第25話 光を纏う闇
――聖職者省 救済局
「主事クリス。例の件、癒やし手の手配はどうなっている」
事務局長が、クリスに尋ねた。
「落馬した、ベネッリ伯爵の次男の治療ですね。それでしたらエリオスを派遣済みです」
クリスが台帳をめくる。
「足の骨折とのことですが、エリオスなら問題ないでしょう」
淡々と答えながらも、内心では笑いをこらえきれなかった。
まさか、救済局に配属される日が来るとは。
救済局は、癒やし手の差配を一手に引き受ける部署だ。
有力者向けに、いつ、誰を派遣するか決定できる権限。
まさに、私にふさわしい舞台だ。
――これもすべて、ノアを見つけられたおかげだ。
修行中は誰も手を出せない。
だが油断は禁物だ。他の者に取り込まれないように、細心の注意を払わねば。
「最近は、若手の成長が著しいな。これで一層、神の慈悲を広く知らしめられる」
管理官は、満足そうにうなずいた。
「これも、主の導きの賜物でしょう」
クリスは静かに応じる。
「確かにそれもあろう。だが、ノアといったか。君の見出した子供の影響も大きいと聞く」
事務局長はクリスの方へ視線を向ける。
「今も、位階上昇の修行に熱心に打ち込んでいるそうだ。そればかりか、先日は瀕死の聖騎士を助けたとか。――よくぞ見つけ出したな」
「すべては主の御加護のおかげです」
そう言って、クリスはほくそ笑む。
――ノアには、これからも教会のために働いてもらわねばな。
◇
僕は十歳になった。
あれからずっと、四層のリッチと、三層のデスナイトを周回していた。
位階目当てなら、数をこなせるリッチが最適だし、武術の鍛錬ならデスナイトに勝る魔物はいなかった。
五層のヴァンパイアにも挑んでみたが、倒しにくいだけで旨味はなかった。
【名 前】ノア
【位 階】Ⅳ
【魔 力】S+
【スキル】鑑定 生命魔法 魔力制御 魔法付与 高速思考 見取り 杖術 杖の理
【魔 法】ヒール キュア エンハンス ライフスティール リザレクション カーム ライフプロテクション
――位階は一つしか上がらなかった。
しかし、位階Ⅳの者は他に見かけたことがない。今はこれで十分かもしれない。
いつものように、装備を返し、奉納所で魔石を収めた。
静かに台帳の記載を終えた神官が、ゆっくりとこちらに向き直った。
「ノア、今日で連続五百日の奉納です――よって、光聖の称号を授けます」
神官の視線が僕の目をじっと捉える。
「そして、位階上昇の修行は今日で終わりです。あなたの献身は、主も御覧になっていることでしょう――よく頑張りました」
僕を見つめるその視線には、確かな敬意と、温かさが混じっていた。
「聖具室で証を受け取ったら、身を清めて迎えを待ちなさい」
僕は言われたとおり、聖具室へ向かった。
「ノア、今日で終わりだってな。結局お前、一日も休まなかったな」
バルドは肩をすくめ、ため息交じりに小さく笑った。
そして、カウンターに布の包みと黒い木箱を置く。
「こっちの法衣はクリス司祭からだ」
バルドは布の包みを指す。
「それから、こっちが『光聖』の証だ。開けてみろ」
そう言って、僕に黒い木箱を押しやる。
銀の留め金を外し、ふたを開けると、ビロードが張られた箱の中に聖帯が収まっていた。
黒地に金で茨と光芒の刺繍が施されている。
「それを与えられる事は滅多にない。誇っていいぞ」
バルドはそう言って、笑った。
しかし次の瞬間、珍しく表情を引き締め、真剣な声で聖句を口にした。
「主の光は、ただの力ではなく、心に届く者にこそ輝く――お前の道も、きっと照らされるだろう」
僕は無言で頷く。
――この五年間、位階を上げ、敬虔な信徒を演じてきた。
人望も、称号も手に入れた。
ここまでは、なかなかうまく立ち回れたのではないだろうか。
そう思うと、少しだけ自分に笑みがこぼれた。
受け取った包みと木箱を抱え洗盤へ向かう。
太い石柱の影、壁沿いに長く掘り込まれた石の水槽があった。
僕は、荷物を壁の窪みに置くと、薄汚れたローブを脱ぎ捨てる。
備え付けの麻布を冷水に浸し、固く絞って身体を拭う。
二年間で肌にこびりついた地下の澱みを、徹底的に削ぎ落とす。
洗盤の冷水に指を浸し、爪の間に潜む地下の残滓を丹念に掻き出す。
指先の一つに至るまで、峻厳な修験者から清らかな癒やし手へと作り替えていく作業だ。
最後に頭から水を被って髪を洗い、湿り気を丁寧に拭った。
長く伸びた金髪を、慣れた手つきで緩く三つ編みに編んでいく。
立ち襟の法衣を纏い、ボタンを喉元まで留める。
腰のポーチには、二枚のメダルと、秘かに持ち出すリッチの魔石を忍ばせた。
仕上げにシルクでできた純白の長衣を被り、荘厳な聖帯を左肩からたすきに掛ける。
――完璧だ。
一点の曇りもない『理想の癒やし手』へと自分を仕立て上げると、僕は地上へと続く階段を昇って行った。
地下聖堂を出る。
僕は二年ぶりの日差しに目を細めた。
回廊の向こうから神官がやってくる。
――クリスだ。
「ノア、久しぶりだな。さすが、私が見出しただけのことはある」
クリスは、僕の肩にかかった聖帯を一瞥しながら、笑みを浮かべる。
「お前の働きは大聖堂でも噂になっている。おかげで私も、いろいろとやりやすくなった」
クリスは、にやりと笑った。
「次はもっと大きな舞台で力を発揮してもらう。ついてきなさい」
僕は、踵を返したクリスの背を追う。
贅沢に散りばめられた宝石が、陽光に負けないくらい輝いている。
――どうやら、クリスもうまくやっていたようだな。
僕は内心で、そっと息を吐いた。




