第66話 採取効率
石造りの広間は、湿った獣臭と黄色い眼で満ちていた。
その広さなんて感じられないほどゴブリンで埋め尽くされていた。
「おいおい、やっとダンジョンらしくなって来たじゃねえか」
ライルが肩を回す。
関節が鳴る音に混じって、獰猛な笑みが浮かんだ。
「支援します」
僕は『エンハンス』を発動する。
魔力がライルとカイの身体を包み、二人の足元で砂埃が弾けた。
同時に、カイが地を蹴る。
巨大な盾が真正面からゴブリンの群れへ叩き込まれた。
中央の鋼の塊が胸骨を砕き、先頭の数体をまとめて吹き飛ばす。
骨の潰れる鈍音。
押し潰されたゴブリンが後続を巻き込み、壁へ激突した。
カイがこじ開けた空間へ、ライルが滑り込む。
バスタードソードが弧を描いた。
一拍遅れて、緑色の首が宙を舞う。
血飛沫が弧を描き、石床へ赤黒く散った。
『アイスバインド』
エレナの声が響いき、冷気が床を走る。
白い霜がゴブリンたちの足元で一斉に花開き、氷柱が競り上がった。
逃げようとした足が凍りつく。
転倒した一体の上へ、後ろのゴブリンたちが雪崩れ込んだ。
喚き声が重なる。
僕はその群れへ踏み込む。
棍が頬骨を砕き、返す一撃で喉を潰す。
氷に縫い留められたゴブリンたちは抵抗すらできず、次々と崩れ落ちていった。
最後の一体が沈黙した頃には、広間には荒い息遣いだけが残っていた。
「戦うより、魔石拾う方が面倒そうだな」
ライルが死体の山を見下ろしてぼやく。
その隣で、カイは無言のまま短剣を突き立てていた。
胸を裂き、魔石を抜き取り、次へ。
流れ作業みたいな手際だった。
魔石袋が、ずしりと重くなる。
次の広間へ向かう通路にも、遠くから甲高い喚き声が響いていた。
第九層では索敵なんて必要ない。
歩けばすぐ次の群れにぶつかる。
「これだけ湧いてるのに、他の冒険者を全然見ねえな」
ライルが通路を見回しながらつぶやく。
「新人には少し厳しいのかもしれないわね。この数は」
エレナが血痕を避けながら肩をすくめた。
「ここまで来るだけでも時間がかかりますから。往復まで考えると効率は悪いでしょう」
二人が納得したようにうなずく。
「この部屋を片付けたら、一度戻りましょう。荷物も限界です」
そう言って、僕は次の広間へ続くアーチをくぐった。
◇
広間のゴブリンをすべて片付け、魔石の回収を終えた。
そんな僕らを待っていたのは、上へと続く長い螺旋階段だった。
「魔物狩り放題なのはいいけど、この階段だけは勘弁してほしいぜ……」
ライルが露骨に顔をしかめる。
「移動時間込みなら、もっと浅い階層の方が効率的かもしれませんね」
僕は階段を登りながら考える。
次の満月までに一番効率の良い階層をを見極める必要がある。
明日以降の計画を練りながら足早に階段を登る。
その時だった。
ドサリ、と重い音が響く。
「何をやっている!荷物運びも満足にできないのか!」
怒鳴り声に顔を上げる。
質のいい鎧を着た若い男が、倒れたポーターを乱暴に蹴りつけていた。
蹴られた男は痩せ細り、首には鉄の首輪。
擦り切れた服の隙間から紫色の痣が覗いている。
男の仲間たちは止めるどころか、面白そうに眺めていた。
「ちっ、もういい。おい、これはお前が持て!」
吐き捨てるように言って、男は荷物をもう一人の奴隷——赤髪の少女へ押しつける。
少女は何も言わず受け止めた。
積み上がった荷が肩へ乗る。
それでも膝は折れなかった。
細い腕で、まるで空箱でも抱えるみたいに担ぎ直す。
「ふん。行くぞ」
男は鼻を鳴らすと倒れた奴隷には目もくれず歩き去った。
「なんだあれ。……胸糞わりーな」
ライルが吐き捨てるようにつぶいた。
「同感ね。あんな大荷物を女の子に押し付けるなんて」
エレナもまた冷ややかな視線を向けながら同意した。
僕は遠ざかってゆく赤髪の少女の背中にそっと視線を定め『鑑定』を発動した。
【名 前】リサ
【位 階】Ⅱ
【魔 力】D
【スキル】怪力 身体強化 投擲
——やはりリサか。
煤けた赤髪。
痩せた横顔。
それでも面影は残っていた。
幼馴染のリサだ。
位階Ⅱ。
少なくとも、冒険者として生き残れる程度には場数を踏んでいる。
登録料の返済か。
依頼失敗の違約金か。
どちらにせよ、払えなかったのだろう。
「ノア?どうした、急に黙り込んで」
ライルが怪訝そうな声を向けた。
「いえ」
僕は赤髪の背中から視線を外さず答えた。
「魔石回収の効率を上げる方法を思いついただけです」
天逆塔を出ると、広場は夕陽で赤く染まっていた。
ダンジョン帰りの冒険者たちが、疲れた足取りでギルドへ流れ込んでいく。
「僕はギルドで情報収集してくるので、先に帰っていてください」
僕はライルに魔石の詰まった袋を渡した。
「おう。あんまり遅くなるなよ」
ライルは片手を振って宿へ向かった。
僕はギルドの窓口で銀貨を払って資料室へ向かう。
魔導灯の青白い光が、本棚をずらりと照らしている。
古紙とインクの匂い。
支部とは比べ物にならない蔵書量だった。
——流石は本部の資料室だ。
今から全部の資料に目を通すのは難しそうだ。
僕はダンジョンに関するのもに絞って資料を開き、『果て無き記憶』へ写し取っていく。
階層ごとの魔物分布。
希少魔導具の発見記録。
さらにはダンジョンに関する規則や法律まで。
ページをめくる音だけが静かに続いた。
宿へ戻ると、ライルがすぐに身を乗り出してくる。
「で、さっき言ってた魔石回収の効率を上げる方法って?」
「僕たちも専属ポーターを入れましょう」
僕は椅子へ腰掛けながら答えた。
「候補は決まっています。さっきの赤髪の奴隷――リサです。僕の幼馴染ですよ」
「……幼馴染?」
黙ってやり取りを聞いていたエレナが、形の良い眉をピクリと動かした。
「で、その幼馴染を仲間に入れることがどう効率に繋がるの?」
わずかに刺のある物言いに、僕は表情一つ変えずに応じた。
「彼女は怪力スキル持ちです。それに僕の『エンハンス』への適性も高い。さっき見た何倍も荷物を持てるはずです」
「ポーターなら、あの子じゃなくても……」
エレナがそう言いかけて止まる。
首元のペンダントが、ふっと紫色に脈打つ。
淡い光が一瞬だけ強まり、彼女の表情から刺々しさが抜け落ちていった。
エレナは目を伏せる。
「……そうね」
吐き出した息は、さっきよりずっと柔らかかった。
「私たちも、ノアに会わなければ似たようなものだったかもしれないものね」
指先が無意識にペンダントへ触れる。
紫の光はもう薄れ、何事もなかったように静まっていた。
そして彼女は顔を上げる。
「いいわ。でもどうやって仲間にするつもり?」




