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幻遊剣士~理想と現実の狭間に~  作者: 想兼 ヒロ
第四章 流星は混迷の闇を切り裂いて

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第47話 流星の刃

 話は少し前に(さかのぼ)る。それは、ミィナが採石場へと煌眼獣を誘導していた、まさにその頃。


「いやー、ミスったぁ」


 リデロは今にも飛び出しそうな心臓を手でおさえ、弾む息を整えていた。もう一体の煌眼獣、その眼に向けて矢を放ったのは彼の所業であった。

 獣が認識できるか、できないか。それほどの遠距離から正確無比な射撃。それができるのはシルクの部隊で、彼ただ一人だろう。


 しかし、その腕前が災いした。まさか、遠すぎて煌眼獣が諦めかけるほどとは。これでは、ミィナが引きつけている個体と分断させる策が頓挫してしまう。


 だから、もう一撃。周囲を警戒する煌眼獣に向けて矢を放った。だが、予想外がもう一つ。今度は近すぎたのだ。


「うわっ、足音聞こえてきた」


 地を揺らすほどの脚力で、獣はリデロとの距離を詰めてくる。リデロの体力、走力では逃げ切れるかの瀬戸際だ。

 息を整え、リデロは再び走り出した。


(こんなことならおとなしく、他の弓矢隊に同行した方が良かったすかね?)


 リデロの思考に、後悔がよぎる。こんな単独で命を張る戦場は初めてだ。責任という重圧が、彼の肩にのしかかっている。己の失態で、自分だけではなく仲間の命も失う。


「ふぅ」


 走りながら、息をゆっくり吐いた。それでも、この責任は、自分から背負ったものだ。


(まぁ、なんだかんだで付き合い長いっすから)


 偶然、細かい策を練っていたシルクとアゼルの会話を聞いてしまったのが運の尽き。アゼルが一人で煌眼獣を相手に立ち回る。それに、若干シルクが難色を示していた。

 確実性を持たせるためにも、(おとり)を別のものに頼みたい。できれば、近接ではなく、煌眼獣の意識の外から一方的に攻撃できる者がほしい。


 そんなシルクの言葉に対して、アゼルはすぐにその名を言った。


――リデロとか、か。


 聞こえた瞬間、体が震えた。(うい)(じん)から自分の腕前を認めてくれ、役割を与えてくれた。そんなシルクとアゼルが、自分を頼りにしてくれている。

 物陰から飛びだして、「オレにやらせてください!」と大声をあげたもんだから、二人は目を丸くしていた。


「くす」


 こんな状況だというのに、二人の顔を思い出して笑ってしまった。体が軽くなった気がする。これなら、間に合うだろう。


 徐々に差を詰めてくる気配を背中に感じながら、リデロは駆ける。思い出した記憶に奮い立った心も、徐々に削られていく。

 曲がり角を曲がった。視界が急に開ける。そこに。


「よっ」


 右手を軽く挙げて、笑っているアゼルがいた。険しかったリデロの顔は、一気に緩んだ。足は止めずに、打ち合わせ通りにそのままアゼルの横を走り抜ける。


「よくやった。おまえのおかげで助かった」

「……あとは任せます。アゼルさん」


 通り過ぎていったリデロを(いち)(べつ)し、アゼルは顔を前に戻す。リデロのおかげで、煌眼獣を待ち構えることができる。

「あとは、俺の心次第」

 落ち着く時間が必要だった。煌眼獣は迫ってきているが、これなら十分だ。アゼルは手にしたペンダントを顔の前で握りしめる。


 一瞬だけ、目を閉じる。瞬間、いくつもの映像が(よみがえ)る。


 思い出すのは、母の背中。決して大きくは無いそれは頼もしかった。戦場という、明日もしれない場所を子連れで渡り歩いた。皆が母の力を頼り、母の刀はその期待に応えた。戦を終わらせる、その信念で彼女は駆けた。

 しかし、その強さは人の心に疑念を生んだ。今は味方してくれているが、敵となったらどうなるだろうか。信念で動く母の精神は高潔だったが、故に本物の味方も少なかった。


 だから、あの雨の日。祝勝会と称して催された席で、彼女は毒を盛られたのだ。


 彼女は数刻前まで味方だった相手に、その刃を振るった。毒が体を(むしば)み、その動きを狂わそうとも、彼女の強さは群を抜いていた。岩陰で震えていたアゼルが、音が消え雨音だけが聞こえる戦場に戻ってきた時。


 そこにあったのは、冷たく雨と血に()れた母の背中。倒れ地に伏した、彼女はその命を燃やしきっていた。


――いつか、おまえに譲る日が来る。


 そんな母の言葉を思い出し、目の前の現実を処理しきれず(ほう)けた頭で、それでもこのペンダントだけはその手から拾い上げた。

 それからはあまり覚えていない。母はおそらく、この結末を予期していたのか。アゼルは支援者の手で、シスター・ルトルのもとへと連れて行かれた。


 連れてきたとはいえ、母の(さい)()を思い出すのが嫌でペンダントはルトルに預けていた。


「よしっ」


 覚悟は決まっている。この道を、歩み続けると決めた。だから、アゼルはルトルからペンダントを返してもらったのだ。

 アゼルは目を見開いた。


「幻に遊び、夢にまどろむ者を導くために」


 握る拳に力を込める。ペンダントがアゼルの意思に応じて、青白く光り輝く。その瞬間、(あん)()を覚えた。

 もしかしたら、自分の声には応えてくれないかもしれない。そんな疑いを、アゼルはもっていた。


「我は流星となりて、混迷の闇を切り裂く」


 かつての英雄から伝えられてきた、(いにしえ)の解放の儀。ペンダントがアゼルに、それを言わせている。必要なのは、最後の一言。

 その一言を口にする、勇気だけ。伝説と、母の強さを受け継ぐ意思。そして。


(お袋、俺も背負うよ)


 彼女を襲った運命すら、飲み込めるほどの覚悟をもって、アゼルは叫んだ。


「我は『星の流剣』。星の刀よ、我に応えよ!」


 瞬間、アゼルの手から光があふれる。その光は、ようやく追いついた煌眼獣が(ひる)むほどにまばゆく周囲を照らし出す。


「さて、俺の言葉が分かるかは分からんが」


 光が収束し、アゼルの右手に握られるは青白く輝く星の刀。


 流星刀アステリオン。


 かつて、幻遊戦争で魔を相手に舞った星の聖戦士。『星の流剣』の名で知られる伝説が、ここに具現する。

「いちおう、俺とこいつでは(うい)(じん)なんで言わせてもらおう」


 アゼルは刀を握りしめる。まるで、昔から扱ってきたかのように手に吸い付いた。その構えを見て、煌眼獣は低く(うな)る。

 本能的に察しているのか、獣は憎々しい視線を刀に向けている。かつて、同族を(ほふ)った刃が目の前にある。


「俺は『星の流剣』、アゼル・ハルバート」

 母を()()して、名を名乗る。


 自身の強さで戦場を終わらせようとした母。だからこそ、どんな相手にも自分の名を名乗った。その強さを刻みつけるために。

 もしかしたら、同じ(さい)()を迎えるかもしれない。それでも構わない。この道を進むと、選んだのだから。


「この名を恐れぬなら、かかってこい!」


 アゼルはにやりと笑った。運命すら飲み込む、強い意志を胸に秘めて。

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