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天下統一の章~第二話~

この世界における姫武将の結婚は、比較的自由である。彼女らは普通の姫の様に政争の具として扱われることはほとんどなく、自分で結婚相手を決めることが出来る。恋愛結婚が多いのである。

しかし多くの姫武将は『自分より弱い男には興味がない』という意見の持ち主で、かなり遅くまで独身でいる者も多い。特に嫡子はそれでは困るため、年が近い有望な男子を娶せる事になる。その例で有名なのは武田信玄である。彼女は『()き遅れ』と呼ばれる年齢ギリギリまで独身だった。しかし彼女は先代武田信虎の唯一の子であったため、家臣団から『跡継ぎを』と懇願されたため従兄で一門衆筆頭の武田信繁と結婚し、一子勝頼を儲けている。

一方で何らかの理由で生涯独身を貫き、結婚しない者もいる。越後の上杉謙信がその代表例で、彼女は異性よりも同性の美少女を愛していた為、異性と結婚する気がさらさらなかったようで、早々に姪である景勝や北条家との同盟の証として迎えた北条三郎(のちの上杉景虎)を養子にしている。

しかし基本的には養子よりも実子の方が家督相続などで揉める事が少なく、上杉謙信の死後、養子の景勝と景虎が争う『御館の乱』が起こり、最終的には血の繋がりがある景勝が勝利したものの、現在も越後は御館の乱に端を発す新発田重家の反乱鎮圧に今も手間取っている。こういった経緯もあり、家康は本多家と井伊家の後々の混乱を防ぐために忠勝と直政に婿を取るよう命じたのだ。








「―――というわけで、何か知恵を寄越せ」

「そう言われてもなぁ・・・」

「お前は殿の軍師だろう!それぐらい考えろ!」

浜松城内の聖一の私室に、二人の客が訪れていた。先日、主君から婿取りを命じられた本多忠勝と井伊直政である。

「井伊家にも忠勝の本多家にも跡継ぎが必要なのも事実。私に婿が必要で、子を産む必要があるのも重々わかってはいる。だが、私たちと釣り合うような同世代の男がいないのも事実なのだ」

(というより、2人と釣り合うくらいの人がそこらに転がっているとも思えないけど・・・)

何しろ目の前の二人は天下に名だたる猛将たちなのだ。彼女らと釣り合うような男が何人もいれば、徳川家はとっくに天下を統一している。

先日の羽柴秀吉との戦が終わり、徳川家は転換期を迎えている。徳川家の軍事機密を知り尽くす岡崎城代石川数正が出奔した影響を受け、岡崎城の内装を変えたり、軍制をそれまでの三河流から武田信玄が用いた甲州流に転換するなどの改革を行っている。数正の出奔に伴う軍事機密の流出を無効のものにするため、近々家康は居城を浜松から新しく築城した駿府に移すことを計画している。

秀吉との戦いも一息つき、大きな戦もない今、結婚適齢期の女性の重臣の中で未婚の二人にわざと一年という期間を設けて婿探しを命じたのだろう。

「ふーむ。私たちの身分からすれば、市井の男どもも困るだろうし、かといって同じ年頃の家臣団の男で眼鏡に適う者もいないし・・・」

さてさてどうしたものか、と三人が頭を寄せて考え込む。『三人寄れば文殊の知恵』とは言うが、そううまく知恵が浮かぶものではない。






「父上様、失礼いたします―――忠勝?直政までいるなんて珍しいわね」

救いの手が現れたのは、二人がそろそろ聖一のもとを辞そうとしていた時だった。聖一と家康の間に生まれた嫡子松姫がやってきたのである。

「実は・・・」

聖一が簡単に彼女らが来ている事情を説明すると、松姫は不思議そうな顔をして口を開いた。

「忠勝も直政も何を悩んでいるの?二人に肩を並べられ、年も近い殿方ならいるじゃない」

「えっ!?」

「た、松姫様、そのような者がいるのですか!?」

忠勝も、そして普段は冷静沈着な直政も驚いて思わず松姫に詰め寄る。聖一も我が娘の言う『殿方』に覚えがなかった。

「松姫、その『殿方』って誰の事だい?」

父から問われた松姫は、ピッと人差し指を伸ばした。今まさに自分に問うた人に向かって。

「決まっております。父上の事です」

『・・・・・・・・・はぁっ!?』






場が凍りつくというのはこの事だろうか。直政はその視線に捉えた者を凍らせるような冷たい視線を聖一に突き刺し続け、忠勝は顔を真っ赤にしてパクパクと声にならない声を挙げている。

(鷹村・・・貴様、姫様になにを吹き込んだ)

(違う違う!二人の婚姻の話だって今聞いたばっかりなのに、知るわけないでしょ!)

(どうだか。貴様は夜な夜な殿とふしだらな行為をする淫獣だ。殿だけに飽き足らず、我らを貴様の毒牙に掛けようと・・・)

(違うって!直政の中で私ってどれだけ悪者なの!?)

声に出さないまま成立させる直政と聖一の心温まる会話を察することなく、松姫は続ける。

「だって、二人と歳が近くて、身分も高くて、戦功を挙げている男の人って、父上ぐらいしかいないじゃない」

「しししししししししかし姫様、お父上は殿の夫なのですぞ!?」

何やら動揺しているのか、どもりながら忠勝が松姫に意見するが、彼女はそれに対して「だから?」とだけ告げた。

「家臣が主君の夫になる例は、母上はもちろんだけどいっぱいあるし。東山殿(足利義政)だって、正室の日野勝富(かつとみ)の他に細川勝元(ほそかわかつもと)たちが愛人にいたけど、愛人たちは普通に妻がいたでしょう?母上を東山殿、父上を細川勝元と考えれば別に前代未聞ってわけでもないじゃない」

「ま・・・まぁ、確かに過去にも事例がないわけではないですが・・・」

「それに母上も『既婚の男性は不可』なんて言ってないでしょ?それなら問題ないじゃない。直政と忠勝が父上と婚儀を挙げて、跡継ぎを生んでも」

「む・・・むぅ、確かにこのまま当てもなく探すよりも、すでに武功を挙げている鷹村との子を産んで、井伊家を繁栄させる事も当主としての務め・・・」

「じゃあ決まりね。忠勝も異論はない?」

「・・・・(コクコク)」

「それじゃあ、二人とも。母上に報告して、お互い婚儀の日取りを決めてからまた報告をして頂戴」

松姫はそう言い残すと、足早に部屋を去った。






「勘違いするなよ」

直政は白磁のような白い頬を僅かに赤らめて、聖一に言い捨てた。

「私は井伊家の子孫繁栄の為に貴様に嫁ぐのだ。相手がいなかっただけであって、断じて貴様を気に入っているわけではないぞ。どこぞの馬の骨よりましだから嫁ぐのだ」

「あはは・・・急な展開だったけど、これから宜しくお願いします」

足早に去っていく直政と対照的に、忠勝は未だに放心状態で座り込んでいた。

「えーと・・・忠勝?」

聖一が見かねて声をかけると、彼女はハッと正気を取り戻した様子で姿勢を正した。

「そ、その・・・だな」

「うん」

「私は、殿の様に可愛らしくもなく、戦に明け暮れた生活を送ってきた武骨な女だ。妻としての心得なんて、学んだこともない。も、もちろんこれから学んでいくつもりだが―――んぅ?」

あわあわと意味が通じないながらも懸命に言葉を紡ぐ忠勝の口を優しく制した聖一は、ゆっくりと言葉をかけた。

「忠勝が何でも一生懸命なのは私も知っているし、そんなところが忠勝の魅力的なところじゃない。誰にでも得手不得手はあるし、ゆっくりいろいろと学んでいこうよ」

「う、うむ!これから末永く宜しくお願いします!」

忠勝もまた、慌ただしくパタパタと駆け去っていく。彼女の姿が見えなくなってから、聖一はふと、気が付いた事をポツリと呟いた。

「・・・そういえば、松は何の用だったんだ?」






「そう。直政も忠勝も聖一さんと結婚することになるのね」

「はい。二人ともなかなか素直じゃないですから、ここまで父上に想いを打ち明けられずにいましたけど、いい機会になったんじゃないでしょうか」

「井伊家と本多家もこれで安泰ね。両家の家臣団もさぞ喜んでいるでしょう。それにしてもよくやってくれたわ、松。にぶちんの聖一さんからこんなこと、口が裂けても言えないでしょうから・・・」

浜松城の城主の私室で、そんな会話をする母子がいたとか・・・・


日野勝富ひの・かつとみ

ほぼオリジナルの人物。モデルは室町幕府八代将軍足利義政の正室・日野富子(ひのとみこ)。夫の足利義政と性別を入れ替えてみました。名前は義政の兄で七代将軍の足利義勝(あしかがよしかつ)から『勝』の字と『富子』の『富』の字を合わせて。ちなみに史実での彼女の兄の名前は日野勝光(ひのかつみつ)。この作品では兄弟そろって足利義勝から一字をもらったという設定で。


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