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生命魔法使いに転生したので、聖者の皮を被って気ままに生きようと思います  作者: aramakid
プロローグ

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15/30

第15話 謁見

 翌日。


 朝の礼拝が終わると、クリスが待っていた。


「今日は作業はしなくていい。荷物をまとめろ。終わったら身を清めてこれに着替えるんだ」


 そう言って、子供用のローブをよこす。

 それは修道士の来ている灰色の法衣とは違い、司祭やクリスト同じく真っ白だった。


「ノアって……癒やし手だったの!?」


 そのローブを見てフィリップが目を丸くする。


「うん。この神殿は今日でお別れ……大聖堂に移るみたい」


 フィリップはしばらくノアのローブを見つめた後、視線をそっと外す。

 肩の力が抜け、わずかにため息が漏れた。


「そう……なんだ」


 その声には、諦めと少しの寂しさが混じっていた。


「忘れないよ。フィリップのこと」


 僕は、ポケットから取り出した木片を渡した。


「……これは?」


 薪置場から拝借した、木片を加工したものだ。


「太陽にかざしてみて」


 木片に明けた小さな穴を通った光が、聖句を象る。


「光の下に……我らは……兄弟、なり?」


 フィリップは木片を手のひらで裏返し、もう一度光にかざした。

 穴からこぼれる光の文字を、確かめるようにじっと見つめる。


 やがて、ぎこちなく笑った。


「……こんなの、ずるいだろ」


 そう言いながらも、木片をそっと握りしめる。

 まるで落としたくないものを扱うみたいに、胸の前に引き寄せた。


「忘れるわけ、ないじゃん」


 反応は上々だ。

 フィリップどころか、後ろでやり取りを見ていた司祭さえ、目が潤んでいる。


 ――チョロいもんだ。


 光を崇める連中だ。

 太陽に透かすギミックにしてみたのが、思った以上に効いたらしい。


 ここは恩寵派の司祭が治める神殿。

 だが、大聖堂では何があるかわからない。


 味方は――多いに越したことはない。


 フィリップと感動的な別れを済ませた僕は、クリスと連れ立って司祭に挨拶をしにいく。


「ノア、癒やし手の修行は甘いものではない。だが主はいつも天から見ておられる。折れるでないぞ」


 司祭は真剣な眼差しで言った。


「困難の道も、光が守らん」


 覚え立ての聖句で答える。


「お前なら、立派な癒やし手になるだろう。――『共に光を見つめ、進まん』」


 司祭は満足そうに笑みを深めた。


 司祭の部屋を後にした、僕はクリスと馬車に揺られていた。

 窓の外は相変わらず、白い町並みが続いている。


 やがて大聖堂へ続く参道へ出た。

 白い石畳の両側に、整えられた街路樹が規則正しく並んでいる。

 

 そのまっすぐに伸びる道の先。

 正面には、輝く大きな門がそびえていた。


 さらにその奥には、天を目指すかのように、石造りの真っ白い塔がいくつも伸びている。


 門をくぐると、大聖堂の前の広場に出る。

 光の反射まで計算し尽くされた建物の配置の賜物か、濃い影は見当たらない。


 まるで、広場そのものが発光しているかのようだった。


 馬車が、その広場で止まった。

 扉が開くと、午後の鋭い陽光が容赦なく差し込んで来る。


「ついて来なさい」


 そう言って歩き出したクリスの背に従う。

 クリスは大聖堂へは向かわず、その脇にある門へと足を向けた。


 そこには、白銀の甲冑を纏った二人の守護騎士が、槍を交差させて立っている。


 クリスは無言で紋章が刻印された黄金のメダルを掲げた。


 門番はそれを確かめると、ゆっくりと頷いた。


「アルドリック司教との面会だな。――通れ」


 交差していた槍が、静かに開かれた。


 中庭を囲う回廊を進むと、突き当りに再び門が見えてきた。

 黄金の太陽を象った、巨大な青銅の門だ。


「あそこが、アルドリック司教の館だ。ここからは沈黙を守るように」


 振り返ったクリスが、そう告げる。


 クリスが再び門番にメダルを見せると、門の脇の小扉が開かれ、中へ通された。

 広いエントランスホールを抜けると、前室に案内される。


「ここで待機しなさい。刻限になれば呼びに来ます」


 所持品の検査を済ませると、案内の神官は静かに部屋を出ていった。


 押し込まれたのは、窓ひとつない狭い部屋だった。

 石壁に囲まれた空気は、どこか重い。


 向かいのベンチには、先客がいた。


 ノアより少し年上の少年だ。

 白いローブを纏っているところを見ると、同じ癒やし手なのだろう。


 クリスは、自らの法衣の乱れを神経質に整えるとこちらに向き直る。


「いいですか、ノア。司教閣下は結果のみを評価されます。君を見出した私の目が正しかったことを、余すところなく示しなさい」


 その声には、励ましというより、隠しきれない野心が滲んでいた。


 僕はその思惑を見透かしながら、あえて殊勝に頷いてみせる。


 その時、前室の奥にある、飾り気のない小さな木扉が開いた。


「刻限です。入りなさい」


 侍従司祭が現れ、事務的に告げる。


 緊張で指先を震わせるクリスに続き、僕もその扉をくぐった。

 そこは天井の高い廊下だった。


 廊下の突き当たりには、巨大な双開きの扉が鎮座している。

 金銀の装飾が施されたその門扉の前には、白銀の甲冑を纏った騎士たちが、不動の姿勢で立っていた。


 そのまま近づくと、重厚な扉がゆっくりと開かれる。


 溢れ出してきたのは、何十人もの人間が放つ、密度の高い熱気と沈黙だった。


 ――謁見の間


 広大な空間の大半は、深い静寂の影に沈んでいた。

 ただ二箇所だけ、天窓から引き絞られたような鋭い陽光が、舞台のスポットライトのように床を射抜いている。


 正面の奥。

 光の柱を背負い、聖座に座る司教。


 その姿は輝く輪郭だけが強調され、神そのものの如き威圧感を放っていた。


「光の円の中へ」


 案内役の促しに従い、僕はクリスと共に、部屋の中央に落ちるもう一筋の光の中へと足を踏み入れる。


 左右の列柱の影には、教団を動かす各派閥の重鎮たち。

 品定めするような冷酷な瞳で、光の中に立つ僕たちを射抜いていた。


「面を上げなさい。愛しき光の子よ」


 僕は恭しく、顔を上げた。

 逆光を背にした司教の表情を読み取ることは叶わない。

 ただ、その低く、大地を震わせるような声だけが広大な間に反響した。


「神官クリス。汝の報告は、私に大きな喜びをもたらしてくれた。この幼子が癒やしの力を賜っているのは、真か」


 司教の視線は、隣で緊張に身を固くしている神官クリスへと向けられた。


「は、はい、閣下! 私がこの目で、何度も確認いたしました。この小さな身は、光で満ち溢れております!」


 クリスは法衣の裾を握りしめ、高揚した声で一気にまくしたてた。


「よろしい。ならばその幼子が我らの新たな支えとなるか――見極めさせてもらおう」


 司教が僕に優しく語りかける。


「汝の内の力を、信じるままに示しておくれ」


 司教がゆっくりと右手を上げると、先程の前室で一緒だった少年が進み出た。

 傍らに控えていた神官から黒光りする鞭を受け取ると迷いのない動作で修道服の肩をはだけた。

 露わになった背中には、まるで地図の等高線のように、古く白い傷跡が幾重にも重なっている。


 ——ヒュッ!!


 静寂を切り裂く、鋭い風切り音。

 次の瞬間、パチンという硬い衝撃音が大理石の壁に反響した。


「……っ」


 少年は声一つ上げなかった。

 だが、その白い背中には、一瞬で赤黒い線が浮き上がり、弾けた皮膚の隙間から鮮血がじわりと滲み出した。


 光の柱に照らされた血の一滴一滴が、まるでルビーのように毒々しく輝く。


「ノア、さあ……! 閣下にお見せするのです!」


 クリスの声が上ずっている。彼の指先がノアの肩に食い込み、その焦燥が伝わってくる。


 僕は少年の背に手をかざして、魔力を送る。

 すると、背中の傷跡が淡く輝き始め、ゆっくりと目立たなくなっていく。

 古く深い痕さえも、まるで時間が巻き戻るかのように消えていった。


 光の柱の中で、少年の背中は滑らかで白いまま、健康そのものに戻っていく。

 その光景は、まるで静かに奇跡が生まれる瞬間を見ているかのようだった。


「なっ……」

「この魔力、光魔法ではないな」

「希少属性か?」


 静寂を切り裂くようにざわめきが広がった。


「……傷が、消えた?」


 影に潜んでいた各派閥の重職たちが、思わず一歩、二歩と光の縁まで身を乗り出す。


「光魔法でもないのに、あのようなことが……」


 刺すような視線もいくつか飛んでくる。


「ノア……、君、という子は……!」


 クリスの指が、歓喜と恐怖が入り混じった震えでノアの肩を強く掴む。


「…………素晴らしい」


 司教の低く、重厚な独白が、静まり返った謁見の間に波紋のように広がっていく。


「この子こそ――神が我らに授けた光だ」


 その言葉は、ノアを教会の至宝として囲い込むための、事実上の所有宣言だった。


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