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天下統一の章~第五話~

いよいよ家康上洛の時がやってきた。酒井・井伊・本多・榊原ら徳川家の主力が一同うち揃って浜松城に集まった。その数は二万。大将から雑兵まで完全武装で、まるで合戦に向かうかのようだ。

「しばらく浜松城ともお別れかー。寂しくなるなー」

馬上の人となった鷹村秀康は、長らく過ごした浜松城、その天守閣を見上げて溜息を吐いた。彼女はしばらくすれば、羽柴秀吉の養子となり『羽柴秀康』と名乗るようになる。

と言っても彼女が子のいない秀吉の後継者となるわけではないだろう。彼女の姉の子である羽柴秀次や秀勝といった親類がすでに養子となっており、実質の所秀康の養子入りは人質であるわけである。

「秀吉殿の大坂城は壮大で、浜松の城とは比べ物にならないという話だよ。すぐに秀康も気に入ると思う。それに大坂城には秀吉殿に臣従した諸大名の子供たちがいるから、秀康にはいろいろ勉強をしてきてほしいな」

秀康に馬を寄せてきたのは養父の聖一。彼は今回の秀康の人質提出をいわば社会勉強に送り出すつもりでいた。羽柴家中にはいろいろな才能を持つ者が多い。その者達から何か一つでも学んできてくれればいい・・・聖一はそう願っていた。






秀康の実父は名も無いような足軽であった。鷹村隊に弓兵として属し、身分の差を気にしない聖一と親しく話す仲だったという。

しかし父は徳川家の遠江の要所・高天神城奪還戦で聖一を庇って戦死し、すでに母を失い遺された彼女を不憫に思って自らの個人的な養子に迎え入れたという経緯がある。

聖一による秀康の養子迎え入れは『彼女だけ迎え入れては同じ戦災孤児に対して不平等になる』などの反対の声があったが、幸いにも秀康は人並み外れた力持ちであり、また武芸の才能もあった。それを見出した本多忠勝や酒井忠次の勧めもあり、鷹村家に養子に迎えいれられたのである。






徳川家一行の進路にある大名家は、すでに秀吉に指令が届いていたのか二万の兵を手厚くもてなした。道々の大名たちの供応を受けながら話を聞くところによると、徳川家一行を饗応するための資金は秀吉から出されているという。

(自分の資金力を諸大名と私たちに見せつける気か・・・)

城の外、篝火が赤々と焚かれ、寛いだ様子で休んでいる兵士たちを見下ろしながら、聖一は何とも知れぬため息をついた。






大坂に到着した徳川家一行は、市民の歓迎を受けながら城下町に入っていた。家臣らはそれぞれに宿を取り、家康や聖一たちは用意された屋敷に入った。そこで待っていたのは茶色の髪をした小柄な少女であった。

「・・・藤堂高虎」

ポツリとそれだけ名乗った少女・藤堂高虎は秀吉の弟である秀長の家臣だという。ポツリポツリと語るところによると、彼女は近江国出身で元は近江浅井氏の陪臣(浅井家臣阿閉氏の家臣)であり、信長の甥の織田信澄に仕えるなどした後、羽柴秀長に仕えたという。今回、秀吉から主君の秀長に家康の屋敷を作るように命が下り、高虎が担当として建築に当たったという。

「ところで藤堂殿?少し御屋敷を見て回りましたが、少し設計図と違うところがあるようですが」

家康が予め渡されていた設計図と多少違う所があると指摘すると、コクリと肯いた。

「その設計図はダメ」

「ダメ?」

「危ない」

なんとなく高虎の言いたいことが分かった聖一は、彼女の通訳となる。

「警備上難があるから、設計図と違う屋敷を建ててくださったのですか?」

コクリと首肯し、続ける。

「家康殿の危機」

「主の失態」

「我が主家康の身に何かあれば、秀長殿の失態になると。秀吉殿の面目も潰れてしまう為ですか」

コクコクと首肯。

「・・・失礼?」

「いいえ。藤堂殿の御心遣い、この家康嬉しく思います」

ぺこりと頭を下げた家康に、高虎は深く頭を下げる。

「有難きお言葉」





―――この後、少女、藤堂与右衛門高虎と家康との間に深い信頼関係が結ばれるのだが、それはまだまだ先の話・・・






徳川一行が京に到着したその夜。湯浴みを終え、一息ついた徳川家の夫婦に客が来たと警護役を兼ねる高虎が告げた。

「やあやあ徳川殿!夜分遅くに申し訳ない!!」

気さくな様子で現れた人物に、家康も聖一も思わず我が目を疑った。

「は・・・」

「羽柴殿!?」

現れたのは、つい先日まで干戈を交えた敵軍の総大将―――羽柴秀吉であった。






「このような夜分遅くに訪れたのは、明日の徳川殿の謁見についてなんです」

秀吉は小姓を1人だけ従えて徳川屋敷に現れ、明日の謁見の打ち合わせを行った。

用意された酒を酌み交わしながら家康と打ち合わせをする秀吉に、居並ぶ徳川家臣一同は呆気にとられていた。

(この屋敷は少し前まで敵対していた徳川家の本丸に等しき場ぞ・・・)

(小姓を見てみよ。可愛そうに、震えあがっておるわ)

(この秀吉という人物、並大抵のものではないという事か)

現代日本人として豊臣秀吉を知っている聖一でさえ、実際に秀吉が敵地のど真ん中にほぼ丸腰で現れた姿に度肝を抜かれていた。

聖一の知る英雄と同じ名を持つ少女は家康との会談に一区切りつけた様子で、クルリとこちらに向き直り、人好きのする笑みを浮かべた。

「久しぶりですね、鷹村殿」

「ははっ」

聖一と秀吉は互いに援軍として何度も一緒に戦った仲である。

「この度、秀康殿をボクの養子に下さり、お礼の言葉もありません」

「まだまだ未熟者ですが、秀吉殿のもとで役に立たせていただければ幸いです」

お礼を言い終えたところで、秀吉はそうそう、と口を開いた。

「この度徳川殿の御家中にも、朝廷より官位が与えられるとの事です」

徳川家臣団に官位を与えるよう奏上したのは言うまでもなく秀吉である。これは『自分の影響力はすでに朝廷にまで及んでいる』というアピールに他ならない。






数日後、家康は大坂城に登った。

左右には先に羽柴家に臣従した大名家や羽柴家臣たち。男性の大名や女性の大名もいるが、皆々、主君秀吉の前に控える礼服を身に纏った美女に息をのんだ。

(この御仁が徳川殿・・・)

(かの織田信長が妹君と可愛がり、盟友と頼んだ唯一の人物)

(それにしても美しい)

黒色を基調とした武家の礼服である長直垂を身に纏い、美しい黒髪を後ろに流して一纏めにした美女は言うまでもなく三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の五ヶ国の太守・従三位参議徳川三河守家康である。

「三河守、大儀!」

「ははっ・・・」

秀吉の傲慢ともいえる口上と甲高い声に、家康は深く頭を下げて平伏する。その様を見た諸大名は、本当に徳川家康が羽柴家に臣従をし、秀吉による天下統一が大きく近づいたと感じた。

「三河守の家臣らは誠に忠義者が多く、勇猛果敢。先の戦いでは余は敵ながら感心しておった。徳川家が臣従した以上、徳川の家臣は余の家臣も同じ。よって先の戦いの褒美を余から与えたいと思う」

秀吉が近くに控えていた弟の秀長に視線を送り、秀長は一礼して預かっていた書状を広げて読み上げた。

内容としては家康の家臣団に官位を与えるというものだった。

酒井忠次は従四位下左衛門督(さえもんのかみ)、本多忠勝は従五位下中務大輔(なかつかさたいふ)、榊原康政は従五位下式部大輔(しきぶたいふ)、井伊直政は従五位下修理大夫(しゅりのたいふ)にと、徳川四天王を中心に数名の家臣に官位が与えられた。

家康の夫である聖一には従五位下佐渡守が与えられ、今後は『鷹村佐渡守聖一』を名乗る事になる。







「そうだ、徳川殿にも何か差し上げたいな」

家康へ家臣たちの官位授与を通達した後、秀吉はふと口を開いた。

「徳川殿のような頼もしき御方が我らの味方になったんだ。記念に余から何かをお贈りしたい」

秀吉からの言葉に、家康はふと考え込む。そこでふと、秀吉の後ろに飾ってある物が目に入った。

「ならば、その陣羽織を頂戴したいと思います」

名物の茶器か、それに類する宝物かと考えていた秀吉は意表を突かれたのか、目を丸くする。

「陣羽織?」

「はい。是非とも」

深く頭を下げて願い出る家康に、秀吉はその意図を感じ取った。

(徳川殿の願いは戦の無き世と聞く。ボクの陣羽織を所望する、という事は、ボクに戦の指揮をこれ以上させない、という意思表示か)

秀吉は微笑み、みずから陣羽織を家康の肩に掛けた。

「家康殿。これから陰に日向に、この秀吉を助けてくだされ」







「家康殿が羽柴家を滅ぼす存在か・・・」

「そうだ。常に家康には目を光らせておけ。秀吉と羽柴家が大切ならな」

大坂城の三成の屋敷にて、三成は大谷吉継と密談をしていた。

「秀吉が健在のうちは良かろう。だが、ひとたび秀吉が体調を崩せば家康は天下取りに向けて動き出す。叩き潰すときはその時だ」

「・・・何故、そんなに徳川殿を憎む?」

この白頭巾の軍師は徳川家の事になるとそのわずかに見える両の瞳を憎々しげに光らせる。

「徳川はおまけだ。俺が本当に憎いのは・・・」

弓術の名家の跡取りとして生まれた自分からすべてを奪って行ったあの男。こんな異世界に送ってやって、のたれ死ねばいいと思っていたが、まさか徳川家康に取り入ったとは思わなかった。それがまた憎らしい・・・!

だが、決着をつけるのはまだ先だ。『あの戦い』を起こさせるために、さっさと秀吉に天下統一をしてもらわなければ・・・



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