第73話 決闘
ギルド脇の石造りのアーチをくぐり、中庭へ出る。
視界が開けた瞬間、むっとした熱気と喧騒が押し寄せてきた。
中庭は、探索を終えて戻ってきた冒険者たちでごった返している。
鎧の軋む音、戦利品を広げる音、報告を急かす声。
あちこちで疲労と高揚が入り混じり、場全体がざらついた熱を帯びている。
その空気が、僕たちの登場でわずかに揺らぐ。
「おう!場所空けろ!」
どこかの冒険者が、面白がるように声を張り上げた。
「若けぇのが決闘すんぞ!」
一瞬の静寂。
次の瞬間——ざわめきが爆ぜる。
人の流れがざざっと割れ、円を描くように空間が空いていく。
押し合いながらも、誰もが一歩引いて、見物の位置を確保しようとする。
「あれ、栄光の翼か?新人の中じゃ今回トップだろ」
腕を組んだ男が、興味深そうに目を細める。
「でも強いのか?金に飽かせて強引に攻略してんじゃねぇか?」
別の男が鼻を鳴らす。
疑いと嫉妬が混じった声音だ。
「相手は誰だ?……って、まだガキじゃねぇか」
視線が、こちらに突き刺さる。
値踏みするような、遠慮のない視線。
ざわめきは次第に形を持ち——
期待と野次が入り混じった、独特の熱へと変わっていった。
「さあ、そっちは誰を出す?」
栄光の翼のリーダーが一歩踏み出し、剣を抜く。
刃が夕陽を受けて、鈍く赤く光った。
切っ先が、まっすぐこちらを指す。
僕は目を細める。
『鑑定』
【名 前】ヨアヒム・フォン・ベルンシュタイン
【位 階】Ⅱ
【魔 力】D
【スキル】剣術
——大した事はない。
だが同時に、違和感を拭えなかった。
あの余裕。あの態度。本当にこの程度か?
視線を、剣へ向ける。
【名 称】傲慢な重圧
【等 級】希少
【効 能】魔力を消費し、周囲の敵に高重力を発生させる魔剣
——やはり、あれか。
「よし、俺が——」
ライルが前に出ようとする。
その肩を掴んだ。
「いえ、ここはリサが適任です」
「え!?あたし?」
振り向いたリサの目が丸くなる。
だが、その奥にある光は消えていない。
「わかった!戦っていいなら負けないよ!」
迷いは、一瞬だった。
「あの剣、魔剣です」
僕は短く告げる。
「体が重くなると思うので、気をつけてください」
説明は、それだけで十分だ。
「うん、わかった。見ててね」
リサは頷き、背負子を下ろす。
革紐が軋み、石畳に鈍い音が響いた。
腰から手投げ斧を抜き、両手に構える。
「あたしが相手だよ!」
斧を突きつける。
「ふん、荷物持ちの奴隷風情が!後悔するなよ!」
栄光の翼のリーダー——ヨアヒムが嗤う。
だがその目は、油断なく細められていた。
そして——
剣を、振り下ろし、リサに向ける。
剣先から魔力が溢れる。
次の瞬間、空気が沈んだ。
「跪け!」
ヨアヒムの口元が、ゆっくりと歪む。
勝利を確信した者の、余裕の笑み。
視線はすでに、膝をつく瞬間を待っている。
「……あれ?」
リサが、きょとんと目を瞬かせた。
その場で、軽く足踏みする。
どん、と石を鳴らす音。
もう一度。
今度は少し強く、踏みしめる。
体の重さを、確かめるように。
地面が、揺れる。
「……ちょっと重い、かな?」
首をかしげる。
その様子に、ヨアヒムの笑みがわずかに引きつった。
「……動けるはずはない」
低く、押し殺した声。
剣にかけた手にわずかに力がこもる。
「ハッタリだ。……そうだろ?」
言い聞かせるように吐き捨てる。
次の瞬間——
ヨアヒムが踏み込んだ。
石畳を砕くような一歩。
重圧をさらに強めながら、一直線に距離を詰める。
速い。
だが——単調だ。
振り下ろし。
重さを乗せた一撃が、リサへ。
鈍い衝撃音。
——止まった。
リサが、片手の斧で受けていた。
無造作に。
まるで、軽い枝でも払うように。
火花が散る。
だが、体勢は微動だにしない。
「……は?」
ヨアヒムの口から、間の抜けた声が漏れる。
押し潰すはずの一撃。
重力ごと叩きつけたはずの剣が——
止められている。
それも、あまりにもあっさりと。
「えいっ」
リサの軽い掛け声。
剣ごと弾かれた。
ヨアヒムの体が浮き、石畳に叩きつけられる。
無様に尻餅をついた。
「なっ——」
声にならない声。
リサの腕が交差する。
しなやかに無駄なく振り抜かれた。
風を裂く音。
両手から放たれた斧が、ヨアヒムの首の左右へ突き刺さる。
石畳に深々と食い込み、逃げ場を塞ぐ。
クロスした柄がその体を地面に縫い止めた。
完全な詰み。
ヨアヒムの喉がひくりと鳴る。
リサは何事もなかったかのように腰へ手をやり、
新たな投斧を二本取り出した。
くるりと指で回し両手に収める。
一歩、前へ。
影が、ヨアヒムにかかる。
「まだやる?」
一瞬の静寂。
そして——
「おおおおおおおっ!!」
爆発したような歓声が、中庭を揺らした。
ざわめきは悲鳴のように膨れ、怒号と興奮が入り混じる。
誰かが笑い、誰かが叫び、誰かが拍手を始める。
勝敗は、もう明白だった。
「くっ……!俺の負けだ……」
ヨアヒムが歯噛みする。
「勝ったよ!」
リサが振り返って、ぴょんと跳ねた。
その無邪気さに、さらに一段ざわめきが大きくなる。
中庭のあちこちから笑い声と口笛、そして割れるような拍手が響いた。
ヨアヒムたちは人垣を押し分けるようにして、その場を離れていく。
「約束、忘れんなよ」
その背中に飛んだライルの声だけが、やけに鮮明に残った。




