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灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜  作者: ショパン


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孤高の槍

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

「始め!」


その声が落ちた瞬間――

先に動いたのは、フレアだった。


「あいつはこれまでの相手とは違う槍を持った重装タイプ。だったら――弓の間合いが取りやすい」


軽く息を吐きながら、地を蹴る。

視線は一度もガイウスから逸らさず、一歩、二歩と跳ぶように後ろへ下がった。


「あれ……?」


眉がわずかに寄る。


踏み込みがやけに軽く、抜けが速い。

体が勝手に“流れる”感覚を覚える。


「身体がさっきより調子いいな?」


そのままもう一度、距離を取るように後ろへ跳ぶ。

今度は意識して、強く。


次の瞬間、視界が一段、跳ね上がった。


「ちょっ……!?」


思わず目を見開く。

空気を掴むような浮遊感のまま、身体がすっと後ろへ伸びる。着地の衝撃も、足裏に残る重さも浅い。


次の瞬間、フレアの指先が自然に動き、矢筒から矢を引き抜いた。弦に番えながら、肩の力を落とす。


肘が素直に引ける。指が流れるように滑る。


「これって……もしかしてシンの仕業か。

 軽い。これならいける!」


一瞬シンの無表情を思い出すと、小さく息を弾ませ、口の端がほんの少し上がった。風に押される身体が、いつもより半拍早く応える。


ヒュンッ!


赤髪がふわりと揺れ、放たれた矢が一直線に空を裂いた。


だが――


ガイウスは動かない。


視線はフレアに据えたまま、わずかに腰を沈める。

肩の後ろへ槍を引き、穂先を一点に収束させるように静かに構えた。


「はぁぁっ!」


短い呼気とともに、空気がぴんと張り詰める。


「――ッ!?」


フレアの髪が逆立ち、

考えるより先に身体が横にサッと跳ねた。


その瞬間、ガイウスの声が落ちる。


「――招雷断界しょうらいだんかい!!」


槍が前へ突き出される。


届く距離ではない。

だが――一瞬閃光が走り、空気が裂けた。


バチバチッ。


放たれた矢が宙で弾かれ、乾いた音を立てて軌道を乱す。

そのままフレアのいた場所を、目に見えない衝撃が一直線に貫いた。


ドォンッ!


遅れて爆ぜる風圧が押し寄せ、着地したフレアの身体がぐらりと揺れる。

靴裏が砂を削り、片手を地面に触れて体勢を立て直す。


「なになに、今の!?」


声に、わずかな戸惑いが混じる。

だが目は、外さない。


背後で悲鳴が上がる。


「うわっ――!?」


観覧していた志願者たちが風に押し倒され、砂が舞い、布が翻る。視界が一瞬白く濁った。


数拍遅れて、地面に刻まれた痕が見える。抉れたような一直線。


フレアは息を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。


ガイウスは一歩も動かず、槍を戻し、静かに構え直した。


「避けたか」


その声には感情がない。

ただ、事実を確認するだけの響き。


フレアを見据えたまま、わずかに顎が引かれる。


「脱兎のように怯えて、間合いを外したつもりだろうが――俺には通用しない」


穂先がわずかに持ち上がり、フレアの中心線を捉える。


風が遅れて吹き抜ける。


「この三叉槍が向かう先、そのすべてが俺の間合いだ」


フレアは一瞬だけ目を細めた。


頬にかかった髪を指で払う。

口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「脱兎……?」


肩をすくめる。


「間合いを取るのは、狩人の上等手段ってね」


軽く言い放つと、弓をくるりと回して持ち直す。

その動きに無駄はない。むしろ、さっきより軽い。


「それよりさ――」


首を少し傾ける。

視線だけが鋭く細くなる。


「何? なんでいちいち技名叫ぶわけ?」


ガイウスは目を細めるでもなく、ただそのままフレアを見据えた。


そして――短く、言い切る。


「強者は、技の名を告げる。

 それが、結果を裏切らぬ者の作法だ」


穂先が、わずかに持ち上がる。


「昔、父上の書斎の奥にあった冊子にそう書いてあった……覚えておけ」


一切の迷いなく、そう言い切る。


「はぁ?……ほんと、うるさいやつ……」


フレアは呆れたように眉をひそめる。


壇上でユリウスは、静かに目元を押さえた。


「どうした、ユリウス」


隣で腕を組んだグレイブが、横目で覗き込む。


「いえ……何でもありません」


答えながらも、ユリウスの指先はわずかにこめかみに残ったままだった。


――よりにもよって、あの冊子を覚えていたとは。


まだガイウスが幼少だった頃。

一度だけ、秘密の書架へ通したことがあった。


薄暗い灯の下。

小さなガイウスは床へ座り込み、冊子を両手で抱えたまま、目を輝かせて頁をめくっていた。


妙に勢いのある挿絵とやけに力強い文字。

真剣な顔で何度も頷いていたのを思い出す。


だが、もし書架の存在が露見すれば、上級記録官である自分ですら無事では済まないだろう。


「……迂闊でしたね」


ユリウスは静かに息を吐いた。


「軽口を叩くのも今のうちだ――行くぞ!」


低く落ちた声と同時に、ガイウスの足が踏み込んだ。


ドンッ――!!


地面が鈍く鳴る。


槍を構えたままの突進。


シンやスカルのような速さはないが、ガイウスの長身から伸びる槍は、一歩ごとに堅実にフレアとの間合いを詰める。


それは、まるで壁が迫ってくるかのように重く、揺るぎない圧だった。


「うわっ……野アグリかあんたは……!」


フレアの視界いっぱいに、三叉槍が迫る。


ガイウスは腰を低く沈めたまま、三叉槍を一直線に突き出す。


ヒュゴォッ!!


空気を裂き、穂先がフレアの肩口へ鋭く迫る。


「よっと!」


フレアは口元を吊り上げると、反射的に身体を捻った。


頬の横を、槍先が紙一重で通り過ぎる。

赤い髪が数本、宙へ散った。


だが次の瞬間――


キュッ、とガイウスの手首がわずかに返る。


「っ――!」


避け切ったはずの槍が軌道を変え、掠めるようにフレアの右腕を浅く裂いた。


ビリッ――!


二の腕に熱が走る。

同時に、青白い痺れが傷口から指先へ一気に駆け抜けた。


「イタタタッ……! なにこれ……っ!」


フレアは顔をしかめながら、痺れで震える指を、無理やり握り込んだ。


だが、さらに突き切ったはずの槍が、そのまま横薙ぎへ変わる。


「野アグリ呼ばわりは訂正しろ。

 俺の武は、調練された記録官用アグリほどに洗練されている!」


ガイウスの腕と肩が、滑らかに連動する。

巨大な槍が、まるで枝のような軽さで振り抜かれた。


ブォンッ!!


唸りを上げた槍の腹が、フレアの胴を薙ぎ払う。


「真面目か……!!」


フレアは思わず叫びながら、咄嗟に槍の柄へ片足を乗せると、その勢いのまま身体をふわりと宙へ逃がした。


赤髪が大きく翻り、細い身体が空中で軽やかに回転した。視界が逆さになった瞬間、フレアの指が矢筒へ走る。


「っ……このくらい……!」


まだ痺れが残る指を無理やり締め、二本同時に矢を引き抜く。


キィッ――!


軋むように弦が鳴った。


放たれた二本の矢が、空中から斜めにガイウスへ襲いかかる。


だが。


ガイウスは踏み込んだまま、視線すら逸らさない。


「甘い!」


ガガッ!!


三叉槍が閃く。


一本目を穂先で弾き、二本目を柄で叩き落とす。乾いた破裂音と共に、矢が空中で砕け散った。


フレアは着地すると、小さく舌打ちをした。


「ああ、もう!……めんどくさっ……!」


そのままガイウスは槍を大きく振りかぶる。


「逃がさん――

 そのふざけた態度ごと吹き飛ぶがいい!」


バチバチッ――!


雷光が槍身へ巻き付き、螺旋状に弾ける。


低く冷たい声が落ちた。


「――招雷旋打槍しょうらいせんだそうッ!!」


ガイウスの身体が、振り子のように回る。


ドォォンッ!!


爆ぜるような衝撃。


雷を纏った横薙ぎが大地を叩き、凄まじい風圧と共に土煙を巻き上げる。


周囲の志願者たちから悲鳴が上がった。


「うわぁっ!?」


「見えねぇ……!」


砂塵が渦を巻き、試合場を白く覆い隠していく。


ガイウスは槍を構えたまま、荒れる砂煙の奥を、じっと見据えた。


志願者たちの輪から、興奮して、フォルドが身を乗り出す。


「――仕留めたか!?」


隣で、ネレクがわずかに眉をひそめた、その瞬間。


ヒュンッ――!


土煙の奥から、一本の矢が飛び出した。


「っ……!」


ガイウスの首がわずかに傾く。


ピッ、と矢が頬を掠めた。


肌が浅く裂け、赤い線が走る。一筋の血が、頬を伝った。


ざわっ――!!


一瞬遅れて、歓声が爆発する。


「当てた!!」


「フレアだ!!」


「あのガイウス・バルナーク様に一発当てるとは!!」


熱狂が広場を揺らした。


壇上で、グレイブが口元を歪める。


「ほぉ……。なかなかいい試合じゃないか」


腕を組み直しながら、愉快そうに鼻を鳴らす。


その隣で、ユリウスは無言のまま空を見上げていた。


いつもの曇天とは違う。

黒雲が、やけに低い。


その瞳がわずかに細められる。


「……まずいですね」


離れた場所で、シンの口元がわずかに緩む。


その変化を見逃さず、ジェミルがにやりと笑った。


やがて、土煙の奥。

ぼんやりと、赤髪の影が立ち上がる。


フレアは弓を握ったまま、口に咥えたナイフを痺れの残る指先でゆっくり掴み取った。


「っつぅ……よく耐えたね、このナイフ。

 まだビリビリする……」


慣れた手つきで、ナイフを腰へ滑らせると、右手をぶらぶらと振り、ガイウスへ向けてにっと口角を吊り上げた。


「お前の弓は正直すぎる……って、さっき誰かさんに言われてね」


赤髪が風に揺れる。


「だから――あんたのド派手な技を、目眩しに利用させてもらったよ」


「……」


ガイウスは答えない。


無言のまま、頬を伝う血を親指で静かに拭った。

赤く濡れた指先を見下ろすと、無意識に一瞬、壇上へ視線を向けた。


父ユリウスは顎へ手を添えたまま、何かを考え込むように、静かに帳面へ目を落としている。


――決勝だというのに、やはり父上は自分を見ていない。


ガイウスの眉間へわずかな皺が刻まれる。


その間も、周囲からは歓声が押し寄せた。

だが、その熱は大半がフレアへ向けられたものだった。


「やるじゃねぇか赤髪!!」


「押してるぞ!!」


「まさか村の娘が、バルナーク家の槍に食らいついてるぞ!!」


その声が重なるたび、ガイウスの槍を握る手へ、じわりと力がこもっていく。


バチ……ッ。


微かな火花が槍の柄を走り、逆立ち始めた金髪が、帯電するようにふわりと揺れる。


「……耳障りだ」


「へ?」


低く落ちた声に、フレアがきょとんと目を瞬かせる。


ガイウスはゆっくりと顔を上げ、その鋭い瞳が、ざわめきを真っ直ぐ射抜いた。


ドンッ!


三叉槍が地面へ突き立てられる。


「静まれと言っている!!」


怒声が広場を震わせた。


「遊戯でも見にきたつもりか!?

 俺は、真剣勝負をやっているのだ!」


空気が、ぴたりと止まる。


「……!」


先ほどまで沸いていた歓声が、一瞬で引き、誰もが息を呑んでガイウスを見つめる。


――ポツ。


その時だった。


ガイウスの頬へ、小さな雫が落ちた。


続いて、ぽつ、ぽつ、と。


冷たい粒が、乾いた試合場へ染みを作っていく。


「あ……雨……?」


フレアはそう呟き、空を見上げた。


雲はいつもの灰色よりも深い。


まるで空そのものが沈み込んでくるように、

黒雲が、重く広場を覆い始めていた。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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