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生命魔法使いに転生したので、聖者の皮を被って気ままに生きようと思います  作者: aramakid
冒険者編

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第64話 天逆塔

 川面は、傾きかけた陽の光を受けて、鈍く黄金色に揺れていた。

 昼の名残の熱を川を渡る風が静かにさらっていく。


 やがて、川の先に影が浮かび上がる。

 最初はただの濃い影に見えたそれは、次第に輪郭を帯び、石造りの塔や石壁の線を露わにしていく。

 夕陽を背にした街は黒く切り抜かれたように空に浮かび、その縁だけが燃えるように赤く染まっていた。


「見えてきたな」


 船頭の声は、どこか安堵を含んでいた。


「……やっと着いたな。長かったぜ、マジでよ」


 ライルが船の縁を強く掴み、凝り固まった身体を大きく反らせた。


「同感ね。……身体中が川の湿気でベタベタするわ。早く街へ行きたいわ」


 エレナが不快そうに服を整えながら、そびえ立つ外壁を仰ぎ見る。

 カイも無言のまま、ようやく大盾を背負い直し、上陸の準備を整えていた。


 やがて船は、ディヌヴリア川から分岐した支流が網の目のように広がる水路へと滑り込む。

 それまでの静けさは、水路に入った途端に途切れた。

 川岸には無数の平底船がひしめき、貿易の利権に群がる商人たちの怒号が、水面に弾かれてあたりに響いている。


 船が接岸し、僕らはついに、自らの足でアルブスヴォルトの大地を踏みしめた。


「おおー。まだ地面が揺れてる感じがする」


 ライルが覚束ない足どりで桟橋に降り立つ。


 街へ通じる門は、冒険者証を見せるだけであっさりと通れた。積荷の検査を受けている商人たちの列を横目に、僕らはそのまま門をくぐる。


 目の前に伸びる大通りは、冒険者や商人でひしめき合っているはずなのに、それを感じさせないほど広々としていた。


 夕暮れだというのに、妙に明るい。


 見上げると、一定の間隔で灯りが吊るされている。まだ日が落ちきる前だというのに、それらはすでに淡い光を放っていた。炎の揺らぎではない。もっと安定した、どこか冷たい光だ。


「街灯に魔道具を使ってるんですね」


 さすが、魔道具の産地といったところか。


「これは、宿にも期待が持てそうね」


 エレナが、吊るされた灯りを見上げたまま、わずかに口元を緩める。

 その隣で、ライルは早くも商店の並びに目を奪われている。


「ちょっと見てくる――」


「ダメ。先に宿を確保するのが優先よ」


 言い終えるより早く、エレナの手がライルの襟を軽く引いた。


「……まだ何もしてないんだけど」


「しそうだったから止めたの」


 きっぱりと言い切るその様子に、僕は苦笑する。


 そのまま大通りを進んでいくと、やがて街の中心にある広場に出た。


 片側には、ドラゴンの首と金貨を載せた天秤の紋章を掲げたひときわ大きな建物――冒険者ギルドの本部が威容を誇っている。


 そして、その向かい広場の中央に鎮座する主役。


 ——天逆塔。


 それは建物というよりひとつの地形のようだった。


 その規模は、ひと目ではとても把握しきれない。

 広場いっぱいに広がるその姿は、街の一区画を丸ごと呑み込んでしまったかのようだ。


 広場の中央に鎮座する天逆塔を前にして、ライルは足を止めた。


「……でか」


 思わず漏れた声が、それ以上続かない。


 塔、というには横に広すぎる。視線を上げても、左右に振っても、端がどこにあるのか掴めなかった。


「これが天逆塔……」


 エレナも、言葉を失ったようにその姿を見渡す。


「ちょっとだけ、中も見ていこうぜ」


 言うが早いか、ライルは入口へと駆け出す。


「……ちょっと。今日は見るだけよ」


 エレナが慌ててその背を追う。

 僕とカイもその後に続いた。


 見上げるほど巨大な扉の両脇には門番のように天使像が並んでいる。


 開け放たれた扉をくぐった瞬間、視界が一気に広がった。


 円形の広間だった。


 果ては白く霞み、輪郭が曖昧に溶けている。天井は高く、白い光に満ちている。

 どこからともなく満ちる白光が空間を均一に照らしていた。


 左手には、外壁に沿って緩やかな弧を描く大階段があった。石段はそのまま地下へ沈み込んでいる。


 一面の床には、巨大な紋様が刻み込まれていた。

 幾重もの円環と直線が複雑に組み合わさり、脈打つように淡く明滅している。


 その一角で、光に包まれた人影がふっと掻き消えた。

 かと思えば、少し離れた別の紋様の上に、何もない空間から人が現れる。


「……は?」


 ライルが思わず声を漏らす。


 同じことが、あちこちで繰り返されていた。人が消え、人が現れる。騒がしさはないのに、光景だけが現実離れしている。


「転移魔法陣ですね。条件を満たせば任意の階層と行き来出来るようです」


 床の紋様を見下ろしながら、僕は言った。


「へぇ。便利なものね」


 エレナが素直に感心する。


「その条件って何なんだ?」


 ライルが眉をひそめた。


「十層ごとにいるボスを倒すこと、だそうです」


 僕は『果てなき記録』に写し取った資料を見ながら答える。


「なら、まずは十層のボスが目標だな」


「ええ。ただ――それほど単純でもありません」


「……どういうことだ?」


 ライルが足を止める。


「ボスは、倒されると次の満月まで復活しません」


「は?」


「そのため、挑戦できるパーティーは制限されています。ギルドが管理しているそうです」


「勝手に戦ったら駄目ってことか?」


「ええ。満月までの間に、そのボス階層までの層の魔石を最も多く納めたパーティーに、挑戦権が与えられます」


 一瞬、沈黙が落ちた。


「……じゃあ何?最低でも一ヶ月、雑魚を狩り続けろってこと?」


 エレナが呆れたように言う。


「そうなります。しかも他のパーティーより多くの魔石を集められなければなりません」


 ギルドの仕組みは、よくできている。


 ボスの挑戦権を餌に、パーティー同士を競わせることで、魔石の回収量を底上げしているのだ。

 転移できるかどうかで、攻略効率は段違いになる。階層が深くなるほど、その差は致命的だ。

 ならば当然、競争は激しくなる。


 数ヶ月分の魔石を溜め込み、一度に納める者。クランで集めた分を、ひとつのパーティーに集中させる者。


 やり方はいくらでもある。


 単純な戦闘力だけでは足りない。情報、根回し、タイミング――そういったものまで問われる。


 つまりこれは、ただの攻略ではない。


 奪い合いだ。


 ――面白い。


「はぁ……なんか面倒くせぇな。とりあえず今日は、宿でも探そうぜ」


 ライルが肩をすくめる。


「賛成ね」


 エレナがうなずく。


 僕たちは、何も言わずに歩き出したカイと一緒に塔を出た。


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