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幻遊剣士~理想と現実の狭間に~  作者: 想兼 ヒロ
第四章 流星は混迷の闇を切り裂いて

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第48話 背中は任せた

 振るわれる暴風雨のような爪の猛襲。アゼルは冷や汗一つかかずに、その先を見つめたまま軽やかに舞う。空振りを繰り返す煌眼獣は、明らかに(いら)()っていた。そこに、人知を超えた怪物という印象はない。

 獣の背の毛が逆立っていた。金色の目が、少しだけ揺らいでいる。


 対照的にアゼルの顔は冷ややかだった。目測を誤れば決死。そんな死地にありながら、穏やかな表情を変えない。冷静に軌道を予測し最小限の動きでかわしていく。もちろん、その爪に当たらずとも訪れる空気の衝撃も全て計算に入れて、だ。


 手に握る星刀は、(いま)だに振るわれていない。(こう)(ごう)しく、青い輝きを保ったままアゼルの右手に収まっている。


(怖くなくなったわけじゃないんだけどな)


 アゼルは妙に静かな自身の心に驚きを覚えている。恐ろしくて仕方が無い、まるで死そのもののような獣を前にしても、精神に揺らぎは無い。

(ああ、これが)

 流星刀アステリオンの力か。ここにきて、アゼルはようやく実感できた。


 右手から、激しい力が流れてくるのを感じる。それを制御しようと様子を見ていたが、それが間違っていたことにアゼルは気づいた。

 星の刀は、アゼルと一緒に生き残ろうとしている。そのために、必要な心の力を支えてくれているのだ。


 アステリオンは恐れるべき力では無い。かつては母の相棒として共に千丈をかけた。そして、今は自分を認めて力を貸してくれている。


「よしっ」


 アゼルは一歩、深く踏み込んだ。なぎ払おうとしてくる煌眼獣の左爪に合わせ、刀を振り上げた。

「……!?」

 くぐもった声が獣の喉を鳴らす。それは(きよう)(がく)だ。目の前の小さき者が、自分の豪腕をはじき返したのだ。その予測できぬ結果に、獣の反応は遅れた。


「よっ、と」


 アゼルは獣の足下に滑り込むように入り込む。そして、その軸足に向かって再び刀を振るった。

 周囲に響く、肉を裂いたとは思えぬ金属音。しかし、確かに煌眼獣の(やり)も通さぬ皮膚がアゼルの(いつ)(せん)によって切り裂かれていた。


 苦し紛れに両腕を振るう獣の腕の隙間をぬって、アゼルは距離をとった。振り返った彼の顔は、笑顔だった。

「かってぇなぁ。普段の剣だったら折れてたかもしれん」

 冗談めかして、アゼルは刀をくるくると回す。召喚したときは重く感じたそれも、今は羽のように軽い。


 これなら、いけそうだ。


 アゼルは刀を構え直す。青白い輝きが刀身を包み込んだ。その光を目にした獣は、低く(うな)る。

 この脅威、排しておかなければならない。煌眼獣は本能で悟った。金色の目が、昼間だというのに強く輝く。


「さて、もうしばらく付き合ってもらうぞ」


 アゼルは強く踏み込み、獣の懐へと飛び込んだ。


 青の軌跡と金の軌跡が交差する。丸太のような獣の腕が振り下ろされた。視認するのが難しいほどのそれは、アゼルが培った勘によって避けられる。軽く、あくまでも軽く足を動かすアゼルはその暴風雨の隙間をぬった。

 土をえぐり、大地に穴を空ける驚異的な爪も当たらなければどうということはない。アゼルは間合いに入り込み、刀を振るった。


 獣の声がもれる。黒く()れた体毛が宙を舞った。確かに、アゼルの剣は届く。それでも浅いのか、獣は間髪入れずに爪を振り下ろす。

 それが間一髪のタイミングで後ろに下がったアゼルの眼前を覆う。アゼルの髪の先が、少しだけかけた。もう少し遅れていたら、頭がなくなっていただろう。


 ああ、まずい。そう思ったときには遅かった。手にするアステリオンを見たときに、一瞬だけ思い浮かんだ光景。

 恐怖が、アゼルのそんな記憶を呼び覚ます。


 降りしきる雨の中、立ち尽くした。目の前では、無敵だと思った母が倒れている。流れ消されることのない、血と鉄の臭い。息が詰まる。呼吸ができない。自分の全てが崩れていく、どうしようもない感覚。


 アゼルの惑いは一瞬だった。


 しかし、その一瞬だけ生まれた隙を、(こう)(かつ)な獣は見逃さなかった。大きく振った爪がアゼルの右側面から襲いかかってくる。

「ぐふっ」

 反射的に刀で受け止めた。折れることはない。しかし、刀ごとアゼルの体を(はじ)()ばす。受け身は間に合った。すぐに立ち上がるアゼルだが、痛みが全身に広がる。


「なんて力だ。まともに食らったら、ひとたまりも無いな」


 思わず弱音をはく。一瞬だけ、刀の光が揺らいだ気がした。アゼルは首を小さく横に振って、前をむき直す。

「むっ」

 そんな彼の視界に、うなり声をあげる煌眼獣の背後に、ある姿が見えてアゼルは顔をしかめた。


 土気色の肌をした兵士。(しかばね)兵だ。


(本隊が討ちもらしたか)


 軽く舌打ちをする。(しかばね)兵など、アゼルの力量なら問題ではない。しかし、正直、獣相手にいっぱいいっぱいのアゼルはそんなノイズが頭に入ってくることを嫌った。(しかばね)兵への対処を考える余裕など無い。生き残る可能性が、低くなる。

 さて、どうするか。だが、そんなアゼルの恐れは()(ゆう)に終わった。


 風を切り裂く、一本の矢。

 それが、(しかばね)兵の首を見事に()()いた。たまらず(こん)(とう)する(しかばね)兵。立ち上がる気配は感じられない。


「よしっ」


 アゼルの背後の家。その屋根で、リデロが拳を握る。アゼルが煌眼獣と交戦を始めた後、リデロは周囲を警戒しながらそこへと登った。アゼルを援護するために。

 一人倒したところで終わりではない。間髪入れず、その(たか)の如き目が次の標的を探していた。


 不安はあった。自分の矢が通じる相手なのか、と。しかし、自分の矢を受けて土へと(かえ)っていく(しかばね)兵を見て不安は霧散した。

「シルクさんの言っていた通りっすね」

 (しかばね)の兵は、結局人の姿をしている。そして、急所も人と似たようなものであり、(ほふ)ることは可能なのだと恐怖に震える兵士を鼓舞していた。


 そして、アゼルは言っていた。

(こわ)がらない、ってことは利点じゃないっすよ」

 人は、死を恐れるからこそ、生き残ることができるのだ、と。弓兵がいる、とそう認識しても(しかばね)兵は歩みを止めない。


 そこを狙い撃つ。


 もう一体、見つけた。アゼルが煌眼獣を相手にしている場に近寄らせてはいけない。リデロは強く目を輝かせ、その弓を引き絞った。


「はは、やるな。あいつ」

 アゼルは飛んでくる矢を見て、思わず笑いがこぼれた。


 そうだ、自分は一人ではない。その(おも)いが、アゼルの背を押した。アステリオンは、そんなアゼルの心に反応して輝きを増している。

 母は強かった。しかし、それ故に孤独を招いた。信用できる者もいない戦場で、どれだけ心細かっただろう。自分がその背を(まも)るには幼すぎた。それは今でも後悔している。


(お袋、俺は違う。あんたみたいにはならないよ、きっと)

 それでも母を襲った理不尽な死に対する恐怖は薄れた。いつか刺されるかもしれぬと、背中を気にする必要は、少なくとも今はない。


「さて、俺は俺の役目をこなすとするか」


 自分が一人で対処をする、その言葉を信じて他の脅威を全て受け止めようと策をたてた指揮官がいる。今も、自分と同じようにこの怪物を相手に立ち向かっている戦士がいる。そして、自分の背後で自分を援護しようと目を光らせている仲間がいる。


 なんて、(ぜい)(たく)な戦場だ。アゼルは口端を(ゆが)めて、笑った。


「いくぞ、バケモン!」


 アゼルの足が力強く大地を蹴る。刹那、手にした刀の輝きがまるで爆発のように広がった。その輝きをまとって、アゼルは待ち構える巨獣に向かって駆けだしていった。

 一筋の流星のごとく。その(いつ)(せん)で闇を切り裂くために。

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