第37話 討伐依頼
昼どきの静かな時間帯、大きなボードに依頼票が並んでいる。
その中からライルが一枚を勢いよく剥がした。
――ホーンラビット討伐。
最も基本的で、最も多くの新人がつまずく依頼。
四人で受付へ向かう。
「四人で受けるんだな。一匹で一人分の依頼達成と数えるから注意するように。それから、肉や皮が傷んでいたら、満額にはならんぞ」
職員は、淡々と告げると、依頼票に判を押して返した。
登録証を見せて城門を通過すると、陽の高くなった街道を四人で進む。
街道の左手には川が穏やかに流れ、右手には草原が広がる。
その先は険しい山脈に遮られている。
「いつもは、どうやっているんですか?」
街が小さくなってきた頃、僕は尋ねた。
「カイに囮になってもらって、街道におびき寄せて倒そうとしてるの。素早くて私の魔法はなかなか当たらないし——」
エレナが眉を寄せれば、ライルも口を尖らせて続ける。
「アイツらちょっと傷を負わせたら、すぐに草むらに逃げやがるんだよ」
「ノアは何ができるんだ?」
こちらを振り返ってライルが尋ねた。
「僕はこの杖で戦います。あと、索敵もできます」
「索敵!まさに俺たちのパーティーが求めていたメンバーじゃないか!」
ライルは目を輝かせて勢いよく僕の手を取った。
「もう。調子いいんだから」
エレナはその様子を見て苦笑した。
「ちょっと、やってみますね」
僕はそう言って、細く伸ばした魔力を左右に振りながら草原の奥へと伸ばしてゆく。
——いた。
僕の魔力に触れた三匹のホーンラビットがこちらに向かってくる。
「三匹来ます!」
声を張ると同時に戦闘態勢を取る。
先頭にカイ。
木の大盾を構え、腰を落とす。
その斜め後ろにライルとエレナ。
ライルは片手剣を低く構え、いつでも踏み込めるよう重心を前に。
エレナは右手に魔力を集め、冷気が指先に白く滲む。
僕はさらに一歩引き、全体を見渡せる位置を取る。
風が、茂みを揺らした。
――ガサガサッ。
次の瞬間、草を裂いて飛び出してくる影が三つ。
額に鋭い角を生やした小型の魔物。
だがその突進は見た目以上に重く、速い。
一直線にカイへと殺到する。
鈍い衝突音。
盾に角がめり込み、衝撃で盾が揺れる。それでもカイはそこに踏みとどまった。
同時に、左右へ散る残りの二匹。
その一匹にライルが反応する。
振りあげた剣が甲高い音を鳴らし、角の軌道を逸らす。
勢いを殺されたホーンラビットが横へと流れた。
残る一匹。
僕は一歩踏み出し、杖を振り抜く。
確かな手ごたえとともに、ホーンラビットが地面へ叩きつけられた。
カイが受け止めた一匹へ、エレナが魔力を解き放つ。
「――アイスボール!」
凝縮された氷塊が一直線に走り、ホーンラビットに直撃する。
乾いた破裂音。
魔物は弾き飛ばされ、地面を転がる。
だが――浅い。
動きがまだ止まっていない。
僕はすぐに駆け出した。
起き上がろうとするその瞬間を狙い――
杖を振り下ろす。
鈍い音とともに動きが止まった。
ライルの方もすでに決着がつきかけていた。
弾き飛ばされたホーンラビットが体勢を立て直すより早く、ライルが踏み込む。
無駄のない一閃。
刃が背中を深く裂き、そのまま斜めに抜ける。
血が散り、魔物が崩れ落ちた。
「やった!」
ライルが興奮して駆けてくる。
「すごいぞノア!いきなり三匹も!……よしこの調子でがんがん狩ろうぜ」
「まずは狩ったホーンラビットを処理しましょう。肉が傷んだら査定に響きますよ」
僕はそう言って、倒したホーンラビットを抱えて川に降りていく。
ナイフで頸動脈を切ると、冷たい川の浅瀬に沈めた。
カイとライルもそれに倣う。
「こうやって、血を抜いて冷やしておけば傷みにくくなりますから」
「へぇ、詳しいのね」
エレナが驚いたように呟く。
「村にいた時にやったことがあるので」
僕は秘密基地で焼いたホーンラビットを思い出してながら答えた。
ふと、リサのことが頭をよぎる。
今頃リサも冒険者になっているだろうか。
――あのまま訓練続けていれば、今頃はかなりの戦力になっていそうだ。
すっかり肉が冷える頃には、少し日が傾きかけていた。
「満額出れば宿代にはなるし、三匹で三人の依頼は達成できる。今日は帰りませんか」
「ノアの分はいいのか?」
ライルが首を傾げる。
「僕はまだ初日なので大丈夫です。明日も狩れたら回してください」
「それにしてもノアって、もしかして良いとこの出?言葉遣いもだし、計算もできるし」
エレナが興味深そうに尋ねる。
「いえ、僕は辺鄙な村の出ですよ」
「じゃあ、今日は帰るか」
ライルはそう言って、川からホーンラビットを引き上げる。
残りの二匹をカイが黙って担いだ。
「僕も持てますよ」
「ノアは小さいからいい」
カイは相変わらず無表情で答えると、そのまま歩き出した。
城門では登録証と依頼票を見せるだけで通れた。
この木札もそれなりに信用があるらしい。
――まあ、なにかやらかして登録料が払えなければ、それで奴隷落ちだものな。
通りを一本入りギルドの裏手に回る。
裏門は開け放たれており、馬車がそのまま入れる広い石畳のスペースが続いている。
その先の建物は腰の高さほどの壁しかなく、中には魔物の素材が整然と積まれていた。天井の太い梁には大きな滑車が吊るされている。
ホーンラビットを抱えてその建物に入ると、血で汚れたエプロンをした職員が出てきた。
「おう、小物の査定ならそこの台に置け」
ライルとカイが指示された台にホーンラビットを置くと、職員が素早く状態を確かめる。
「ほう、ちゃんと血抜をした上に冷やしてあるな……こっちの二匹は満額だ」
職員はそう言って、紙に書きつけていく。
「こっちのは、背中が大きく切れてるから、銅貨四〇枚ってとこだな」
ライルは少し悔しそうに唇をかむ。
「この査定票を受付に持っていけ」
そう言って差し出しされた紙を持って、受付に回る。
「銅貨一四〇枚だ。そこから登録料の建て替え分二割を引いて大銅貨十一枚と銅貨二枚だな。依頼達成は誰につける?」
受け付けの職員が問う。
「ライルとエレナとカイに」
僕が答えると、職員は手際よく台帳に書き込んでいく。
精算を終え、僕らはギルドを後にした。
「よし、宿に行くか。宿代は俺達に出させてくれ」
ライルはそう言って路地を歩き出した。
夕暮れが近づき、石畳に長い影が伸びている。
「ここだ」
ライルが立ち止まったのは、二階建ての木造の建物の前だった。壁は灰色に汚れた漆喰だ。
「四人分だ」
ライルはそう言って大銅貨を三枚を、四回カウンターに置いた。
それを受け取った老婆は、木の椀にドロドロのスープを注ぎ、一切れの黒パンを添えて差し出す。
その塩味しかしない、ザラリとしたスープを飲み干すとそのまま二階に上がった。
「今日は早かったから、まだ空いてるな」
ライルが声を潜めて言うと、大部屋の床に敷かれた藁の上に寝転がる。
僕らは固まって横になり、武器を抱えたまま、目を閉じた。




