あとは手を伸ばして、このナイフで裂くだけでいい。
そのはずなのに。
ここで敗北するのは、私。
そのことが私の本能に刻みこまれる。
どうすれば――。
そう考える暇もなく。はるか上空に「設置」されていた重たい刃が、鈍く輝き。それに気づいたときにはすでに遅く。
――カチリ。
時間がゆっくりと感じた。
いや、違う。実際ゆっくりとなっている。
知覚の拡張。
落下してくる刃が見える。少女の顔がぴたりと止まっている。私の身体の動きすらも、とてつもなく緩慢なものとなっている。その中で、オルグは思ったよりも近くでこちらに手を伸ばしていて。その速度だけは通常通りで。いや、遅くなった私からするととても速く感じて。それでも彼は刃が墜ちるまでにはたどり着けないだろう。
でも、そんなことは関係ない。必要なことは一つだけ。
目の前には止まっている少女。上空にはこちらにゆっくりと向かう死刑宣告の刃。それを認識している私。そして手の中には先のつぶれたナイフ。
遅くなった時間で、どうすれば刃を避けられるか。私の頭はその解をはじき出す。
このナイフでは刺すことはできない。けど、斬ることはできる。短いナイフでどうやって人型の生物を効率よく殺すか。
決まっている。
ここまで来たらもう迷わない。想定よりももう一歩先へ。少女の首元に手を伸ばし、力をいれて。少女の顔が驚愕の色にゆっくりと変わり。そのまま刃を横に滑らせ、血がゆっくりと噴き出て――。
カチリ。
時間が戻った。
ダン――ッ!!
私のすぐ後ろに刃が墜ちる。
目の前には首を掻っ切られ、白く綺麗な首筋を赤く染めた少女の身体。そして返り血で同じく赤く染まった私。
「はあ……はあ……」
息をつく。
「今、のは……?」
近くに寄ってきたオルグが、その疑問を発する。
「……わからない……」
今のスローな世界は一体何だったのだろうか。それは私にもわからない。むしろオルグだけが通常速度だったため、彼が起こしたことではなかったのか。
それでも一つだけわかる。
「……けど、アレのおかげで何とか勝てた」
「そう……だな……」
オルグが切れ切れに同意する。
私は疲労でその場にへたり込んだ。
「……はあ、疲れた……」
「そうだな、めちゃくちゃ疲れたな……」
オルグも私の傍に座り込んだ。私の足は元から血みどろだが、オルグの足にも血が流れていることに気づいた。
「……ケガ、してる……」
「お互い様だ……。だが朝になると全部治るんだしな……、大丈夫だろ……」
口数はお互いに少ない。正直かなり疲れている。このまま倒れて眠りこけたいくらいだ。だからといって、実際に眠るわけにはいかない。
この少女を殺したとはいえ、翌朝になればきっと復活するのだ。戦闘前の口ぶりから、きっと朝になれば何か話をしてくれるとは言え、それまで気は抜けない。それにほかのやつが殺しに来る可能性もある。
だから、精一杯に起きようとしていたのだが。
押し寄せてくる強烈な睡魔に打ち勝つのはなかなか難しく、瞼も重くて、傍に座り込んだオルグに寄りかかっていつの間にか意識を手放していた。