第93話 生と死の揺り籠
崩れた柱と、ひび割れた床が広がる広間。
その奥から、ゴーレムの群れが横一列に並び、重々しい足音を響かせながら迫ってくる。
まるで石の壁そのもののような隊列へ、カイとライルが同時に駆け出した。
二人の頭上を追い越すように、リサの投斧が鋭く唸る。
回転する斧は二体のゴーレムの胸部へ深々と突き刺さり、その一点から亀裂が広がった。
直後、亀裂の奥でエレナの魔力が渦を巻く。
白い冷気が噴き上がり、裂け目を内側から押し広げ、ゴーレムの巨体を砕きながら凍結させた。
両脇を氷漬けにされ、孤立した一体へカイが突っ込む。
振り下ろされた石の拳を大盾で逸らし、そのまま中央に据えられた半球状の突起を、破城槌のように叩きつけた。
重い衝撃が響く。
ゴーレムの全身に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、巨体がぐらりと揺れた。
カイは止まらない。
さらに踏み込み、渾身の盾撃で完全に粉砕すると、そのまま敵列を突き抜け、背後へ回り込んだ。
その隙を逃さず、ライルが剣閃を奔らせる。
次々とゴーレムの脚が斬り飛ばされ、巨体が連鎖するように崩れていった。
前後をカイとライルに挟まれ、ゴーレムの隊列は大きく乱れる。
ライルは包囲されないよう絶えず位置を変えながら敵を削り、カイは包囲そのものを力ずくで突破していく。
そこへさらに、リサの投斧とエレナの氷魔法が追撃のように叩き込まれた。
ライルに膝下を断たれたゴーレムが、砕けた自らの脚を掴み、そのまま投げつける。
背後から迫る風切り音に反応し、ライルは咄嗟に横へ飛んだ。
だが、完全には避け切れず、石塊が肩を砕く。
僕は即座に『ヒール』を飛ばした。
淡い光がライルを包むのと同時に、リサの投斧が空を裂く。
斧は脚を切られたゴーレムにとどめを刺し、その巨体を崩れ落とした。
やがて、広間から戦いの音が消える。
残されたのは、砕け散った瓦礫の山だけだった。
「ふう。だいぶ良くなってきたんじゃねぇか?」
肩に剣を担ぎながら、ライルが満足げに笑う。
「最後に油断しなければ、ほぼ完璧だったわね」
砕けたゴーレムを見下ろしながら、エレナが言った。
「まあな。反省は飯食いながらにしようぜ。とりあえず魔石回収だ」
ライルはそう言って、転がった瓦礫へ歩き出した。
魔石を集め終わった僕らは、安全地帯の踊り場に設けられた、『砕石の宴』の簡易食堂に向う。
「おっちゃん、飯くれ」
カウンター席に腰を下ろしたライルが、集めたゴーレムの魔石を転がす。
「おう、待ってろ」
店主のバルザックは、大鍋から湯気の立つスープをよそい、パンと一緒にカウンターに並べた。
「今日はオークの煮込みだ。——お前ら、調子はどうだ?」
「オークだ!やった!」
リサがぱっと顔を輝かせ、待ちきれない様子でスープに口をつける。
「あと一押しって感じだな」
ライルはパンをスープに浸しながら答えた。
「へへ、俺はお前らが突破する方に賭けてるんだ。しっかり頼むぜ」
少し離れたテーブルから、別の冒険者の声が飛ぶ。
椅子の軋む音と一緒に、笑い混じりの野次が混ざった。
「賭けの対象になってんのかよ、俺たち」
ライルが呆れた様に振り返る。
「当然だろ。久々の挑戦者だからな」
バルザックが豪快に笑った。
「もうすぐ満月だ。それまでには仕上げるぜ」
ライルがスープを飲み干して、不敵に口元を吊り上げる。
「おう。ここの味が忘れられなきゃいつでも来ていいからな」
バルザックは空いた器を回収しながら、ぶっきらぼうに言った。
「ごちそうさん。それじゃ、もうひと踏ん張りしてくるわ」
ライルが椅子を引き、立ち上がる。
僕たちもそれに続いて、席を立った。
午後の周回を終え、宿に戻った。
装備を外し、椅子にだらしなく腰を沈めたライルが、ふと思い出したように口を開く。
「そういや、クラン作るって話、どうなってんだ?」
「銀鼠との調整は上手くいってます。後は日程を合わせて治療に行くだけですね」
僕が答えると、ライルは身を乗り出した。
「おお、じゃあ次はアレだな。クラン名!かっこいいやつ考えねぇと!」
目を輝かせるライルに、エレナが呆れたように肩をすくめる。
「あんたのかっこいいは大体ずれてるのよ。リサ、何か案ある?」
「えっとね……『すいすいラビッツ』!」
リサが元気よく手を挙げた。
「ダンジョンを、うさぎみたいにすいすい進む感じ!」
「……エレナより壊滅的なセンスじゃねぇか」
ライルが額を押さえる。
「なによ。私はまともでしょ?」
「じゃあ、お前も案出してみろよ」
「そうね――『深層攻略団』で決まりね」
エレナは胸を張った。
「これから深層を目指すんだから、ぴったりじゃない」
「はぁ……パーティー名の頃から、なんにも進歩してねぇ……」
ライルが深々とため息をつく。
エレナの頬がみるみる赤くなった。
「そういうあんただって、大差ないでしょ!」
「俺のは違う。もっとこう、圧倒的な強者感がある」
ライルはニヤリと笑い、勿体ぶるように指を立てる。
「その名も――『金剛の剛剣』!』」
「やっぱクラン名ってのは、これくらい強そうじゃねぇとな!」
エレナがじとりとした目を向ける。
「あんたのセンスだって、あの頃から変わってないじゃない」
「えー、『すいすいラビッツ』かわいいのに」
リサは不満げに頬を膨らませた。
「……金剛不壊」
カイもぼそりと呟く。
「あーもう、収拾つかねぇ。ノア、お前決めてくれ」
ライルに促され、僕は少しだけ考えてから口を開いた。
「――『薄明の揺籃』、というのはどうでしょう」
「は、薄明の……ようらん?」
ライルが首を傾げる。
「バカね。揺籃は揺り籠って意味よ。転じて、物事の始まりや発祥って意味でも使うわ」
エレナが呆れ顔で補足した。
「へぇ……なんか、一気にそれっぽいな」
ライルが感心したようにうなずく。
「これから昇る光を、優しく育てる場所――そんな意味を込めました」
一瞬、部屋が静かになる。
けれど次の瞬間。
「おおー!なんかめちゃくちゃ格好いい!」
「雰囲気はいいわね」
「私は好き!」
口々に感想を言い合う三人を見ながら、僕はそっと息を吐いた。
薄明とは生と死の境界。
深層へ進めば進むほど、僕の生命魔法なしでは生存できなくなる。
誰かが傷つけば、皆は自然と僕を頼る。
だから最初から、刷り込んでおく。
ここは帰る場所だと。
僕に命を預ける場所なのだと。
一度、揺り籠に身を沈めればいい。
傷を預け、生を委ねることに慣れてしまえば、もう外では生きられなくなる。
僕の作るクランとは、そういうものだ。




